2 遅刻したサンタクロース
目を開けると社員の姿はなく、先程とは違った光景が広がっていた。
目を覚ますと眉間に皺を寄せた樹が立っていた。
起き上がろうと体を起こすと、シェリハの体の上に毛布が一枚掛けられていた。
どうやら眠ってしまっていたらしい。
樹の隣には心配そうに見つめる梨星がいた。
「急に倒れたから心配してくれてたみたいだぞ」
「すみません、迷惑かけて……」
「まったくだ。……調子がいいようなら戻れよ。若いからまだ食えるだろうしな」
表情を変えることなくそう言い放つと、樹はどこかへ行ってしまった。
まだまだ料理を作ったりして、エブミアンテ社の社員を持て成さなければいけないからだろう。
梨星はシェリハの傍に寄り、静かに座った。
息遣いまで伝わりそうな距離だ。鼓動が速くなり息が止まりそうだ。
シェリハは何か言いたそうに見つめる梨星の目を捉える。
すると梨星は恥ずかしそうに俯き、口を開いた。
「もう起きて大丈夫? 急に倒れちゃったからびっくりしちゃった……
私に抱きつくみたいにして倒れたの。きっと飲み過ぎちゃった……んだよね?」
梨星は少し含みのある言い方をした。
それを聞いてシェリハは目を丸くして驚くとともに恥ずかしさを覚えた。
酔っていたとはいえ梨星に抱きつくなんて、なんて軽率なことをしてしまったんだろうか。
シェリハ以上に梨星が一番驚いたことだろう。
まったく憶えていないが穴があれば入りたいくらい恥ずかしい。
酔ってから多少時間は経っているのだろうが、シェリハの頬の熱は一向に冷めない。
「もう少し横になってた方がいいかもしれないね。私、戻ってるからゆっくりしてて?」
「あ、梨星! ちょっと待った」
シェリハは言うなり梨星の腕を無意識に掴んでいた。
冬の寒さのせいか人肌の温度が恋しい。
白く細い腕を掴んでいると梨星の体温がシェリハの手に伝わり、とても温かくてほっとした気持ちにさせてくれる。
梨星は驚いた表情のまま、何も言わず固まったようにじっとしていて動こうとしない。
酔っ払い相手にどう対処すればいいのか、思案しているのかもしれない。
酔っていないと言えば嘘になるがシェリハの意識ははっきりしているし、今取った行動も本人の意思によるものだ。
言ってしまえば驚くだろうか。ずっと気になっていて好きだった、と。
「どうしたの?」
「薄々気付いてるかもしれないけど、いい機会だからはっきり言っとくよ。
俺は梨星のことがずっと…じゃないな。気付いたのはつい最近だから。
好きなんだ。梨星さえよければ付き合って欲しい。……返事は今じゃなくていいから」
とうとう胸の内を吐露してしまった。梨星はどこか困ったような驚いたような表情だ。
梨星が驚いてしまうのは無理もない。
出会った頃は梨星は高校を卒業したとはいえ学生だったし、シェリハの気持ちが固まっていなかったから伝えることを躊躇っていた。
でも今は同じ会社の社員同士だ。特に問題点はない。
「…シェリハずるい! 私が先に言おうと思ったのに」
「え?」
予想もしていなかった梨星の言葉を聞いてシェリハは絶句した。
シェリハが少し間を置き、はにかみながらどこを気に入ってくれたのか、と梨星に尋ねると実にわかりやすい答えが返ってきた。
仕事をしている時や仕事の話をしている時の目が、新しい玩具を手に入れた少年のように輝いていた、と言うのだ。
「きらきらしてたの。本当に仕事大好きなんだな、って。
目の色が違うのもあるけど、きれいだったから。
全然淀んでないの。…でね、もっと見てたいなって思ったの」
梨星は恥ずかしそうに俯いた。
林檎のように赤くなり、自分の発言に照れを感じているようだ。
素直で嘘が付けなくて、汚れを知らぬ清水のようだ。
想いが通じていたなんて嬉しいことこの上ないが、問題がひとつだけある。
自分が考えている付き合いと彼女が考えている付き合いが異なるなら、きっとうまくはいかないだろう、とシェリハは思っていた。
仕事柄いつも会えるわけではないし、好きな時に会えるわけではない。
エブミアンテ社には毎年会社の規模以上の仕事が舞い込んでくるため、スケジュール上は休みになっていたとしても駆りだされることがある。
忙しい時は猫の手を借りたいくらい多忙な時があるし、何もすることがないくらい暇な時期もある。
「ありがとう。嬉しいけど…しょっちゅうデートしたりとか無理かもしれないけど。
社長から聞いたかもしれないけど、うちの会社結構忙しいんだ。
暇な時もあるけど社員の数が仕事の量に比べて少ないから、決まった日にデートってのは多分難しいと思う」
「知ってるよ。会社が忙しいのは先生から聞いてたから。
私もエブミアンテ社の社員なんだもん。学校にいた時より忙しくなるのは当然だよね。
それにね、彼氏が出来たからって友達や家族の付き合いをなくのって私好きじゃないんだ。
それに一人の時間だって欲しいし。……変かな?」
シェリハが思っているより梨星は外見より大人びていた。
自分の考えをしっかり持っていて、人の意見に振り回されることがない。
梨星を幼いと思ったシェリハこそが子供だ。
シェリハはなんだか急に恥ずかしくなり、自分の顔が見えないように梨星を抱き締めた。
梨星は突然の出来事に頬を染め、言葉を失っていた。
背中に感じる腕の力強さは男性そのものだ。
細い部類ではあるけれど女性よりも太く引き締まっていて力強い。
「ありがとう。…サンタが俺の所に来るの忘れてて、急いで来たのかもな」
「私がサンタ? じゃあ私にシェリハを出会わせたのは誰なのかな?」
「誰だっていいよ。寒いから梨星の体が暖かく感じる……」
シェリハは目を閉じながら自分が言った言葉を思い出して我に返る。
まだみんなは酒を浴びるように飲み、樹が作ってくれた料理を食べているのだろうか。
もしそうならば梨星を今すぐに返してやらなければならない。
きっと社員たちは彼女が戻ってくるのを待っていることだろう。
シェリハは突然梨星の体を引き離し、立ち上がった。
「どしたの?」
「みんな梨星のこと待ってるだろうからもう戻りな。俺ももうすぐ戻るからさ」
シェリハは心配そうに見つめる梨星の頭を撫でてやり、本当に大丈夫なのかと何度も確認してくる彼女を安心させるために、大丈夫だと繰り返し伝えて梨星の背中が小さくなってゆくのを見送った。
ふと彼女を抱き締めていた腕や指を見つめる。
梨星の肌に初めて触れたことを思い出しただけで体が熱くなってくる。
「はぁ……」
ため息を吐きながらもシェリハの口元は緩んでいた。
やっと恋愛要素が出てきたかなという感じですね。
長いこと書いてきたのに展開が遅くて、やっとくっつけることができました。
シェリハと梨星は年齢が10歳ほど離れているので、互いに感じているものも違うのでその辺もゆっくり書いていけたらなあと思っています。
シェリハは梨星が可愛くて仕方なくて、梨星はシェリハが大人すぎて自分が背伸びをしなければついていけない、というふうに思っています。
でも実際に精神年齢だけでいうと梨星の方が年上なのです。
というのはシェリハは社会人としての経験は長いんですが、少し考えが凝り固まっていて、嫌なものから逃げようとする傾向があります。
例えば目立ちたくないから黒い服を着たり。
でも梨星は逆に深く考えずに突っ走ってしまうタイプです。
恋人という設定を活かしたお話を書いていきたいですね。