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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
39/63

39 雪食温話

独り身同士、ふたりっきりの食事会です。

そろそろ作品の方も新たな年に入れそうです。

真冬が連れてくる風は独り身の心を突き刺すように吹いてくる。

ただでさえ人恋しいのに、冬ならではの気温が淋しさを募らせる。

明かりの灯った街は賑わい、人々の顔は笑顔一色に染められている。

少しだけ羨ましく、少しだけ懐かしい。

去年の今頃はシェリハの隣には恋人がいて、彼は幸せを噛み締めていたのだ。

恋人が恋しいというわけじゃないが、淋しいと思ってしまう時がある。

確かに一人でいるのは気楽で自由で楽しい。

でも友人や恋人と過ごしている時間には適わない。

結局は一人でいるのが淋しいなのだろうか。


(…淋しいから誰かといたいだけ?

それなら俺は…成長してない只の子供だ)


ブラウン管に映ったイルミネーションを見ながら、自分自身を嘲った。

その時静寂を破るようにバイブレーションの音が聞こえてきた。

床の上に無造作に置かれた携帯のサブディスプレイが光っている。


「休みなのに悪い!今時間大丈夫か?」

「俺のことなら気にしないでくれ。

一体どうしたんだ?」


電話を取ると聞き慣れた声が聞こえた。

都森よりも少し低音の擦れたような声。

インパクトはないが嫌悪感を感じる音ではない。

先日会ったばかりのシアンである。


「いやぁ、今仕事終わったとこなんだけどな。

都合悪くないならどうかなと思ってかけたんだ」


主語を省くのはシアンの悪い癖だ。

食事の誘いと見せ掛けて、きっと仕事の話を交えるつもりだろう。

頼まれたら断れないシェリハの人のい性格を分かっての戦略だ。


「わかったよ。どこに行けばいい?」

「そうだな…俺今駅前にいるんだよ。

バス停の近くにしようか。

姿見えなかったら電話入れてくれたらいいしな」

「了解。支度したらすぐ出るよ」


シェリハは簡潔に述べると電話を切った。

シアンの誘いを断ろうと思えば断れたが、シェリハに断る理由はなかった。

年末の休みを一緒に過ごす相手がいるわけでもないし、別に独りで過ごしたいわけでもない。

それに誘ってくれた理由を考えたら、簡単に断れないと思ったのだ。

恐らくシェリハが独り身であることを風の噂で知っているから、気晴らしにと誘ってくれたに違いない。

シアンは自分に恋人がいようといまいと男女問わず先輩や後輩を第一に考え、恋人に誤解を与えてしまうようなことばかりしている。仕事に行き詰まったり恋に破れたりすることがあれば、家に呼んで泊まらせたり昼夜問わず遊びに行ったりする。

当然恋人である女性は烈火のごとくいきどおる。

そしてシアンの彼女と遭遇した先輩や後輩は修羅場を経験することになるのだ。

勿論シェリハも経験している。

シアンの彼女にいきなり打たれた時はなぜ打たれなければいけないという怒りよりも、頭が真っ白になってしまい今何が起きているのかわからないほどに混乱してしまった。

修羅場にはもう遭遇したくないので、シアンに特定の恋人がいる時は彼の誘いに乗らないようにしていた。

だが今は互いにフリーの身だ。

余計な気遣いをする必要もない。


(早く行かないと待たせることになるな。

さっさと出よう)


ベージュのUネックカットソーとブラックのVネックカーディガンに、ブラックのスキ二ーパンツを合わせる。

そしてショート丈のPコートを羽織り家を出た。


バス停付近に辿り着くとシェリハの予想通りシアンが待っていた。

赤のトラッドチェックのジャケット。

胸元にスラッシュ加工を施したネイビーのパーカー。ブラックのサルエルパンツ。

スッと綺麗に引かれたブラックのアイライン。

同系色のアイシャドウで彩られた瞼。

縦皺と艶をコンシーラーで消したマットな唇。

鮮やかな色が映えそうな白い肌。

とても同じ男とは思えない。

シェリハが惚けるように見入っていたらシアンは眉を顰めた。


「おい、見せもんじゃねぇぞ。

腹減ったし食べに行こうぜ。

あ、そういえば勝手に店予約したけど、和食嫌いじゃなかったか?」

「嫌いなのは特にないから大丈夫だよ」


さらりと自然に言うシアンにシェリハは驚きを隠せなかった。

いきなり誘った友人と食事をするためだけに、店を予約するとは何とも彼らしい。

年末に予約なしにそれなりの店で食事をすることは難しい。

無計画に店を渡り歩いた挙げ句、食事をすることができないなんて侘しすぎる。

きっと意図的に突然誘ってくれたのだろう。


「さ、着いた着いた。んじゃ入るか。

ここたまーに一人で来るんだよ。

広くて落ち着けるしな」


シアンに案内されてやってくると、目の前にスカーレットにホワイトのドットが描かれた屋根が印象的な一軒家が目に入った。

シアンは暖簾に突っ込むように入口である引き戸へと向かっていった。


「あら、シアンじゃないの。

今日はお連れの方がいるんだったわね。

さ、どうぞ」


黒髪を天高くひとつに束ねた婦人がシェリハ達を出迎えた。

白い蝶が舞った紺色の着物は地味な印象を与えるが、年を重ねたからこそ出すことができる色香が滲み出ていた。

婦人に通された部屋は和室に障子や掛け軸があったりと和のテイストで統一されていた。

まるで故郷の家に帰ってきたような温かさがある。

運ばれてくる料理も母親を思わせるものばかりだった。

栗の入ったかやくご飯。

具沢山の白い味噌汁。

薬味を散らした冷奴。

その他にも目移りしてしまうほどの様々な郷土料理が並ぶ。


「今日は急に誘って悪かったな。

お前の都合も考えないで」

「いや誘われなかったら家に籠もってただろうし。

なんか用事あったんだよな?」


シェリハはそう尋ねるとシアンの目をちらりと見た。兄貴分が聞きたいことなど容易に想像できる。

可愛い弟分の恋愛事情か仕事の話くらいだろう。

その時の彼の目は怪しく光っていた。

まるで何かを企んでいるように。

今回のふたりっきりの食事会ですが、実は女子禁制の男司会の予定でした。

ですが、メンバー調整が難しいかな?と思って急遽ボツにしました。

今回シアンは突然シェリハを誘っていますが、店を予約したりとかなり計画的。

どうやら断られる事は考えていなかった様子。

これにはちゃんとした理由がありました。

恋人と別れて間もないシェリハを元気づけるためです。

元々シェリハは他人を頼ったり、甘えたりする事をしません。

そして自分の中にひきこもりがちの性質です。

それをわかっているから、シアンは強引に誘うという手にでます。

断らないことも彼の中では想定内。

シェリハのことはすべてお見通しなのです。

次回はそんな二人の絡みがメインのお話になります。

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