35 飢えた意思は石のように
ライブ後のお話になります。
ルハルクは頑固なのでこういう時は譲歩しません。
疲れているときだからこそ、そういう行動を取ったのかもしれませんが。
次回は食事編です。
会場を出ても尚、ビートは胸の中で残っている。
激しくも美しい音と、都森の声のハーモニー。
夢のような時間はあっという間に過ぎてゆく。
そう思うと一気に現実に引き戻された。
「あっという間でしたね。
ルハルクさんずっと座ってましたけど、楽しかったですか?」
そう訊くのは終始エアリと年相応に騒いでいた梨星だ。
ルハルクは始まりから終わりまでずっと座っていた。
観客がメンバーの名を大きな声で呼んでいても、つられることなく座ったまま観覧していた。
そんな彼を見て大概の人は彼らのライブを楽しんでいるとは決して思わないだろう。
「ああ、もちろん楽しかったよ。
今回みたいなライブは騒いでなんぼ、な所があるジャンルなんだろうが、俺はどうも騒ぐのは苦手なんだ。
第一俺が梨星やエアリみたいに騒いでいたら…おかしいだろ?」
ルハルクに言われて三人は微笑する。
確かにルハルクが梨星のように騒いでいたら、彼に対して持っているクールな印象は崩壊してしまうだろう。
だがこんな時くらい多少暴れるように騒いだっていいのではないか、とシェリハは思った。
座って静かに観ることが彼の主義なら、どうすることもできないが。
「さて、今からどうしようか。
何か食べて帰りましょうか?
この面子でっていうのも珍しいでしょう?」
エアリの提案で四人で夕食を食べに行くことになった。
当然の事ながら店を選ぶのは年長者のルハルクだ。
とは言っても自分勝手に決めるのではなく、三人の希望に沿うよう決めていくという、誰に対しても平等なルハルクらしいやり方だ。
ライブで騒いだ後ということで極力疲れさせないよう、場所を付近に限定しているのが彼らしい気遣いだ。
彼が選んだ店はダークブラウンを基調とした、シンプルなレストランだ。
レストランといっても大衆向けの安っぽいレストランではない。
大きめのテーブルや椅子のカラーリング、カーテンなどの細部ひとつひとつに拘り、お洒落でリラックスできる印象を与えている。
「いらっしゃいませ」
黒髪のポニーテールのウェイトレスが笑顔でこちらへと歩み寄ってくる。
制服のエプロンもブラウンを基調としているが、野暮ったい印象はまったくない。
裾に付いた花を模したレースのおかげなのだろうか、華やかに見える。
「お客様、誠に申し訳ありませんが本日は団体のお客様の予約がございまして…」
ウェイトレスがルハルクの顔色を窺うように言う。
彼女の様子を見る限り、どうやらここで食事できそうにもない雰囲気だ。
だがはいそうですかと店を出て、新しい店を探してシェリハ達を疲れさせることを選ぶルハルクではない。
「ああ、予約はしていないから無理は言えないな。
一番狭い席でいい」
「いえそうではなくて…本日は貸し切りのお客様がいらっしゃいまして。
席をご用意するのが難しいんですよ」
ウェイトレスの一言にルハルクの眉がぴくりと動くのを、シェリハは見逃さなかった。
顔色には出してはいないが、彼は確実に不快な気分になっている。
ウェイトレスの言葉は丁寧ではあるが、ここでは食事はさせないと言っているようなものである。
「客を選ぶようになったとは、この店も随分大きくなったものだな。
お嬢さん、店長を呼んできてくれ」
「でもっ…」
反抗の意思を表すもののルハルクの無表情の圧力に、ウェイトレスは真っ青な顔をしながら店の奥へと駆けていった。
恐らく自分一人では対処できないので、店長を呼びにいったのだろう。
少し店員を不憫に思ったシェリハはルハルクに話し掛けた。
「副社長、ここが無理なら余所にしましょうよ」
「またこれから外に出て延々と歩くことになるんだぞ?
俺たちは悪くない。だってそうだろう?
貸し切りにするなら何らかの貼り紙だとか看板だとか、客に知らせる手段を取るべきだろう?
だがそれをしなかった。
店側のミスだ。俺たちに非はない」
ルハルクは腕を組みながらきっぱりと言った。
頑固な彼を動かせる者はどこにもいないだろう。
ルハルクとシェリハが会話していると規則的な足音が聞こえてきた。
割烹着を着た長身の男性と先程のウェイトレスである。
カーマインのバンダナで黒髪を覆い、割烹着の下にスノウホワイトカットソーを着ている。
格好からしてキッチンで作業をしている者と見受けられる。
だからだろうか、カットソーの袖を捲り上げている。
太めの眉にまんまるの大きな目。
睫毛は短く少ないが、大きな目が印象的だ。
ルハルクが静であるなら、彼は動のイメージだ。
袖から覗く二の腕はやや肉付きがよいものの引き締まっている。
割烹着がややサイズが小さいようにも思えるが、腹や背中に余分な肉は見受けられない。
それを考えると彼は筋肉質なのだろう。
「いつからこの店は客を選ぶような高級な店になったんだ?アティータ」
「ミーハーどもから目立つ職業の人間を守るのは当然のことだ。
社員にもバイトにもそれを優先するように言ってある。
彼女はそれを守ろうとしただけだ。
あまり責めないでやってくれ。
今日はUNISEが打ち上げでここを使う予定になってるんだ。
彼らに危害を加えないなら好きなように使ってくれていい。
彼らを守るためとはいえ悪かったな」
アティータと呼ばれた男性は深々と頭を下げた。
ルハルクは納得したのか、口角を上げて満足そうに笑った。
そんな彼を見て三人は胸を撫で下ろしたのだった。