33 異色の組み合わせ
やっと次話でライブに入ります。
かなり前置きが長すぎましたね。
「ごめんなさいっ!ジャストに着いたらいいかと思って…」
「すみません、副社長が時間に律儀な人だって忘れてました。
随分長いこと待っていただいたんでしょう?」
息を荒くしてやってきたのはエアリと梨星。
エアリは珍しく着物を着ていない。
メタリックのパープルが眩しいポンチョ。
クラッシュ加工を施したブラックのショートパンツ。破れた部分からは白と黒のストライプが覗いている。
エナメル素材に蝶を描くようにスタッズが配置された、黒のバレーシューズ。
跳ね上げた黒のアイラインに黒のアイシャドウが大人の色香を醸し出している。
梨星は黒のダッフルコート。
白と黒のストライプ柄のネイビーのジーンズ。
薔薇柄の白いレースで甘く味付けされた、ダークブラウンのウエスタンブーツ。
エアリの華やかなメイクとは対照的に、ヌーディーでナチュラルである。
天使のように白い肌の上に映える、ピンクのチークとピンクが混じったブラウンのアイシャドウ。
少女と女性の間にいる、そんなイメージだ。
「いい女は男を待たせるものだ。
…とはいっても約束した時間だけでいうなら、それほどは待っていない。
俺たちが時間よりも早く来たのが、悪いんだからな。さ、行くとしようか」
ルハルクはさらりと言うと、丁度タイミングよくやってきたバスに乗り込んだ。
ルハルクはなんてスマートな男なんだろう。
女性から見てもそう映るだろうが、男から見ても相当スマートである。
背は高くすらりと伸び、背筋はぴんと張っている。
体にフィットした服を着ると様になる、適度に筋肉の付いた体。
そして自信に満ちあふれた態度や言動、行動。
その姿こそ大人という言葉が相応しい、とシェリハは思う。
それは彼を苦しめる材料になってしまうだろうけれど。
シェリハ達もルハルクに続いて、バスに乗り込んだ。
車内は空席もなく、立っている乗客が目立つ。
シェリハ達もその一人なのだが、背が高いこととエアリが派手な色の服を着ていることでかなり悪目立ちしている。
梨星はよく言えば日本人らしい、平面的な薄い印象の顔の持ち主なので、彼女を除いた三人が目立っていると言っても過言ではない。
特にエアリは化粧をしている為、深い彫りが更に強調されている。
「人いっぱいだね。みんな何処に行くのかな?」
「そうね、私の考えが外れていなければ目的地は同じはずよ」
梨星の問いに優しく答えたエアリはちらりと乗客を見る。
エアリに勝るとも劣らない、奇抜な衣装に身を包んだ若者で溢れている。
中には地味な格好の者もいるが、数としては少ない方だろう。
その奇抜な衣装を私服と称するには斬新過ぎるデザインである。
衣服というよりかは衣装という言葉がよく似合う。
諄すぎるほどティアードを重ねたレースとフリルでデコレーションされた、ワンピース。
裾からレースがはみ出した、背中にリアルな髑髏が描かれた真っ赤なロングコート。
メイクや髪型も人数の分だけ様々だ。
シェリハからすれば人前でそんな派手な格好をすることなど狂気の沙汰である。
父親に似たおかげで暗い色の服に身を包んでも目立つというのに、何故わざわざ自ら目立つ格好をするのか理解に苦しむところだ。
いや、理解したくないだけだ。
それは彼が目立ちたくないという地味な性格が影響しているのだろう。
「じゃあみんなお客さんなの?」
「そうだと思うわよ。乗客にしちゃみんな派手でしょ?
人のこと言えないけど」
苦笑しながらエアリが言った。
エアリと梨星が談笑している間に目的地へと辿り着いたらしく、乗客が次々に降りていく。
皆向かう先は同じ建物だ。
その建物はごく普通の多目的アリーナだ。
ライブハウスではないところが彼らのバンドが、如何に大きな存在であるかを痛感させられる。
中に入ると空気が一変していた。
照明は辛うじて足元が見えるくらいの明るさだ。
色は紫のグラデーションで統一されており、妖しい雰囲気を醸し出している。
「席に着く前に先ずは荷物だな。
荷物は少ないようだし、全部一緒にまとめようか。
上着も必要ないだろう」
そう言いながら全員の不要な荷物を回収したルハルクは、ロッカーを探しに一人でその場を抜け出した。
涼しい顔をしているから表情でわからないが、楽しむ気満々である。
副社長の肩書きを持つ男とて、ここではただの一般人なのだ。会社の副社長ではなく、ただの成人男子に過ぎない。
仕事のストレスから解放され、今はこの空間で楽しいひとときを過ごしたい。
社会人であるシェリハやエアリは勿論のこと、学生である梨星もそう思っている筈だ。
デザイナーであるシェリハやエアリはこうして観客として、自身が企画に参加したライブを楽しむことはあまりない。
そもそも機会が殆どないのだから当然だ。
機会はあってもスケジュールが合わなかったりで、いつも見ることなく終わってしまう。
だが今回はタイミングよく休みが合ったので、足を運ぶことができた。
そしてシアンの厚意で今日はここに来ることができたのだ。
いくら企画に参加したとはいえ、主役であるアーティストに比べれば部外者同然であるのは言うまでもない。
そんな部外者に自らチケットを手配するなどという行為はまず有り得ないのだ。今回のようなケースは奇跡的だと言ってもいいくらいだ。
「私こんなところに来るなんてすごい久し振りだよ」
「やっぱり学校忙しいんだなあ。
大学なら休みが多いんだろうけど、専門学校は課題やら制作やらで休みないもんなあ…」
梨星の言葉にシェリハは自身が専門学校に通っていた時を思い出していた。
好きで専門学校選んだのに、学校生活と呼ぶにはあまりに相応しくない日々だった。
クリエイターとして活躍する教師による厳しい授業。
限界を定めない無茶ともいえる課題。
頭の中で思い描いたデザインが思い通りに表現できなかった日は、女々しくも子供のように独り泣き続けた。
そんな苦い思い出は今となっては良い経験だったと思えるようになった。
きっと梨星もそんなことを経験してきたのだろう。
梨星に対して明るく無邪気な少女という印象を持っているのだが、実際はきっと明るく無邪気なだけではない筈だ。
強い意志を持ち続け、目標のために努力を怠ることなく邁進することができなければ、学校の中とはいえ生きてはいけないからだ。
そうでなければクリエイターとしてはやっていけないだろう。
だからこそこんな日くらいは学校のことを忘れて楽しんでほしい。
今のシェリハにはそれが彼女にできる精一杯のことだからだ。
「待たせたな。開演までまだ時間があるが、席に座ろうか」
話をしている間に戻ってきたルハルクが微笑みを浮かべながら言う。
シェリハ達はチケットの番号を見、静かに席に着いた。