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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第二章 季嵐温運
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9 交わることのない意思

ファッションショーは大成功し、幕を閉じることになった。

イーライナンと空澄の手によるイベントだったのだから、当然といえば当然だろう。

空澄の株は更に上がったことだろう。シェリハや梨星から見てもこのイベントは新鮮で素晴らしいと感じることができた。

利益主義の考えがなければ完璧なデザイナーだ。シェリハは空澄がエブミアンテ社の社員でないことを残念に思った。

だが同じ会社にいようといまいと二人は相容れることができなかっただろう。

顔を見なくてすむため、会社が違っていたのは幸いなのかもしれない。

ファッションショーが終了し帰ろうとしていたところを空澄に引き止められ、話がある、と言ってダブルフラワーホール内の会議室で空澄と話をすることになった。



その空間だけはダブルフラワーホールの象徴である物はなく、テーブルとソファーが置いてあるだけだ。

シェリハと梨星は隣り合わせに座り、空澄は彼らと向き合うように向かい合わせに座りイーライナンを待った。

コンコン。ドアをノックする音がし、ドアがゆっくりと開かれる。

そこには四つのコーヒーカップとクッキーが入った皿を乗せたトレイを手にしたイーライナンが立っていた。

毎度見られる派手な衣服ではなく、珍しくスーツを纏い全身を黒で統一していた。


「失礼するわ。今日のショーは楽しんで頂けたかしら?

話をするだけではつまらないし、口に合うかはわからないけどどうぞ」

「どうも。楽しんでいたところを邪魔が入りましてね。ショーどころではありませんでしたよ」


シェリハはイーライナンに嫌味を言いながら、片手でコーヒーカップを取る。

中身はアップルティーだ。独特の香りが部屋を包み込む。

もう片方の手でクッキーをひとつ手に取る。

皿の中にはココア・ストロベリー・チョコレート・キャラメル・バナナなど様々な色のクッキーがあり、皿に彩りを添えている。

シェリハが手に取ったのはココア味のクッキーで、食べてみると甘さが控えめでとても食べやすいものだった。

まさかイーライナンがわざわざ焼いてくれたのだろうか、と考えてしまう。


「それでお話だけど。あなたは私の会社に来る気はこれっぽっちもないのね?」

「ええ、申し訳ありませんが」


シェリハは考える間もなく即答する。

それも当然といえば当然だ。シェリハにはイーライナンや空澄のような欲はない。

欲があったのなら少しくらいは昇進して、優雅な暮らしを送っていたことだろう。

欲のない人間が別の会社に移る必要はない。彼は現状に満足しているのだ。

確かに生活を送るためには金銭が不可欠だ。だがシェリハはそのためだけに働いているわけではない。

シェリハは幼い頃に星凪と出会って絵に興味を持つようになり、絵本の世界に引き込まれ多大な影響を受けた。

そして自身が受けた影響を誰かに与えたいと夢を持ち続け、その夢は叶えられた。

いや叶えられたではなく叶えている途中だ。

子供の頃から持ち続けた夢は彼が成長するに従い変化し、シェリハはそのために働いているといっても過言ではない。

そしてドーリーやルハルクに受けた恩を返すためだ。


「あんたって金に困ったことがないぼっちゃんなんだな? 羨ましい限りだ」

「そんなわけないだろう。小さい頃は両親は共働きで妹の面倒を見てた。絵に興味を持ったのもその頃だ。

専門学校行くにも奨学金を受けてたし、家はワンルームだ。エブミアンテ社に入ってからずっと同じ所だ。

これが裕福な暮らしか?」

「ふぅん、わからないな。なら何で貪欲にならない? あんたならガッポリ稼げるのに、本当馬鹿な奴だよな」


空澄はシェリハを嘲りながら、クッキーを三つほど口の中に放り込んだ。

彼の目の前にいる梨星はアップルティーにもクッキーにも手を付けず、空澄を見つめていた。

会議室に入ってから自ら喋りすらしない梨星をちらりと見て、シェリハは不安に思った。

空澄の口から出た言葉に敏感に反応して怒りだしてしまわないか、はらはらしながら彼女を見つめていた。

梨星は嘘を吐いたり感情を抑えて冷静になることを苦手としている。

それを証明したのはイーライナンがエブミアンテ社を訪れた時だ。彼女の頬を迷いなく打ち、社長である彼女に恐れ多くも意見していた。

シェリハやエブミアンテ社を強く批判する言葉を繰り返し使われれば、爆発してしまうのは目に見えている。


梃子てこでも動かせないのがわかったからもういいわ。

シェリハ、私はあなたを諦めるわ。今のところはね。

これからは正々堂々と競い合いましょう」

「…だとさ。昔の社長ならあんた仕事できないようにされてたぞ。

でも気に入られてるからって調子乗んなよ。

おたくの会社ひとつぐらいいつだって潰せるんだから」


空澄の横柄な言葉を聞いて梨星はとうとう立ち上がった。

そして不快感を表すように力強く睨み付ける。かつての恋人同士とは思えない光景だ。

シェリハはぐっ、と堪えていたが、余程堪え難いものがあったのだろうか。

空澄は人を優劣で判断し、基本的に人を見下している。

常に自分自身が標準なのだ。それ以下も以上も存在してはならない。

だからこそイーライナンの下にいられるのだろう。


「私の知ってた空澄はこんなに酷いこと言わなかった。もういなくなったんだね、私が好きだった空澄は…」

「お前にはわからないだろうな。気に入らないなら同じフィールドに立って潰しに来てみろ。

その時は受けて立ってやるよ」


梨星は唇をきゅっ、と噛み締め、シェリハの服の裾を軽く引っ張った。

早く帰ろう、もういたくない、という意思表示だろう。

招待されてきたものの、あまり居心地がいいものではない。

時計の針は八を指しており、外はもう真っ暗だ。もうこの辺で帰らせてもらってもいい頃だ。

それに会社の方も気になる。どうなっているかが心配だ。

ドーリーの人脈があればどうにかなっていそうだが、こんな所で油を売っていたくない。


「すみませんがそろそろ帰らせて頂きたいのですが」

「長居させてしまったみたいで申し訳ないわね。今日はどうもありがとう。

気を付けて帰ってちょうだい」


シェリハは軽くお辞儀をしてから梨星とともにダブルフラワーホールを後にした。

顔は見えないが彼らはきっと嘲るような視線を向けていることだろう。

空澄に反論できなかった梨星は仕事に大きな理由を見出だした。空澄を見返してやることだ。

きっと多くの時間を必要とすることだろう。

時間が掛かっても必ず彼と同じ位置に立とう、と梨星は自分自身に対して誓ったのだった。


やっとダブルフラワーホールから脱出です。

本当に付き合ってたのかどうかわからないような空気のお二人ですが、空澄のあの性質がなければうまくいったんだろうなあ、と思いながら書いています。

これからはイーライナンや空澄に悪戯をされながらも強く成長していく過程を書いていこうと考えています。

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