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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
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09 国境のない城

眠気眼ねむけまなこに上の空。

頭の中ではアーティスト達が楽器を演奏している。


そう、すべてのはじまり昨夜のエアリだ。


食欲旺盛なエアリを見ていて食欲を失っていたシェリハは、



「なにちまちま飲んでんのよ?

男なら男らしく、一気飲みしなさいよね!」



などとエアリに煽られて、結局出されたものすべてに手を付けてしまったことを未だに後悔している。


広い心で放置しておけばそんなことにはならなかったのに…と頭痛薬を飲み、予備を懐に忍ばせる。

情けない話だ。


しょっちゅう国内外問わず出張している社長だが、今回はブルガリアに飛んだという知らせが、早朝に行われた会議で副社長の口から告げられた。

出張の真実は定かではないが。


社長が不在の時には彼女の右腕的存在、副社長がすべてを取り仕切る。


社員の補佐・新人の教育・電話応対など事務的な作業まで、普通ならてんてこまいになりそうなスケジュールを組まれていたとしても、顔色一つ変えずにやってこなす…それが副社長・ルハルク。


ビジネスはぬかりなく完璧に。

失敗したなら原因を徹底追究し、次回の仕事に生かす。

飴と鞭の使い分けは必ず行う。

それが彼のポリシーだ。


スポーツマンのように背が高く、スーツの上からでも分かる手厳しく管理されたスマートな体型。

ミーハーな女子は彼を独占したがるが、かなり鈍感なためデートに誘ってもいつも周りに誰かがいて雰囲気は飲み会状態。


決して二人きりにはなれないので、彼のプライベートは謎に包まれている。


またそんなところも魅力の一部のようだ。



「入社した時から思ってたけど、副社長っていうか執事って感じしない?

事務員の仕事まで奪ってるからねぇ…いれてくれるお茶も美味しいし」



薄味の煎餅に齧り付き、エアリはルハルクがいれたお茶を啜る。


甘すぎず苦すぎず、丁度いい。


エアリの独白に仕事をしていたシェリハが紙に走らせていたペンを止めて、彼女の方を向いた。



「小さい会社だから仕方ないんだろう。

人数が少ない割に忙しいから、それで辞める奴も多いし、あれだけてきぱきできる人なんていないから助かってるんだけどな」



そう、エブミアンテはまだまだ小さな会社。


大手企業でもない、一介のデザイン事務所。


だから正直なところ、クライアントにもよるがあまりにも無茶苦茶な納期で、ハイクオリティを求める依頼も多々ある。


定時で帰れないことも頻繁にあり、終電間際や泊まり込み…なんてこともざらにある。


けれどその分やりがいがあり、達成感というプレゼントがあるのだ。


エブミアンテ社を設立したドーリー自身、シェリハやエアリと同じようにただのデザイナーにすぎなかった。


専門学校を首席で入学。栄誉ある賞にも選ばれた。


だがそれは学内での話。一歩外に出れば厳しい現実が待っていた。


国際問題・人間関係が災いして、ドーリーは蚊帳の外。


日本人ばかりの社内で頑固なまでに自分を貫き通す、独創性に満ちてはいるものの受け入れて貰えない彼女は一異邦人だった。


人に合わせ、抑圧されることに堪え切れなくなったドーリーはとうとう辞表をしたためる。



「辞めるのか」


「こんなところいたって仕方がないでしょう?


外国人だというだけで、それだけで判断するのよ。

中身を見ないで差別をされるなら、私は埋もれていくだけ」


「しかし…行く当てなんてあるのか?


新卒でまだ露出も少ないんだ。

協調性を養うきっかけだとでも思って、学ぶことはできないか?」


「押し付けたりすることが協調性なの?

私のアイデアは認められるのに、私の存在を認めてくれない…現に何回アイデアを盗られたかわからないわ」


「ドーリー…」


「私は会社を辞める。そして会社を設立する。

私と同じ日本で活動する外国人のデザイナーのための会社を。

実力に生きる、国境のない会社を作る!」



入社して偶然居合わせた同期、それがドーリーとルハルクだった。


そして有志を募り、できたのが現在のエブミアンテ社。


小さくも温かい、二人の血と汗の結晶。



だからこそ潰すような真似はできない。


赤字もない黒字もない、絆で繋がれたここは社員にとってのセカンド・ホーム。


社長の信頼を買ってか、依頼者のリピート率は高い。


仕事だけの繋がりではなく、プライベートでも食事会や遊びに行ったりと一度きりの関係では終わらなくなる…知らないうちにそんな企業が多くなった。


そんな場所で働けることをシェリハは誇りに思っていた。


フリーになることがあったとしても原点はエブミアンテ。

それだけは変わらないだろう。


結婚・妊娠・出産をきっかけに退社する女子社員もいるが、仕事への情熱を忘れられず育児の道一本だけでは満足できないと、戻って来る社員もいる。


皆誰もが胸に思う。

上司に恵まれ、自由な環境を与えられ、幸せだと。



「社長と副社長って同期なんだってね。


夫婦か恋人かと思ってたけど、設立以前からの知り合いだから納得のいく話よね」


「仕事で知り合う恋人や夫婦もいるが、信頼関係で成り立っているんだろうな。


彼がいなきゃ俺たちの仕事もこんなにスムーズには進まない。

一生頭が上がらないだろうな」



そんな仕事中の一息に、シェリハの視界に入ったルハルクは社長の代わりとなって休むことなく動いてくれていた。


企業のお偉い連中が来れば来客の対応。


デザイナーのアイデアが出来上がれば試作品の制作や、商品化決定が決まったら自ら工場見学に赴く。


ドーリーが信用し、一目置くのも納得がいくし理解ができる。


仕事熱心なルハルクを見つめながら、シェリハはまたペンを走らせた。

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