05 始動
休みも明け、また憂鬱な日々が始まる。
会社のデスクにはなぜかにやにやしたエアリが待ち受けていた。
今日は大輪の薔薇が咲くベビーピンクの着物に白のキャミソール、相変わらず派手なことだ。
「おはよう、シェリハ。いい収穫はあったかしら?」
「その顔からしてお前は収穫があったらしいな」
普段はクールで涼しげな目元に笑みで皺が寄る。
整った顔は歪みに歪んでいたが、その皺は大人の艶ある女であることを強調しているようにも見える。
「そうなのよー!モデル探す前に学校に足を運ぶべきだったわ。
女の子から人妻までよりどりみどりだし♪
これでプロジェクトが一歩進みそうだわ」
「お前の眼鏡にかなう絵に描いたようなモデルがいるとはなあ…どんな子なんだ?」
シェリハが尋ねるとエアリは素直に答えた。
小柄で童顔。
将来は絵本作家希望。 何より重要視していた、作られたようなモデル体型ではなく…細過ぎでも太過ぎではない平均的なスタイル。
名前まで訊きはしなかったが、シェリハの脳裏に浮かんだのは梨星。
(まさかそんな偶然はないだろう…)
そう思い込ませて頭の中の梨星の姿を消し去った。
春に入社したばかりの新米の社員が用意してくれた茶を啜りながら、席に着いて書類を広げた。
「ねぇ、あんたは?」
「何が?」
「行ったんでしょ?」
「ああ…行ったよ。
素晴らしいものを見たんだ。
学生クリエーターにも宝石が埋まってるんだな」
口元を緩め、シェリハは微笑した。
母の胎内を彷彿とさせる安心感を与えるような、絵を描く少女。
外見からは全く想像もできないほどの慈愛と母性、包容力を感じずにはいられない。
収穫があったとするならこの一件だけだ。
「そうよねぇ…私たちもうかうかしてらんないわよね。
さーて、仕事仕事」
どうやら例のモデル候補が見つかったことで、エアリの創作意欲はいい具合に湧き出ているようだ。
彼女と違って地道かつ小さな企画しか仕事のないシェリハは時間を気にする必要はないので、休憩時間をゆっくり過ごすことにした。
いつもの行きつけの喫茶店・TigRab。
シェリハは何を食べようか悩んだ時はここで食事を摂る。
父と共に力を合わせ、共働きをしていた母が作ってくれた料理の味に近い、味噌汁を始めとした和食が正しく家庭の味なのだ。
その味に貧しくも温かい、若かりし日を思い出す。
年に一度くらいしか実家には帰らないが、元気でやっているだろうか。
母と父の姿を思い浮かべていたら、じんわりと熱いものがこみあげてくる。
熱を冷ますために水をごくりと飲み干した。
食事を終え、時計と相談しながらシェリハは会社へと戻った。
昼からは社会人になってから付き合いが長い、阿柴と長年暖めてきた雑貨の企画に関する打ち合わせに入ることになっていた。
とはいっても兄弟のような関係なので、気を遣うこともない。
会議室を貸し切って久々に彼と対面する。
阿柴は元はシェリハの先輩だったが、独立のため退社したのである。
「久し振りだな、シェリハ」
「俺の方こそ…お変わりないようで安心しました」
短いストレートの黒髪と同色のスーツが白い肌を際立たせる。
不要な肉を削いだ肢体と冷たい光を忍ばせた眼は正反対でアンバランスだ。
だがほほ笑むと雰囲気が柔らかくなるから不思議だ。
「今回の企画なんだが…できるだけ早く形にしたいと思う。
なんせ何年も暖めているからな。
小規模にする予定は今も変わらない。
その分コストも削れるから制作物も限定したい」
「新婚向けの雑貨でしたよね?」
「そうだ、既に子供がいる家族も対象にしても構わない…いやむしろ子供目線がいいかな」
「ああ、なるほど…阿柴さんとこの子供さん確か―1歳になったばかりですもんね?」
シェリハがにやにやしながら言うと、阿柴は頬を染めて父親の顔になった。
阿柴は話を切り替えようと主婦向けの雑誌や資料を机の上に置いた。
しかもただの量ではない。
山積みにされている。
「阿柴さん…これは…」
「これだけあればいいデザインが出来ることだろう。
お前は独り者だから見せた方が早いと思ってな」
「はあ…新手の嫌がらせですか」
「はは、俺も準備して来るさ。
期限は…お前も仕事があるだろうから、まだ先になるが12月はどうだ?」
「わかりました。用意しておきますね」
颯爽と会議室を出て行く先輩を見送りながら、暦は秋から冬へとゆっくりと移る。