43 二分の一の孤独と寄り添い
年が明け新しい年を迎えても特別に感じることはない。
いつもと同じ日常。
だが今日はいつもとは違っていた。
シェリハは珍しく実家に足を運び、家族らと団欒を楽しんでいた。
今は仕事が落ち着いているが忙しくなればいつ実家に戻れるかわからない。
たまには家族の顔が見たいし、自分は至って健康で元気なのだと家族を安心させたい。
一人暮らしを始めてから家族には気を遣わせてばかりいる。
マルフリーフェ家で雪香の手作りのおせちを食しながら、毎日揃うことの無い顔を見合っていた。
「こうして家族が揃うのも珍しいことだな。
シェリハ、お前はいつも一人で淋しく食べてるんだろう?
どうせ陸な物食べてないんだろうから、太って帰れよ」
「そりゃひどいなあ。ちゃんと自炊してるよ。
たいしたものは作ってないけど」
「でももうすぐ可愛い彼女ができるんでしょ?
母さん父さん知ってた? 兄貴ってば春に入社してくる19歳の子とイイ関係らしいよ〜。
年下はいいよねぇ…肌はぴちぴちしてるしいうこと聞いてくれるし。
兄貴もやる時はやるじゃんね?」
アルコールを浴びるように飲み、白い肌を赤く染めながら酔っ払っているのはシェリハの妹・セルイアだ。
肌が白く堀の深い顔立ちは父親に似ている。
黙っていれば外国人そのものだ。
シェリハもセルイアも紛れもない日本人だ。
日本で生まれ育ったが、恐らく父親の血が濃いのだろう。
外見は外国人で内面は日本人になってしまった。
ただセルイアはシェリハと違い、外国人に間違えられることに関して何とも感じていないらしい。
(…イイ関係なら苦労してない。ガツガツできるものならそうしてるよ)
セルイアの戯言を聞き流し、シェリハは料理を口に運ぶ。
酔っ払った人間の言葉ほど当てにならないものはないが、両親にとってはなかなかない良い噂の一部だ。
そしてそれが誰なのかが気になるところだ。
「へぇ、確証はないが事実なら嬉しい知らせだな。
来年の春に就職…ということは今は学生か」
「うんと年上より年下の方がいいものね。
どんな娘なの?」
「美人系でもないし可愛い系でもないんだけど、何て言うんだろ?
前の彼女とは正反対のタイプ。
癒し系?…うん、それが一番当て嵌まるかな〜」
妹と両親はシェリハの恋を持ち出し、会話を楽しんでいる。
当事者のシェリハは肯定も否定もせず黙々と食べている。
彼さえ望めば父親譲りの甘いマスクで恋人を侍らせることも夢ではない。
だがシェリハは非常に地味な性格で恋愛に関しても同じことが言える。
ただ一人の女性を誠実に愛し、決して派手な関係を望まない。
その点はシェリハとシルヴィーは似ている。
「今度家に連れていらっしゃいよ。
どんなお嬢さんなのか一目見たいわ」
「だからまだそんな関係じゃないって。
そういえばセルイアはどうなんだ?
年ごろといえば俺よりセルイアだろう?」
シェリハはごく自然に話のスイッチを切り替える。
途方のない話をすればきりがない。
シェリハに話を振られたセルイアは腕を交差させ無言のサインを送る。
つまり彼氏はいないということだ。
「そんなのいるわけないでしょ。
エブミアンテ社は大企業じゃないのに忙しいんだもん。
それに年上ばーっかりだし、出会いなんてないない!
それにそんな余裕ないしね」
はあ、とセルイアはため息を吐いた。
セルイアは正式ではないがエブミアンテ社の一員だ。
特にやりたいこともなく高校を卒業してからアクセサリーショップ・コンビニ・カラオケボックスなど接客を中心としたアルバイトを二年間ほど続け、バイト先でルハルクと出会った。
『いらっしゃいませ!』
『シェリハの妹さんか? さすがは兄妹だな、センスが抜きんでている。
いい店だな。店のデザインは君が?』
『いえ私は好き勝手に物を置いてポップ作ってるだけです。
…兄の会社の方ですか?』
『ああ、ルハルク・マリエイド。彼の上司だ。
実力が地位を決めるなら俺の方が下かもしれないが。
販売も君には向いているだろうが、少し変わったことがしたいと思ったことはないか?
店長には失礼だとは思うが、この店に骨を埋めるには勿体ないな』
『申し訳ありませんが…一応勤務中ですのでそういったことは…』
『営業妨害で撮み出されるのは困るから、今日のところは帰ろう。
もし君が物作りに興味があるなら、エブミアンテ社に来てほしい。
それでは失礼する』
シェリハに話すと人出がほしいとのことで、学生のセルイアには小遣い稼ぎにはもってこいの8月だった。
ものは試しだ、とアルバイトを辞め、エブミアンテ社でアルバイトとして働くことになった。
雑用がメインだと聞いていたのに、セルイアがファッションや美容に関心を持っていることがわかると社員の補助をやらされることになった。
商品開発の会議においてはああでもないこうでもないと討論しつつ、ひとつの答えを出していくという作業はとても新鮮だった。
セルイアが特に関心があったのはメイクだ。
各パーツのカラーや角度を変えただけで雰囲気ががらりと変わる。
まるで魔法にでもかけられたかのように。
色は人間が持つ個性のようなものだ。
マットやラメ入り、メタリックやパステルなど様々だ。
メイクの魅力に取りつかれてしまったセルイアはそれから本格的な勉強をするために専門学校に通いはじめた。
バイトの回数は減ってしまったが、アルバイトでありながらも社員に劣らぬ実力で功績を残している。
「仕事が忙しいなんて理由にはならないわよ。
私だってシルヴィーと知り合った頃は一応働いてたもの」
「母さんお雑煮おかわりほしい〜」
嫌な顔ひとつ見せず雪香は笑っているが、心の中ではやれやれと思っていることだろう。
家族の笑顔を見ながらシェリハは目尻を下げた。
一人で暮らしているからこそ、家族の楽しそうな声がとても心地いい。
そんな中でもシェリハは孤独を感じてしまう。
決して孤独を恐れているわけではない。
その孤独がシェリハの想像力を育てているのだから、畏怖の対象であるはずがない。
家族と団欒していても恋人と触れ合っていても、常に孤独の時間を求めた。
昔から絵を描いたり文章を書いたり、空想をしたりして時間を過ごした。
それは大人になっても同じことだった。
会社にいる時は周囲に人がいるから仕方ないが、家ではできるだけひとりの世界を広げて作業を行いたい。
自分ではない声が聞こえてくると感覚に障るのだ。
シェリハは独りになりたい時は自室にこもるようにしている。
家族は彼の性格を理解しているからか干渉しようとはしない。
彼にとって孤独とは目に見えない友人のようなものだ。
決して恐れるべきことではない。
寧ろこれは喜び受け入れるべきことだ。
この世の中には家族を失い、孤独を強要された者もいるのだから。
今回はお正月の家族の団欒のお話です。
セルイアは一度シェリハが実家を訪れた際(パルポルピーサー関連話参照)に登場していますが、あまり触れていなかったため今回再登場して頂きました。
孤独のお話は実話です。
私自身が誰かといるのも好きなんですが、それと同じくらい一人でいるのも好きなんです。
もちろん絵を描いたり文章を書いたりしている時は、その空間には誰にも入り込んでほしくないんですね。
読んで頂いている方の中には作者さんもいらっしゃると思いますが、どうですか?(笑)