04 動かぬ花
「君は…?」
「お兄さんずっと私の絵見てたから。
目立つから気になったの。
絵本好きなの?」
まだあどけなさが残った表情だ。
しかし子供と断言するほど幼くはない。
高校出たてといったところだろうか。
幼い外見からは想像もつかない、彼女の絵の色は母性のような包容力のように見えた。
「ああ、昔から絵本のお世話になってたんだ」
「今も?」
くすくすと少女は笑った。
大人が絵本の世話になるなど、一般的には珍しい話だから仕方ない。
彼女は風に揺れる名もなき花のような笑い方をする少女だった。
決してクールを装っているわけではないのだが、仕事や恋愛で余裕が奪われてしまうことが多くなったから自然と笑顔が減った。
だからそう感じるのだろうか。
「私も絵本好きなの。だから絵を描きたくてここに入ったの。
将来は絵本作家になりたいなって」
「夢を持つのはいいことだよ。
目標のために頑張れるから、成長することができる。
君は本当に絵が好きなんだね。
情熱が伝わってくるよ」
「ありがとう!
こんなこと言ってもらえたの初めてだから嬉しいな…」
彼女と何時間話し込んだだろうか。
仕事や将来のこと…。
様々なことを話し、他愛もないことで盛り上がった。
彼女の名は梨星と言った。
父親は気ままに世界中を巡る放蕩画家、
母親は梨星を出産したのがきっかけで絵を描くようになった絵本作家。
そんな環境で育ったからか、彼女は自然と絵に興味を持ち始め、絵を描くようになったらしい。
高校に上がるまでは趣味として絵を描いていただけで夢はなかったが、職業体験で保育士として働いたときのこと。
このときに作った自作の絵本が素直な園児に気に入ってもらえたことが火付けとなり、本格的に絵を学びたい、と思うようになったようだ。
そして高校卒業とともに今の専門学校に入り、来年卒業することとなっているらしい。
「時期的には就職はもう決まってる頃だよな?
いい所はあったかい?」
「受けたんだけどなかなか…経験者優遇とか、すぐ使える人を欲しがってる会社ばっかりなの」
「きっとどこも切羽詰まってんだよ。
一から教えるよりも即戦力になる人間の方がいい。
俺も昔はそう考えてた」
「昔? シェリハ…社会人になって何年なの?」
今29。
専門学校に入学したのは高校卒業と同時。
20で専門学校を卒業し、一年間はふらふらとしていたが翌年から就職活動を始め、23歳には無事就職することができた。
だからキャリアは6年ということになる。
社会人になって何年かと尋ねられるほど、自分は年相応に見られていないのだろうか。
彼女はシェリハの年齢に驚いていたのもまた彼にとって衝撃的だった。
少年とまではいかないが、童顔であることは自負している。
年齢的に若く見られることは喜ぶべきなのか残念に思うべきなのか複雑な所だ。
「29歳に見えないねえ。社会人になったばっかりかと思った」
「口のうまい子だな。
君の方こそ高校生くらいにしか見えないぞ?」
「童顔で結構ですよーだ」
風船のように頬を膨らませても怒っているようには見えない。
対話していてふと笑みが零れるほどだ。
無知だからこそ無垢で素直。
屈折の文字を知らない。
外見に反して芯が強く、思いの外といっては失礼だがしっかりしている。
大袈裟なリアクションと喜怒哀楽を表す声や顔の表情こそ子供のようだが、内側は立派な女性である。
大人の女性の中に奇を好む子供心を住まわせている。
しかもストレートすぎるほどの直情型。
子供は初めて目を開いて見る世界に驚きと戸惑いを隠せない。
あれやこれやと知りたがる本能が新品のノートに視界のデータを文字にして刻み付ける。
奇を好む心は武士ならば刀のようなものだ。
どうでもいいこと、関係ないことでも知識として蓄えられる。
知識が深まれば深まるほど、引き出しが増える。
そんな彼女ならば蛹から蝶になることができるだろう。
初々しい梨星を見ていると少年時代を思い出す。
稚拙で世間知らず、考えが甘くてひねくれ者。
他人の助力がなければ生けていけなかったのに、背伸びをしてばかりだった。
けれど時間が教育してくれたのだ。
独りでは何もできない、と。
べらべらと話しているうちにグループ展の終了時間が近付いてきたのか、梨星の友人らしき女性が梨星の名を呼んでいる。
「あ、もう終わりみたい。
今日は来てくれてありがとうね!楽しかったよ」
「それは俺の台詞だ。
今日は為になったし、楽しませてもらったよ」
そう言って自社の名刺を差し出すと、
「きゃああ!ホンモノの名刺だぁ…すっごぉい…!!」と名刺ひとつで盛り上がる梨星を見てシェリハはどこまでも彼女は子供だなあ、とつくづく思った。