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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第二章 季嵐温運
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15 子兎からの挑戦状

 何の予告もなく、ルハルクの通達のみで会議の存在を知らされた社員は寝耳に水だった。

 会議の内容は三ヶ月後に迫るコンテストへの参加のことだ。

 ここ最近は落ち着いているものの、仕事はいつ入ってくるかわからない。

 突然仕事が舞い込んでくることもあるし、夜中近くまで残業が続くことだってある。

 そんな中でコンテストのためだけに作品を制作する時間を作れ、というのが先ず無理な提案である。


「今の状態がとりあえず三ヶ月続くようなら参加は可能ですが、突然仕事が入ることも考えられますし、それは難しいんじゃないでしょうか?」

「それはわかっている。だがこれからはエブミアンテ社が取ってきた行動を変えていきたい。

規模が小さいからといって弱いと思われるのは困る。確かに、人員は少ないが抱えるクライアントは数多い。誇れるクリエイター集団であることを主張したい!

そのための足掛かりだ。このコンテストは会社に属する全てのクリエイターが参加することができる。有名なクリエイターも参加することだろう。

みんなにとっても悪くない話だと、俺は思っている」


 社内ではクールで通っている副社長のルハルクがいつになく熱く語るので、社員たちは目を丸くして驚いている。

 事実を知っている社員はシェリハだけだ。シェリハも少し驚いていたがルハルクの言うことは尤もだ、と思い静かに頷いていた。

 コンテストの参加は非常に意義のあることだが、現状では時間を割くことが難しい。

 社員の中には数多くの仕事を抱えている者もおり、参加可能な社員は限定されることになる。

 当然の事ながら最初に言い出したのはシェリハなので、多忙であっても必ず参加しなければならない。

 これでまた恋人との時間が減るな、とシェリハは心の中で溜息を吐いた。


「…副社長、俺、参加します。今の仕事量を考えれば無理ではありませんし」

「ちょっと、シェリハ。あんたエブミアンテ社で一番抱えてるクライアント、多いの自覚してるの? できないに決まってるでしょ!?」

「エアリ、できるできないは問題じゃないんだ。俺が選べる選択肢はひとつしかないんだよ」


 シェリハはエアリの言葉に迷うことなく返答する。

 もちろん彼女の言っていることは正論であり現実だ。無理なのは梨星ですら理解していることだろう。

 だが無理をしてでも参加しなければならない。空澄と正面衝突するためだ。

 第三者が聞けば彼に個人的な恨みを持っているように思われるかもしれないが、そんなことはない。

 梨星の元恋人だからといって嫉妬し、嫌っているわけでもない。彼と正面衝突する理由は単にクリエイター、としてだ。

 同じデザイナーとして、できれば歪んだ考えを正してやりたい………そう思っているのだ。

 シェリハの迷いのない強い言葉にエアリや他の社員は、何のことか分からず戸惑っている。

 この場で理解しているのはルハルクくらいだろう。

 シン…と静かになった中、ひとり挙手する者がいた。


「はい、私やります」

 

 挙手したのはこの会社では一番新しい梨星だった。真面目な表情から察するに、気まぐれやノリではないことがわかる。

 三ヶ月後と予定がわからない先のことを考えれば、自ら挙手することはなかっただろう。

 しかし彼女は何らかの意図があって挙手した。その意図は何なのだろうか。

 

「梨星、進んでやろうとするのはいいことだが、期限内に仕上げなければならない。できるのか?」

「はい、今一番暇な社員は私だと思うので、できることは挑戦したいので。会社でできない分は家に持ち帰ってやればいいですから」


 さらりと自然に答えた梨星はにっこりと笑ってみせた。

 社内ではまだ習うことが多いというのに、新しいことに挑戦しようとする意志。彼女を挙手させたものはそれだけだった。

 梨星は一斉に先輩社員の視線を集めた。そして誰もが思っただろう。できないことをやっても無駄なことなのに、と。

 思えば梨星は入社当時からすぐに諦めたり、物事を投げ出したりということをしない子だった。

 怒られることがあっても指摘されたことは受け入れ、自分の意見をはっきりと言っていた。

 こうして会議は終了し、エブミアンテ社が参加するという情報がヴァイシザー社に届くのにそう時間はかからなかった。





 静かな部屋の片隅に配置された、大きな硝子張りのデスク。硝子にはシルバーやゴールドが鏤められていた。

 センターにはブランチド・アーモンドのデスクが4つ、隙間なくきれいに並べられている。

 フローリングには外国の地図のようなものがプリントされていて、色はセンターに並べられたデスクと同じ、ブランチド・アーモンドだ。

 会社の一室とはいえ、何か特別な拘りが感じられる作りになっている。

 一般的には会社の一室というのは、もっとシンプルでベーシックなものが置かれているのが普通だ。

 ヴァイシザー社の会議室で仕事をしていた空澄は、不機嫌な顔をしていた。

 デスクの上には一枚の書類が置かれ、彼はじっと食い入るように見つめていた。

 その書類にはクリエイターコンテスト“NAME IS CUTTER”の参加者名が記載され、シェリハと梨星の名前があり、彼としては反応せずにはいられなかった。


「どういうつもりだ? ヴァイシザー社がほんの少し力を出せば潰れそうな癖に、コンテストに出るだと?

エブミアンテ社は規模の割にクライアントが多い。…今まで参加したなんて聞いたこともない…俺への挑戦のつもりか? それとも自分への挑戦のつもりか………」


 空澄はシェリハの名前を指でなぞりながら、ぼそりと呟いた。

 シェリハは空澄にとって唯一のライバルであり、それと同時に一時は憧憬を抱いた存在でもある。

 シェリハを知ったその時からプロフィールや作品など、彼のすべてを知り尽くすためだけにデータを調べ上げた。

 だから知っているのだ。エブミアンテ社はシェリハがいなければ、とっくの昔に潰れている。

 他の社員は木偶の坊というわけではないが、彼ほどは影響力を持っていない。

 彼がいるからこそエブミアンテ社は、規模の割に多忙なのだ。

 そんな中でシェリハが一個人として、コンテストに参加できる暇などあるわけがない。

 暇などあるわけがないのに無理を押して参加するということは、空澄への挑戦の意思表示に他ならない。

 正直にいえば参加理由はそれだけではないだろうが、空澄にとってはそんなことはどうでもよかった。

 挑戦の意思表示と取れるものがあれば、相手がシェリハならば燃えることができるというものだ。

 空澄は彼の作品に出会うまで、対等の実力を持つクリエイターはいないと信じていた。

 だがイーライナンの計らいによりシェリハと出会うことができた。

 そしてクリエイターとして勝負できる日がくるとは、空澄自身も思っていなかったのだ。

 

(…マルフリーフェがその気ならば受けて立ってやろう…。)


 空澄は高らかな笑い声で、会議室を彩ってみせた。

 まるで子供が新しい玩具を手に入れた時のような、そんな喜びようだった。


「あーはっはっ! これ以上嬉しいことなんてありゃしない! 女も金も仕事もあんたと勝負するために与えられたってんなら、全部肥やしにしてやるよ。

元よりそのつもりだ。はは、社長がいなけりゃあこんな楽しいことにはなってなかっただろうなぁ。

精々足掻いてみせろよ、マルフリーフェ。どっちが優れているのかを決めようぜ。そして自分が間違っていたことを、認めさせてやる。俺は…間違ってなんかいない…」


 空澄は徐にジャケットの胸ポケットに入っていたスマートフォンを取り出し、画面を見つめていた。

 画面には一組のカップルが映っていた。一人は笑顔の青年、もう一人は首から上を切り取られていたが青年が肩を抱き、向日葵がプリントされたワンピースを着ているから、青年の彼女か妻なのだろう。

 空澄は苦しげに顔をしかめ、「……ぅ、さん…。」と呟いた。

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