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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
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44 勇み足でも構わないと言う遺伝子

マルフリーフェ家での正月はとても楽しく慌しかった。

初詣に行ったりのんびりと過ごしているうちに、三が日が過ぎようとしている。

雪香の料理を残すことなくすべて完食し続けたせいか、ジーパンに腹が乗っている。

これではドーリーやルハルクに叱られることになるだろう。

休みが終わったら質素な食事に切り替え、体型を戻さなければいけない。

そんなことを考えながらシェリハは海苔を巻いた焼き餅を頬張っていた。


「絶対5キロは太ったな。母さんはいちいち作るものが豪勢なんだ」

「働き盛りの子が一番食べるのは当然じゃない。

それにシェリハは元々細いんだから少し太ってもいいくらいよ?」

「そうだぞ、シェリハ。病気にさえならなければ太ってもいいんだぞ。

最近の若いのは骨ばっかり目立って細すぎる」


食べ物や飲み物のある所に家族が集まってきて、また賑やかになる。

確かに彼の発言は間違っていない。

実際に痩せっぽちの体型の男性は多い。

メンズではなくレディースのサイズの服を購入したりする男性をたまに見る。

エブミアンテ社に紳士服のデザイン依頼がきた時も、メンズのみのサイズだけではなくレディースのサイズも取り入れようという提案があった。

男性の食が細くなっているのか、不景気ゆえに少食なのかはわからない。

世の中に出回っている言葉を持ち出すなら、草食系という言葉が一番相応しい。

逆に女性はパワフル且つエネルギッシュだ。

エブミアンテ社の社員にも同じことが言える。

ドーリーやエアリ、嶺猫や梨星。

存在だけならば肉食系という言葉が当て嵌まるだろう。

シルヴィーは若者は細いと言っているが、彼の身体も細いうちに入る。

標準体型より少し肉付きがいいくらいで、決してふくよかといえる体型ではない。


「そういうことはビール腹になってから言ってくれよ」

「父さんの美意識が許さないんじゃない?

母さんに逃げられるの嫌だもんね?」


明るい笑みが飛び交い、空は明るい色から黒い色に染まってゆく。




正月休みも今日で終わりだ。

シェリハはシルヴィーに渡されたグリーンのパジャマの袖に手を通しながら、自分の部屋で物思いに耽っていた。


「…シェリハ、入ってもいいか?」

「どうぞ」


シェリハはシルヴィーの声を聞いて短く返した。

拒否しても何としてでも入ってくるだろう。

ホワイトとパステルピンクのボーダー柄のパジャマを着たシルヴィーはシェリハの部屋にある椅子に腰掛けた。

シルヴィーは息子と話がしたくてたまらないのだ。

だがシェリハが自分だけの世界を大事にしていることを知っているから、あまり干渉せず見守ってきた。

だから彼が自分の部屋に入った時は無理に関わろうとはしない。

もちろんこれからもそうするつもりだ。

だが眠る前に少し話すくらいは許されることだろう。

シルヴィーは甘えるのが得意だ。

この技で雪香を射止めたと言ってもいいくらいだ。

子供のようにひたすら甘えるのではなく、子供には父親として妻には夫として頼りがいのあるところを見せつつ、自分にも弱いところがあるのだと密かにアピールするように甘えるのだ。

甘えられた側の人間は『ああ仕方ないな』と許してしまう。

二面性ともとれるこのギャップに多くの女性が惹かれたことだろう。

そしてシェリハも彼の魅力からは逃れられない。


「明日から仕事か? たまには有休使ってゆっくりしろよ?」

「いつ忙しくなるかわからないし、相変わらず人数少ないからな。

父さんは休みすぎだろ?」

「社員の特権だろ? 消化していかないともったいないからな。

雪ちゃんの顔見てたら仕事行く気なくすんだよな。

俺がニートで金も入れなかったら追い出されるだろうけど」


シルヴィーは雪香のことをまるで恋人であるかのように話す。

いや彼にとっては今も恋人なのだろう。

長年付き合ってきた恋人が偶然にも子宝に恵まれ、母と父になっただけのことなのだろう。

彼は親となっても男を捨てていない。

自分を褒め称える台詞を引き出すために、未だ自身を磨いているのだ。

老いてしまっても気が若いところや雪香一筋なところはずっと変わらない。

この先も永遠に変わることはないだろう。

そんな父をシェリハは羨ましく思った。

胸の内を簡単に曝け出すことなんてできない。

『好きだ』と一言彼女に伝えるだけなのに、なんて意気地のない男なんだろう。


「どうだろう。母さんなら笑って許しそうだよな。

父さんと母さんみたいな関係に憧れるけど、なかなか実行できないよ」

「俺だって怖いもの知らずなわけじゃない。

運はクジと一緒でアタリがあれハズレだってある。

若い頃は色んなと付き合ってきたし、代わりなんていくらでもいたよ。

向うから勝手に寄ってきてたからな。でも中身のない付き合いばかりだった。

…ただ雪ちゃんはそうじゃなかったってだけだ」


シルヴィーの一言が刃となってシェリハの胸に深く刺さる。

シェリハはクジを引く前から諦めてばかりいた。

そして逃がしたチャンスは二度とはやってこない。

対するシルヴィーは狙いを定めて諦めなかった。

執拗に付き纏うのはよくないが、シェリハには少し必要なのかもしれない。

シルヴィーは言う。まだ若いのだから遊べ、と。

彼の言う“遊ぶ”とは女性をもてあそぶことではない。

色んなタイプの女性と付き合ってみるのもよし、仲間と旅行へ行ったり趣味に没頭したりするのもよし。

ひとつのことに固執する必要はない。

元々ひとつのことに固執できるタイプではないのだから。


「じゃあ俺のはアタリ? ハズレ?」

「まだ付き合ってないところを見るとどっちとも言えないな。

お前の行動次第でアタリにもハズレにもなる。

年が違うとか生まれた国が違うとか、そんなことはどうでもいいことだ。

それがどうしても気になるようなら、縁がなかったと諦めて次に進むことだな」

「…それは嫌だな」

「なら仕事と同じように落としてみろ。

脈がないなら仕方ないが、そういうわけじゃないんだろ?

お前は俺の子供なんだ。下向いて歩くんじゃないぞ。

胸を張れ。下を向いて歩くってのはお前の家族である俺たちの存在が恥ずかしいってことだ。

違うなら上見て歩け。そしたら全部うまく事は運ぶに決まってる」

「父さん…」


この血は母と父から継いだものだが、両親を恨んだことはない。

原因は自分の生まれ持ったこの性質だ。

他に怒りを向けることの方が間違っているのは自分でも理解している。

期待を抱けば明るい未来が見えてくるだろう。

しかし裏切られれば光は闇に包まれてしまう。

それが嫌で怖くて仕方ないのだ。


「頑張れよ。自分を暗示にかけろ。

自分は何でもできるんだ、ってな。

貢献してるお前に褒美を与えても天罰なんて与えやしないさ」


シルヴィーはそう言い残して去っていった。

思い上がることができたらどれだけ楽になることだろう。

どうでもいい悩みごともなくなることだろう。

今すぐにすべてを捨て去ることはできない。

だがシルヴィーの言うように前を向き、胸を張り歩いていく必要がある。


「すぐに変えられるならとっくの昔に俺は俺じゃなくなってる。

梨星は俺がこんなに情けなくて子供ガキだなんて思ってないだろうな…」


吐き出したため息は白く、風となり消えていった。

今は明日のために眠るしかない。

時間は待ってなどくれないのだ。

シェリハは時間は生きている人間よりも残酷だとしみじみ思った。

やっと新しい年に突入します。

やっとかよって感じですが。

シェリハの父親は雪香と出会う前はかなり遊んでいたという設定にしています。

そんな父親の遺伝子を受け継いでいるにも関わらず、シェリハは真面目な付き合いの恋愛しか知りません。

勿体無いなあと思いながら書いていますが、私が書くキャラクターに完璧!な登場人物はいません。

欠点がある方が現実味があるかなあと思うんですよ。

なので主人公をかっこよくはしません(笑)

むしろかっこ悪いの推奨します(苦笑)

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