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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
41/63

41 思案してもどうにもならないのはわかっているけど

パステルブルーのカーテンの隙間から光が洩れ、シェリハは目を覚ました。

昨夜シアンと酒を飲んでからの記憶は一切ない。

もちろんのこと帰宅した覚えはない。


(自分の家じゃないな…ということはシアンの家か?)


それに置かれている家具や部屋の雰囲気がまるで違う。

人が寝泊りしている部屋には人の匂いというものがあるものだ。

だがこの部屋にはそれがない。

人の温度の匂いが全くないのだ。

きっとこの部屋はシアンが毎日就寝している部屋ではなく、あまり使われることがない客人専用の部屋なのだろう。


(ん? どこかで水の音がする)


水が床を打ちつける音が聞こえてきた。

シアンがシャワーでも浴びているのだろうか。

次第に音は弱まり、ゆっくりと消えていった。

他人の家でずっと寝ているわけにもいかないので、シェリハは起き上がりシーツや枕を整え、ベッドから出た。

客人専用の部屋のドアを開けると廊下が広がっていた。

色はライトブラウンで落ち着いた印象を受ける。

どこに何の部屋があるのかわからずキョロキョロしていると、シェンナのバスローブを羽織った男性がいた。

バスローブの下は何も着ていないのか、白い素肌を晒している。

その下にはホワイトとブラックのストライプのサルエルパンツを穿いているが、足は素足のままだ。


「おはよう、腹減っただろ?

俺も腹減ったし何か食べるか」

「ああ、昨日わざわざ運んでくれたんだな。

俺、知らない間に酔い潰れてたみたいで」

「気にすんなよ。家送るにも服の中漁ってまで鍵探す気になれなかっただけだしな」


シアンはそう言うと少し廊下を歩いて、シェリハを居間に連れてきた。

ベージュのワッフルカーテン。

ガラスにドライフラワーを貼り付けたガラステーブル。

チャコールグレーのコーナーソファー。

インテリアにはあまりこだわりがないのか、使わないであろう物は一切置いていない。

居間というだけあって人と交流するためだけの空間をわざと作っているのかもしれない。


「シアンにしては地味だな」

「居間だからな。憩いの場に派手なものは要らない。

会話と食事を楽しむための部屋だからな。

じゃ着替えてくるからくつろいでてくれよ」


シアンはそう言うと居間にシェリハを残して去っていった。

独身の男性が一人で住むにはこの家は広すぎる。

居間に客室、そして自分の部屋。

この家の間取りや部屋数は把握していないが、既に三部屋もある。

自分はワンルームで生活しているのに、彼はこんなにも広い家に住んでいる。

彼の方がキャリアが長いのだから当然の事なのだが、その歴然の差に驚きを隠さずにはいられない。


「待たせたな。たいしたもん出せなくて悪いけど」


シェリハが呆けていると、チャコールグレーのドルマン袖のプルオーバーに着替えたシアンがトレーを手に戻ってきた。

トレーの中には皿とコップが乗せられていた。

マーガリンを乗せたトースト。

ハムの上にウィンナーとスクランブルエッグを乗せ、それらを囲むように色とりどりのサラダが配置されている。

コップの中にはオレンジジュースらしきものが入っている。

シェリハはシアンが出来合いのものばかり食べていると聞いていたので、まさか彼自らの手を使って作った朝食が出るとは思っていなかった。


「ありがとう。シアン料理できるんだな」

「焼いて切ってかきまぜただけだ。

客が来てる時までインスタントはまずいだろ?

一人の時はスーパーの惣菜とかコンビニ弁当ですませてるけどな」


シアンはそう言ってシェリハにフォークとナイフを手渡した。

フォークとナイフはシルバー製で取っ手には王冠が刻まれている。

道具のひとつひとつに彼のこだわりを感じる。

コンビニ弁当や惣菜の世話になっているからだろうか、料理の味付けは少し濃かった。

だが彼がわざわざ作ってくれという事実が味に旨味を持たせていた。


「…そういえば仕事の方はどうだ? 順調か?」


いつの間にか朝食を平らげてしまったシアンがふと吐いた台詞はどこか不自然に聞こえた。

後輩がどんな仕事をしているのかが気になるというのも本音に違いはないだろう。

だがその言葉の裏を探れば、仕事の話を持ちかけられるとシェリハは予測していた。

現在シェリハが単独で抱えている仕事は一件のみ。

それも急ぎの仕事ではなく、割とゆっくりペースの仕事だ。

嘘を作る理由もないので正直に答える選択肢しかない。


「順調といえば順調かな。特にこれといったこともないけど。

シアンはどうだ?」

「当分はレコーディングがメインの生活になりそうだな。

ツアーも考えてるけどまだ構想の段階だし、予定は未定って所だな。

でも次のライブは以前とは違うものにするつもりなんだ」


少年のように無邪気な表情で語り、シアンは続けて言う。

いつもならポップを除いた色んなジャンルの楽曲を演奏しているが、次のライブではハードナンバーしか演奏しないという。

彼が作る楽曲は一曲一曲がかなりハードで、立て続けに演奏するということは体力的に負担を掛けることになる。

シアン本人は歌うことはなく演奏に徹しているといっても、アンコールまで体力が持つのかが気になるところだ。


「それは無理に近くないか? ハードナンバーしか演奏しないなんて…。

それか演奏時間の短い曲から演奏して、身体を徐々に慣らすとか…。

後はMC増やすしかないんじゃないか?」

「今までやったことないからな、やってみないことにはわかんねぇな。

MC増やしても息切れして何話してんの川かんねぇだろうけどな、ははははっ」


シアンは大笑いしているが、当日になって笑えなくなるのはシアンである。

シアンのことだから舞台を台無しにしないよう、精一杯努力をすることだろう。

シアンの音楽を聴く為にわざわざ足を運んでくれる観客の為だ。

そのために完璧なステージを作り上げたいと思い描き、理想のステージを作り上げる。


「都合がつくならまたお前の力を借りたいんだ、シェリハ」

「俺でいいならいつでも手伝うよ。

でも…たまにはデザイナーを変えてみるのはどうだろう?

ほら、最近俺とばっかりだろう?」


先程大笑いしていた時とは一変して、シェリハを見るシアンの目は真剣そのものだった。

シアンは仕事に一切の妥協をせず、テーマやコンセプトに一貫性があり多少のズレも許さないことで有名だ。

その気難しさから彼に応えられるデザイナーは多くはない。

その中でもシェリハはシアンをよく知り理解し、その上で彼が望む仕事をしてくれる数少ないデザイナーだ。

シェリハにとってこの世に存在するすべてのものが興味の対象になるので、特に苦手としているジャンルは無い。

型を持たないというのが彼のアイデアの特徴で、まるで別々の他人が提案したかのようなアイデアはクライアントにとって新鮮そのものだ。

シェリハの地味な性格からは想像できない仕事ぶりは、世辞抜きにして見る者を驚嘆させるものがある。

社外でも『エブミアンテのマルフリーフェ』といえばそれなりに名が知られており、ライバル視しているデザイナーは多い。

クライアントの希望に限りなく近いものを提供することに拘り、決して信頼を裏切らない。

だからこそシアンはシェリハを選んでしまうのだ。

彼以上の人材など今は考えられない。


「誰かいいクリエイターがいるのか?」

「いやいないけど…そうだなあ…経験のない新人とやるのも手かもな」


シェリハと肩を並べられるデザイナーが存在するとは正直思えない。

だが経験のないクリエイターは頭が柔らかく、何も知らないからこそ常識破りのことを考えることがある。

それに賭けるとすれば新人と仕事をさせるのもいいかもしれない。

但しシアンが満足するかはわからないが。

でも残念なことにシアンにデザイナーを紹介することはできない。

シェリハが知っている新人のデザイナーがいないからだ。

シェリハが仕事を共にするのは年上の者ばかりだ。

しかも大抵は一度は仕事を共にした顔見知りの者ばかりなので、シアンのように交友関係が広がらない。

エブミアンテの新米社員はすぐ辞めてしまうので、紹介することができないのである。


「新人な。若いのはいいが骨のある奴がいいな。

仕事を投げ出すような奴は困る」

「俺の知り合いじゃシアンに紹介できるようなのはいないな。

取り敢えずは延期ってことにしとくけど、空きが出るようなら声をかけてくれ。

その時は力になるよ」


シェリハを越えるデザイナーが現れなければ、恐らくシェリハに声がかかるだろう。

わかっていたが敢えて言わなかった。


話が弾んできたところで時計の針が12を指した。

そろそろ帰らなければ…と思いながらも結局夕食までご馳走になってしまったのだった。

シアンの音楽のジャンルはハードロックに分類されますが、私の趣味全開で申し訳ありません。

一時はハードロックを「うるさいだけ」と敬遠していた時がありましたが、今では嘘のようです。

私的な話はさておき、もうすぐで念願の年明けです!(ハートナイフの中で)

本当に長かった…。

年明けの話の前に梨星の心の揺れ動きの話を描きたいので、それからになりますね。

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