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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
38/63

38 dear trigger

会話も弾み、これからがいいところという時に都森のポケットからバイブレーションの音が聞こえてきた。


「はい、あぁ…わかった。今から行くよ」


都森ははぁ、と溜め息を吐き出して電話を切った。

少しトーンの低い声から察するに、スタッフからの電話だったのだろう。

やはり打ち上げに主役がいなくてはつまらないに違いない。


「主役がいないと退屈してるんだろう」

「元気そうな顔見れてよかったですよ、ルハルクさん。

みんなも来年まで元気でな」


都森はシェリハにウィンクをして、メンバーを連れてスタッフの元へと帰っていった。

UNISEとシアンという嵐が去って、一気に静かになってしまった。


「相変わらずだなあ、あいつらは。

UNISEも昔はエブミアンテにいたんだ」

「デザイナーだけじゃなくてアーティストもいたんですね」


梨星はケーキを頬張りながら感心している。

専門学校ではジャンル毎に区分けされているので、少し不思議そうな顔をしていた。

会社すべてがこういったものというわけではなく、これはエブミアンテ社特有のものである。

エブミアンテ社自体はまだ若い。

人種により差別を受けたドーリーは向上心があるすべての者を受け入れた。

体も精神も悲鳴を上げるほど仕事は過酷だったが、ドーリーやルハルクはとにかく社員思いで優しさに溢れていた。

共に泣き、共に笑い、共に悲しみ、いつもすべてを分かち合ってきた。

その結果様々なジャンルの社員が集まったのだ。


「シアンもUNISEもかなり早い段階から活動してたんだ。

だから俺たちからしたらかなり先輩ってことになる」

「派手だし若い格好してるから、あんまりわからないけどね」


シェリハとエアリのやりとりを聞いて、目を丸くしていた。

完全武装している時の姿は年相応には見えないだろう。

特にシアンは早くにメイクを覚えたため、自分の長所を最大限に生かすことができる。

化粧の映える肌の白さとシアンの独自の技術があれば、最低でも五歳くらいは若く見せることができる。


「もうそろそろお開きにしますか?」

「そうだな。未成年がいるからそうしようか?」


ルハルクが梨星の顔を見ながらそう言うと、子供扱いされたと気付いたのか頬を膨らませた。

感情を表に出して笑ったり怒ったりする梨星を見て、シェリハは自分が子供だった頃を少し思い出した。

彼女と同じように感情を表に出して、泣いたり笑ったりした幼少時代があった。

感情のままに笑ったり怒ったり、いつからしなくなっただろうか。

誕生日がやってくるたびに、感情をコントロールするようになってしまった。

妹が生まれて自分は母と父の子供であると同時に妹の兄となり、我儘や不満を心の奥底に閉じ込めるようになった。

それは愛する父や母、妹に迷惑をかけないためだった。

手のかからない子供になろうと思い努力していたら、現実を冷静に見つめることができる大人になった。

初めて付き合った女性と別れを経験した時、理由と原因を作り物語のように完結させておけば必要以上に傷付くことがないと知った。次第に言い訳の項目は増えていき、今では保身という言い訳が第一位に輝いている。

傷口が開かれることを恐れ、痛みを避けるのは弱い自分を守るためだ。

きっとドーリーやルハルクがいなければ、会社を辞めていたことだろう。

意志の強い上司や仲間が引っ張ってきてくれたから、こうして今の自分があるのだ。

だから感情に素直な梨星を羨ましく思う。

今からでも戻れるなら、今すぐにでも素直だった頃に戻りたい。

でも長年積み重ね体に染み付いた習性は、すぐには消し去ることはできない。

梨星の温かい心に触れるたび、大人になってしまった自分の嫌な部分が見えてくる。

そして心が洗われたような気持ちになるのだ。

彼女に惹かれた本当の理由はそこにあるのかもしれない。

会計を済ませ店を出ると、シェリハ達は徒歩で駅へ向かった。

バスで駅へ向かおうとしたが、帰りの本数は少なく乗れそうにないということで徒歩で向かうことになった。

ルハルクはタクシーで向かうことを提案したが、エアリと梨星が冷たい風に当たりたいと言うので、彼女らに合わせることとなった。


「もうお腹いっぱい。

すっごく美味しかったぁ…」

「良く食べたわね。

私も久しぶりにガツガツ食べちゃったわ。

味も良かったし、一人でくるのもいいかもね。

梨星が働くようになったら、また食べにいこうね」


エアリは慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、梨星の頭を撫でる。

他人同士なので似ていなくて当たり前なのだが、道行く人から見れば姉妹にしか見えないだろう。

エアリは兄弟姉妹がいない、いわゆる一人っ子で父と母の愛を一身に受けて育った。

だが早くに来日し一人暮らしを始めたため、淋しさもあり兄弟姉妹というものに憧れを抱いていた。

シェリハとエアリは同期だが、年齢はエアリの方が年上のため、お姉さん風を吹かせている。

二人は性格は対照的だがデザイナーという共通点もあり、入社して間もなく友人となった。

今では同性の友人以上に仲が良く、シェリハに恋人がいた頃は仲を疑われたほどだ。

エアリにとってシェリハが気の合う弟なら、梨星は目に入れても痛くない妹といったところだろう。


「姉妹みたいだな、エアリと梨星は」

「そういえばエアリは兄弟いないんだったな」

「ええ。だから梨星を見てると妹みたいで可愛くて」


エアリの言葉に気を良くしたのか、梨星は甘えるようにエアリにもたれかかる。

女同士ならではの猫のようなじゃれ合いを見ながら、シェリハは内心羨ましいと思いながらも目を細めて笑った。

そんなやり取りをしている間に駅に辿り着いた。

今日はここで解散し、シェリハに梨星を送らせようと考えていたルハルクだったが、さらりと流すように断られてしまった。


「私の家ここから遠いから、タクシーで帰ります。

いつもそうしてるので」

「そうか…大丈夫か?」

「子供じゃないんですから帰るくらいできますよー。…今日はありがとうございました!

すっごく楽しかったです」


梨星はそう言うと左右に大きく手を振り、別れを惜しんだ。

そしてシェリハらは少し早い年末の挨拶を住ませ、独り寂しく家路へと急いだ。


今回で正真正銘ライブ編のラストです(くどい)。

今回梨星と第三者とのやり取りを見て、シェリハは昔を思い出します。

学校を卒業し成人を過ぎ、大人の汚いところや醜いところを見て、彼は素直ではなくなったと思っています。

ですが、先輩から見たシェリハは素直で真面目で優秀な一人の青年です。

彼は元々意志が強かったり、頑固だったりという性格の持ち主ではありません。

エブミアンテ社の中ではかなり地味な性格の持ち主です。

アメリカ人の父の血を色濃く継承し、派手な容姿に恵まれながらも地味に撤しています。

唯一執着の強さを窺わせるのは、デザインに関してのみ。

仲間や先輩の存在も大きかったですが、これがあったからこそ、彼はこの会社で生き残ってこれたのだと思います。

大人の嫌な部分を見ながらもその嫌な部分を取り入れ、狡い大人になったシェリハですが梨星を見て、昔に戻りたいと思い出します。妹が生まれる前後くらいから彼は子供らしくない子供になろうと心がけてきました。

迷惑を掛けたくないから。

大切な人の手を煩わせたくないから。

そのため甘えた経験が少ないのです。

だから昔のように素直になれたなら、仕事に対する意識だけではなく全てが変わるのではないかと思っています。

シェリハの感情を銃に例えるなら、トリガーは梨星です。

自分にはないものをすべて持っているからこそ、彼女に惹かれてしまうのでしょう。

草食系(女性陣は恐らく肉食系)で今一つ頼りなくて格好悪い主人公ですが、個人的にはこれくらいが丁度良いかなと思うのです。

物語の人物とはいえ、完璧すぎるというのもあまり面白くありませんし。

どこか抜けた部分があるというのが、私が考えるキャラクターの理想です。

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