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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
31/63

31 楽宴の体温

今回で忘年会?は終了です。

次回はライブ編を考えています。

趣味に走って申し訳ありません(笑)が、お付き合い頂ければ嬉しいです。

薔薇の形になるよう配置された彩り豊かなサラダ。

ケーキのように何段にも重ねられ、一度にたくさんの食材を楽しめるドリア。

チーズフォンデュ用に切り抜かれた、サンタクロース・トナカイ・クリスマスツリー・ハート・星の形をした温野菜。

和食に洋食、中華料理となんでもござれだ。


「チョコフォンデュは〜?」

「食事が終わってからな。

まだいっぱい残ってるだろう?」


早くデザートが食べたいのだろうか、頬を膨らませるチェルニに優しく諭すようにレオニキールが言う。

遅れてやってきたシアンは肉じゃがや鯖の味噌煮といった和食ばかりつまみ、アルコールではなくソフトドリンクを流し込むように大量に飲んでいる。

ため息を二つ三つ吐き出すと、閉ざしていた口を開いた。


「こうして集まって食べるのもいいよなあ。

ところで…どこでこんな可愛い子を見つけてきたんだ?」

「エアリの勧めで専門学校に行ったら、偶然目に止まる作品があって彼女がいたんだ。

そうだよな?」


シェリハに話を振られて梨星は無言で頷く。

無言で頷いたのは食物がまだ口の中に入っている為である。

シアンは興味深そうに梨星を見つめている。

シェリハが発掘し、ドーリーが勧誘したことは風の噂で聞いている。

社長自ら勧誘したということはそれなりの個性を持った人物だということだ。

そんな彼女にシアンが興味を抱くのは極めて自然なことだ。


「てことはグラフィックデザイン?

それともイラストレーション?」

「イラストの方なんです。

絵本とか、テイストは子供向けだと思います」


シアンに聞かれて梨星が答える。

自分のことを聞かれたから答えたのに、彼は自分のことを言おうとしない。

興味を持ってくれるのは嬉しいけれど、やはり彼がどんな人間であるのか気になって仕方ない。

得体の知れない人間がいれば知りたいと思うのが自然である。

だがなかなか自分から言い出せず、会話に困った梨星は食事を始めた。


「ああ、紹介が遅れたな。初野ういのシアン。元々はエブミアンテ社の人間って事になるけど、今はフリーで楽器弾いたり、アーティストの手伝いしたり色々やってるよ。

…あ、俺に敬語は使わなくていいから。

なんか苦手なんだよな、敬語使われるの。

それが嫌でも後輩にも一切使わせてないから、もっと楽に友達みたいに接してくれると嬉しいんだけど」


きょとんと見つめる梨星にシアンはにっこりと笑う。

するとチェルニがシアンの傍にやってきて、遠慮なくシアンの膝を椅子代わりにして座り込む。

酔ったサラリーマンのようにテンションが高く、ボディタッチならぬフェイスタッチをしてくる。

小さな手の平がシアンの顔を滑り、質感を確かめるように何度も触れてくる。

男性にしては平面的で触り心地が良く、至近距離で見なければ髭の剃り跡さえも確認できないほどの美しい肌だ。

その美しい肌を愛でながら、チェルニは恍惚の表情を浮かべている。


「いつもすべすべだねえ。

真っ白だし女の子みたい。

シアンって本当に男の人なのかなあ?」

「ありがとう。見ての通り正真正銘男の人だよ。

でもご飯が食べられないから、席に戻ろうな」


シアンはチェルニの誉め言葉を肯定しつつ、できるだけ優しく席に戻るよう促す。

だがチェルニが素直に戻るわけがなく、シアンの首に腕を回してしがみついた。


「やだぁ!シアンはね、体にきれいな絵があるんだよ。

前は芍薬だったんけど、今度は般若とか不動明王はどうかなあ?」


とても十に満たない少女の発言とは思えない言葉に、社員達は絶句している。

その時ちょうどいいタイミングでウェイトレスが、ちょっとした軽食やデザートを運んできた。

南瓜を練りこんだ生地に鳴門金時をふんだんに使用したスイートポテトパイ。

雪だるまがちょこんと乗った、ホワイトチョコレートでコーティングされたケーキ。

星・ハート・サンタクロース・トナカイの形をしたココアクッキー。

次々と現れる甘い誘惑に目を奪われたチェルニは、素早く自分の席に戻り食事を始めた。


「シアンはお酒飲まないの?」


社員達はチューハイやらビールやらを飲んでいるが、シアンだけが梨星やチェルニと同じくソフトドリンクを飲んでいる。

彼曰くレコーディングやライブの前は一切飲まないというルールを決め、実行しているらしい。

酒を一度飲んでしまうと止まらなくなり、酔っ払っては誰にでも絡んでしまうという無意識の悪い癖があるというのだ。

飲まない理由はそれだけではない。

翌朝の体調や喉の調子に障るからだ。

そして人前で演奏をするという仕事をしている手前、太らないよう体重にはひどく気を遣っているようだ。

だが一人暮らしなので食生活に関してだけは最悪の環境を自ら作ってしまっている、と彼は言う。


「でもシアンは楽器を弾く人で、歌ったりはしないんでしょ?

だったら少しぐらいいいと思うけど」

「飲んだら止まらなくなるから。

無茶すると体はだるいしがらがら声になるしで大変なことになるんだ。

毎日がそんな状態だったら仕事にならないしなあ…」


シアンはため息を吐きながら、オレンジジュースを飲んでいる。

いい大人が宴会の席でひたすらジュースを飲むなど、かなり珍しい光景である。その時シェリハはドーリーやルハルクにお酌をする合間に、チーズフォンデュをたっぷりつけたポテトフライをつまんでいる。


「あ、そうだ。シェリハ明日来てくれるんだろ?」


突然シアンに声を掛けられてシェリハは手を止めた。

敬語を使うなと言われているので普通に話しているが、彼は年齢もキャリアも自分より数が上の先輩である。

企画には積極的に参加するものの絵を描けないシアンがまだエブミアンテ社にいた頃、独創的なアイデアを持つグラフィックデザイナーと噂されていたシェリハに目を付けたのが事の始まりだ。

創るものは違えどクリエイターに変わりはないので、両者は仕事を通じて刺激し合った。

シェリハはライブの販促では定番になっているTシャツ・タオル・ステッカー・ポスター・パンフレットなどのデザインを担当した。

それ以外にもライブのテーマやコンセプトに沿ったセットの提案などもおこなっている。


「ああ、もちろん」

「何から何まで世話してもらって、本当いつも助かってるよ。

ペアチケットだから誰か連れてこいよ」


そう言われてチケットを受け取るものの、誘えるような人がいるわけもない。

シェリハが戸惑っていると、シアンが梨星を見てにやりと笑った。

関心がなければ断られるだろうが、若年層の女性ならきっと頷いてくれるに違いない。

無料で行くことに遠慮があるというのなら、理由なんていくらでもある。

卒業祝いや入社祝いはまだ早いけれど、そんなことはどうでもいい。

梨星を誘うことに決めたシアンは行動に出た。


「なあ梨星、明日暇?」

「何で?」

「今聞いてたから知ってると思うけど、明日ライブがあるんだ。

シェリハを誘ったはいいんだけど、もう一人行かないと勿体ないんだ。

二人一組のチケットだから。

音楽聴いたりとか、嫌いじゃないだろ?」


我ながらかなり強引だが、そんなことは気にしていられない。

シアンの提案に梨星は迷っているようだった。

いくらこれからお世話になるであろう人物だったとしても、初対面なのだから遠慮することは自然なことであるといえる。


「気にしなくていいのよ、梨星。

先輩からの入社祝いって事で貰ったらいいんじゃない?

可愛い後輩からお金をとるなんてことはしないわよ。

それにそういう場所に遊びに行くのも、いい勉強になるかもしれないしね」


そう言うのはワインを傾けるドーリーである。

梨星が卒業前ということもあり、作品の制作に力を入れるのもいいかもしれないが、羽を伸ばすことも必要だとドーリーは思った。

普段とは違った環境が新たなアイデアを授けてくれることもあるからだ。


「じゃあ…行ってみようかな?」

「チケットはシェリハに渡しとくから、待ち合わせて一緒に来たらいいよ」


シアンに言われて梨星は照れ笑いをしながら、頬を染めた。

こうしてクリエイターによる晩餐会の幕が閉じたのだった。

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