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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第二章 季嵐温運
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7 罠デート

シェリハは梨星を連れていくか連れていくまいか悩んでいた。

だが梨星に行くかどうするか尋ねると、梨星はイエスの答えを返した。

それも迷うことなく即答したのだ。


(問題は服。着ていく服…普段用じゃなあ)


シェリハが次に悩んでいたのはファッションショーに着ていく洋服だ。

いつものようにスーツでは固すぎるし、ラフなカジュアルは楽だがカジュアル過ぎても浮いてしまうことだろう。

ここは無難にかっちりし過ぎていないがカジュアル過ぎないジャケットにパンツを合わせようか。

続いての悩みは色と素材だ。

公の場に出て恥をかきたくないし、自分をよく見せたい思いもある。

梨星と二人きりなのにプライベートではないというのが悔しいところだ。

めかしこんだ梨星を見せびらかすように連れ回し、学生のようなデートを楽しみたい。

これがデートならどれだけ嬉しかったことだろう。

だが残念なことに仕事で同行させることになっただけだ。

そんなことを考えながら、ファッションショーの当日を迎えた。

イーライナンに貰ったチケットに住所が記載されていたので、二人は現地の最寄り駅で待ち合わせた。

エブミアンテ社の最寄り駅である孤反こそり駅から10分ほどで到着する駅・遠花とおはな駅。

チケットにはそこから歩いてすぐ到着できると書いてあった。


「シェリハ…!」


シェリハの元に真っ赤なUネックワンピースに身を包んだ梨星が駆け寄ってきた。

ワンピースから覗く膝元はゴールドのラメが入ったベージュのストッキングできらきらと輝き、彼女の脚を健康に見せている。

靴はエナメル素材を使ったブラックのシンプルなパンプスを履いている。

髪型はいつもと同じストレートなのに、風で髪が揺れると仄かに香るシトラスとヌーディーなメイクのせいか、彼女が大人っぽく見えたような気がした。


「そんな走らなくても。今来たところだし、開場まで時間はあるよ」

「そっか、よかったぁ。実はね、ちょっと会社に寄ってから来たの。

そしたらエアリがメイクしたげる、って。で、エアリにメイクしてもらったの。

そういえば……今日は忙しくなるみたい。社員の人がヒソヒソ話してたんだけど。

みんな私達に気を遣ってくれたのかな…?」


エアリが梨星にメイクを施したと聞いて、シェリハは妙に納得してしまった。

梨星の普段のメイクは基本的にヌーディーだがベースに力を入れていない。

若くて肌がきれいなのだからそれほど必要ないとは思うが、一手間で肌の印象が違ってくるのだ。

ラメ感のあるアイシャドウやチークやグロスの塗り方も結構大雑把だ。悪く言うと仕上がりを考えていない。

それでも男から見れば同じようなものに見えてしまうものだ。

シェリハはモデルに接する機会があるために細かな部分まで見てしまう癖がついてしまった。

だから完璧にコスメと洋服で武装した女性は見慣れている。いや見飽きているといった方がいいだろう。

たまにならいつもと違ったプロのような完璧なメイクもいいだろう。

でもいつも同じでは新鮮さに欠けるし、かえって近付き難い。

だから隙があるような普段のメイクが丁度いい。

汗や涙でせっかくのお洒落が台無しになることもある。

でもそれは仕方のない話だ。人間は誰しも汗をかく。美しいだけのマネキンではなく、今という瞬間を生きている人間なのだから。


「そうだろうな。でもまともにデートしてないもんな、俺たち。いつも誰かいるし。

…早く切り上げて会社に戻るとしても、帰してくれなさそうだよなあ」

「そうだよね、あの人シェリハにすっごい執着してるもん。

何があるかわからないから気を付けなきゃ、ね?」


梨星はシェリハの指の隙間に自分の指を入れ、強く握った。

2人は人の群れに紛れ、目的地へとゆっくり歩いていった。



ダブルフラワーホールは歩いてすぐの場所にあった。

目印はもちろん花だ。

花でデコレーションされた門の奥にはコンクリートが花で埋め尽くされていて、まるで別世界だ。

門前には長蛇の列ができており、訊かずとも何らかのイベントが行われることが見ただけで理解できる。

門前の左右にスレンダーな女性が2人配置されていて、チケットの半券をもぎっている。

ライトブラウンの巻き髪に外国人かと思わせる派手なメイク。

フランス人形のような睫毛にラメ入りのグロスのみを乗せたきらきらと輝く唇。イーライナンの会社の社員だろうか。

少しずつシェリハ達の順番が近くなってくる。


「ねぇ、あの女性ひとイーライナンさんの会社の人かなあ?」

「うーん、モデルだったらあんな雑用はしないだろうしなあ。

梨星、もう順番が回ってくるぞ」


シェリハ達の前に並んでいた若い女性が門の中へと入っていく。

門前の左右に立っている二人の女性はにっこりと笑い、出迎えてくれた。

チケットを見せるとピリピリ、と半券をもぎる。

そのチケットを見て女性は目の色を変えた。

イーライナンに貰ったチケットは一般販売された物ではなく、招待用の物だ。

列に並んでいる人々が手にしているチケットはシェリハが持っているチケットとは色が違っている。

彼らが持っているのはパステルピンクの物だ。

イーライナンがファッションショーなどイベントを主催する際は気に入った人間に招待用のチケットを送っている。

イーライナンが他人を気に入ることは少ない。

外見が美しかったり、仕事をする上で得をすると感じた者だけだ。


「あなた…もしかしてエブミアンテ社のデザイナーさん?」

「えぇ、まあ」

「あ、じゃあ社長のお気に入りのシェリハさん? …彼女とデートを装って偵察ですか?

流石は腐ってもデザイナーってことかしら、まあ今日はゆっくり楽しんでいって下さい。

それでは素敵な一日を」


シェリハは二人の言葉に顔色を曇らせた。

ドーリーとイーライナンの仲が良くないのは、この世界に首を突っ込んだ者は知らない者はいないというくらい有名な話だ。

二人の仲が良くないということは双方の会社の仲も良くないということだ。

だからこんなふうに嫌味を言われても仕方がないのだ。


「シェリハ……」

「大丈夫…行こうか。もたもたしてたら折角見に来たショーを見れずに帰ることになりそうだ」


二人は足早に門を通りダブルフラワーホールに入った。

シェリハは無事に帰れることを祈った。

イーライナンの部下にあたる社員であろう二人が、嫌らしい笑みを浮かべていたのが脳裏から離れなかった。


やっと敵地に突入です。

イーライナンはシェリハにチケットを渡してファッションショーに招待してますが、もちろん善意ではありません。

私の会社はすごい、ということを見せ付けるためです。

自分で書いておきながら嫌な女だなあ(笑)

次回はファッションショーのお話になります。

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