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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
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06 マルフリーフェ家の宴

社会人にとっては季節が移り変わることなど、気にも留めないくらいあっという間だ。


仕事に終われて春から冬に背を向け、知らない間に1年は終わる。


木々は雪化粧を纏い、子供はプレゼントをねだり、恋人たちはより一層ぴたりとくっついている。

華やかなクリスマスツリーを見る度に、日本人はどこか変だと思ってしまう。


イベントごとに敏感で、外国から入ってきたものも文化・習慣と最初から自分達の物だったかのように祝うからだ。


(…まあそんな俺も日本人か…)



ショーウインドウに飾られたマネキンを横目にシェリハは苦笑いした。


ファーの付いたコートやブーツ、色彩と宝石たちが冬を特別な物と意識させる。


そう今月で今年は終わるのだ。


とはいえ一人暮らしのサラリーマンであるシェリハにはそんなことはどうでもよかった。


今日もそのために会社帰りに街中をうろついている。


阿柴から資料を渡されたものの、これといったものが見つからない。



大人はスタイリッシュで機能面を重視する。

色もモノトーンカラーが無難である。

だが子供はどうだろう。

男女の違いで好みは大きく分けられるし、好奇心旺盛な彼らは目新しい物すべてがターゲットだ。


つまり予想不可能。



(うーん………)



資料だけではどうもイメージを掴みにくい。

かといって店に入るのは何となく恥ずかしい。

よく考えたら男性より女性の方が詳しいんじゃないか?

人気がある物の多くは女性に支持されている。

それに今回のターゲットの半分は女性だ。


思い立ったが吉日、シェリハは携帯を取り出してアドレス帳を開いた。

そして迷う事なく電源ボタンを押した。


ディスプレイにはかみ雪香ゆきこの表示。



「あら…シェリハがかけてくるなんて久し振りじゃない?

今日は雨が降るわね」


「はは…母さんも言うじゃないか。

まあ当たってるんだけど」


「それはそうとどうしたの?

年末年始はやっぱり忙しくて帰って来れなさそう?」



鈴が鳴るような、でも甘すぎない耳障りの良い声にシェリハは口許を緩める。


天使だけの声で紡いだ子守歌を歌い聴かせてくれた、若い頃と何ひとつ変わりない音色。



「今年はそんなに忙しくないから顔を出すよ。

父さんは元気?」


「相変わらずよ。もう外は寒いから、中に花をいれてるんだけど…家の中がジャングルみたいになってるわ」



仕事に疲れた若き日の一人の男を癒し、恋に落とした変わらぬ声が耳に焼き付いて離れない。


不景気に肩を落とした父を変わらず支え続けたのも他ならぬ母の声と笑顔。


それほどまでに母の声と笑顔は武器なのだ。


幸せに満ちた笑顔の両親を思い浮かべながら、シェリハは家路を辿った。



時代を飛び越えて生きる樹木のような、深い茶色の扉にはドライフラワーだけを幾重にも束ねた素朴なリースが飾られている。

リースにはふくよかで小さな可愛らしい木彫りの天使が跨っていて、風に合わせてゆらゆらと揺れている。




「…久し振り」


「久し振りに顔を出したかと思ったら…他人みたいな顔をするなよ。

お前の家なんだ、早く入れよ」



玄関先には精一杯の若作りをしながらも、年相応の皺を体に刻んだ父がいた。


シェリハは歳をとれば父のようになるのだろうなあ…と思ってしまうほど彼らは似ていた。


母より父の血が濃いのだろうか。

父に案内され、歳を重ねたその背中を見つめながら台所に足を踏み入れた。



家全体と同じようにログハウスと似たりよったりな造りになっていて、暖かい。


七色の糸を編んで作られた暖簾の隙間から、わりと少女趣味なピンクのエプロンを着けた母が顔を出した。



「お帰りなさい。ゆっくりしていくのよ」


「団欒は久し振りだしな。

今日は泊まって行くんだろ?」



父の家族だからこそ言える強引な発言に戸惑った。


突然やって来た自分が悪いのだが、泊まるつもりで来たわけではないので何の用意もしてきていない。

それに明日は平日で休みではない。

…困ったものだ。



「明日は仕事があるからそれはちょっと…」


「頭のカタイ奴だな。一日くらい休んだってどうってことないだろう?」


そう言ってシェリハを呆れさせた父は会社に尽くさなければいけない立場でありながら、妻である雪香との記念日諸々の為に有給を消化し、欠勤・遅刻・早退をあまり深く考えない。


交際当時から結婚しても彼の熱烈ぶりは変わらず、今でも新婚のようだ。


「大したことだよ」


「着替えなら…シャツくらいならいくらでもあるし…いいだろ?一日ぐらい」


「シルヴィーは頑固ねぇ。

ふふ、シェリハの負けよ?」



父はまるで子供のようだった。

甘えるような、ねだるような…初めて見る父。

シェリハは仕方なく椅子に腰を下ろした。




突然足音がしたと思ったら、会社でしか顔を見ない妹のセルイアが現われた。

現在は専門学校に通いながら、エブミアンテ社でアルバイトとして働いている。


まるでパーティーさながらのボリューム・バリエーションに富んだ母の料理に、数年振りの団欒にはしゃぐ大人達が、花を添えていた。


シェリハは当初の目的を忘れそうになりながらも、一時の宴を楽しむのだった。

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