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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第二章 季嵐温運
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3 無糖デート

久しぶりの更新です。

ようやく恋人になった二人のデートのお話です。

本当は食事の部分とかもっと細かく書きたかったんですが、何をメインにしているかわからなくなってしまうんでやめました。


私の中ではこの二人がいちゃいちゃしてるところが想像できないので、糖度控えめのラブシーンになりそうです。


話の中で梨星がデジタルでの作業を苦手としているような描写がありますが、これは実話です。

私はどちらかというとアナログ人間で、実際にデジタルの作業が苦手なんです。間違っても消しゴムを使えば何度でも塗り直せるし、工夫次第で色んなことができますよね。

とっても便利、だけどいまいち好きになれません。

手描きだけどデジタルみたいな塗り方、っていうのは大好きなんですが(笑)

もう少しの間季節外れなお話が続きそうなので、一定のペースで更新していけたらなあと思っています。

あの日を境にシェリハと梨星が付き合っているという噂が一気に広がった。

エブミアンテ社の看板社員といっても過言ではないシェリハは、ハーフということもあり華やかな外見と正反対な地味な性格で有名だった。

そして梨星はエブミアンテ社の新入社員で社内では一番若く、画家と絵本作家の両親を持っていることから期待の目で見られていた。

色んな意味で目につくこの二人が恋人になったと知れば、噂が広がらないわけがない。

特に女性の口ほど信用できないものはない。

一度開いたら閉められることはなく、人を媒体にしてどんどん範囲を広げていくのだ。


「シェリハさんってストイックな人なのかと思ってたけど、意外と手が早いのかな?

そりゃそうよね、素材がいいんだから活用次第ですぐにでも女子は落ちそうだもんね」

「そうそう〜。でも前の彼女と滝見さんて雰囲気違うよね?

背が高くてスタイルよくてゴージャスだった印象があるけど…滝見さんはどっちかっていうと逆のタイプよね。

でもそこがシェリハさんにとったら新鮮だったのかなあ」


確証もない噂を流しているのは知っている。

でも彼女達は当事者はそれを知らないと思っているようだ。

あることないことを騒ぎ立てその情報で楽しむ側はいいが、ネタにされた者は深く傷ついている。

シェリハはハーフであるが故に外見は外国人なのに英語が喋れない、とからかわれていたので、多少は傷付くことに慣れている。

一人に対しての噂ならまだ堪えれる。だが梨星が巻き込まれるなら話は別だ。

きっと決して表面では出さず傷ついているに違いない。

まったく馬鹿げた話だ。シェリハと梨星は付き合ってからまともにデートをしていないというのに。

年が明けてから多忙な日が続き、休みが取れない日々が続いていた。


「シェリハ、梨星と一緒にそろそろ休憩行ってこい。

どうせ外で食べるんだろう?」


ルハルクが突然シェリハの方に寄ってきて、左手首に付けた腕時計を見ながら言った。

ブランド名も入っていないし、挙げるべき装飾もないとてもシンプルな腕時計だ。

時計の針が丁度十二を差したところで、シェリハの体もエネルギーを求めていた。

ルハルクという男は痒い所まで手の届くような男だ。

常に社員の情報を把握していることは知っていたが、まさか食事まで記憶しているとは思わなかったので、シェリハはただ脱帽するしかなかった。

確かにシェリハはここ最近は忙しく、コンビニで弁当を買うのも面倒臭くなりファーストフード店やレストランで食事をするため、休憩時間に外出していた。

ルハルクはそれを覚えていたから『どうせ』と言ったのだろう。


「あ、はい。忙しくて作る余裕ないんですよ。

買いに行くのも面倒だし」

「何言ってる。世間の主婦はその面倒なことを毎日毎日やってるんだぞ。

炊事・洗濯・掃除は独り身でいる限り避けて通れないんだからな、諦めろ」

「はは、じゃあ行ってきますよ」


シェリハは梨星に目配せをすると、コートを着て鞄を取った。

梨星は開いていたスケッチブックを閉じ、机の回りを片付けてからシェリハの後ろに続いた。


(あれで気を遣ったつもりなんだろうな。

これじゃあまるでデートだ)


シェリハは梨星と歩道を歩きながらふと思った。

二人が恋仲であることは知っているだろうし、仕事が忙しくまともにデートをしていないことも想像できることだろう。

それで休憩と食事を持ち出して外に出してくれたのかもしれない。

仕事人間の上司にプライベートの心配までされているのかと思ったら、何だか恥ずかしくなってきてシェリハは頬を染めた。

時間があれば洒落た店にでも行きたかったところだが、なにぶん時間がないので近所の喫茶店に入ることにした。

表はホワイトとパステルピンクの外壁だが、一歩中に入ると真逆の世界が待っていた。

こじんまりとしていて少し暗めの明かりに、インテリアはすべてアンティークで統一されており、まるでタイムスリップしたような感覚になる。

店員に案内され、二人は向かい合わせに座った。

その店員は堀の深い顔立ちの老婆ひとりだけだった。

ウェーブがかかったボリュームのある白髪をサテンを使ったゴールドのシュシュでまとめている。

顔の皮膚は年齢のせいなのか少々たるんでいるし深い皺が刻まれているが、目鼻立ちはとてもはっきりとしていた。

ベージュのエプロンを身につけた彼女が優しく微笑む。


「いらっしゃい。ご注文は?」

「すみません、まだ決まってなくて」

「じゃあ決まったら呼んでちょうだい」


老婆は冷水の入ったコップとメニューをテーブルの上に置くと、店の奥へと消えていった。

メニューを開くと商品の名称や値段と写真が目に映った。

とてもシンプルでリーズナブルな値段設定だ。

あとは味が良ければ文句なしといったところだろう。

「何にしようかなあ…あ、カニクリームコロッケのピラフにする!

サラダとドリンク付きで。ドリンクは……アップルジュース。

食後にフルーツパフェのSサイズひとつ」

「がっつりいくなあ。俺はシーフードドリアとアイスティーにするかな。

すいませーん、注文お願いしまーす」


店員を呼び付け、注文を終えると二人は静かに料理がくるのを待っていた。

コップに入った水を飲みつつ、他愛ない話をしながら。

シェリハにとって恋人とのとのデートは久しぶりで、どうすればいいのかを忘れてしまっていた。

それに年下の彼女を持つのも初めての経験だった。

シェリハは年下というと我儘で振り回されるイメージしか持っていなかったが、梨星はまったく逆で我儘を言わないし仕事でなかなか会えないというのに、不満を口にすることなくにこにこと笑っている。

この職業を撰んだ時から多忙は覚悟していたが、こういう時だけ大好きな仕事を恨みたくなってしまう。

毎日顔を合わせているというのに、会いたい気持ちは溢れて止まることを知らないのだ。


「お待ちどうさま。食べたらまた呼んでちょうだいな。

それじゃあごゆっくりね」

料理を置いていくと老婆は逃げるようにしてその場を去っていった。

気を利かせたつもりなのだろうか。

気を利かせてくれたのならば恋人同士に見られているということだ。

シェリハは嬉しさのあまり自然と笑い声を零していた。


「何かおかしいの?」

「…いやなんでもないよ。仕事始まったけどそろそろ慣れてきた?」

「テキスト見ながらやっても全然駄目なの。

絵の具が乾かないのはいいんだけど、どうやってもマットな着色になっちゃうし。

でもアナログオンリーってわけにはいかないし。

使いこなすには時間かかりそうな感じだよ」


梨星ははぁ、とため息を吐きながらスプーンでピラフを掬い、口へと運ぶ。

彼女の表情に笑みは一切なかった。

学校でしていたこととエブミアンテ社でしていることはきっと違うのだろう。

彼女の絵は一度しか見たことがないが、梨星が自分自身を理解している上で放った台詞が事実なら彼女はデジタルの作業を苦手としているはずだ。

だがプロとして仕事をする以上はアナログだのデジタルだの拘ってはいられないのだ。


「…何でも慣れだよ。俺も昔はさ、絵を描くのが苦手だったんだよ。

変な話だろ? デザイナーになりたいのに絵を描くのが苦手なんてさ。

頭の中に描いてるイメージを上手く表現できなかった。

でも色んな物を見たり描いたり聴いたりしてるうちに、苦手意識は薄れていったよ」

「そうなんだ…シェリハって最初っからちゃちゃってできたのかと思ってた」


梨星は驚きの表情を浮かべながら、特に考えもせずにぼそりと呟いた。

シェリハは梨星の言葉に耳を傾けながら苦笑した。

最初から完璧にこなせる人間などいるわけがない、と。

今でこそ自由自在に操っているが、専門学校に入学したばかりの頃はマニュアルを見ながら操作するのがやっとのことだった。

仕事だってそうだ。毎回新しいクライアントと顔を合わせるだけで緊張してしまって、伝えたいことをうまく伝えられないこともあった。

だが慣れてしまった今ではどの作業も大したことはない。

ただ充実感や達成感があるのみだ。


「そんな奴いるわけないだろ? 梨星はアナログの作業の方が好きだろうけど、とりあえず身に付けておけば幅が広がるし、無駄にはならないと思う。

挿し絵ひとつにしたってクライアントによったら、こんなふうにしてほしいって依頼されることもあるんだ。

堅苦しく考えなくたっていい。ほんの少し力を抜けばいいんだ。

色々試してみてから今のスタイルを貫いて遅いってことはないからな」


シェリハは梨星を諭すように言うと、彼女は微笑みで返事を返した。

曇り空を吹き飛ばしてしまう風のような笑顔だった。


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