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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
3/63

3 カラーガール

 エアリにDMを手渡されてから、一週間が経過していた。

 グループ展は夕方までしかやっていないそうなので、仕事帰りに行くのは難しく先延ばしにしてもう土曜日。

 日曜の夕方でグループ展は終わってしまう。

 都合よく土日は休みだ。この機会を逃せばもうないだろう。


(眠いな…)


 そんなことを思いながらも、手の平で頬をぺちぺちと叩いて、熟睡しきった体を叩き起こした。

 カーテンの隙間からこぼれる光が目元に現れる睫毛が作り出した陰をより濃いものにする。

 エアリとは違い、スーツを仕事着にしているからか、ゆったりとした黒のUネックから覗く首筋は露出を嫌う婦人のように白い。

 日本人にはあまり見られない大きな瞳や人形のような睫毛、美しく整った顔立ちはひどく中性的だ。

 それに反して男性を誇張する隆起した喉仏や山脈の如く程よく浮き出た血管、目立ちたがりなラインを描く鎖骨は男性的だ。

 洗面台に立ち、水道の蛇口をひねり、衣服が濡れるのも構わずバシャバシャと顔に水を浴びせる。

 雑に水を拭き取りながらてきぱきと準備を進めていく。

 布団を畳み、パンを囓り、音がないのは寂しいのでテレビをつける。平日のように焦ることなくくつろげる休日…悪くない響きだ。

 外出用の服に着替えようと洋服箪笥を開く。

 形も色も似たり寄ったりなものばかりだ。

 一週間のうちほとんどスーツを着て過ごしている。

 そのためか合わせやすいモノトーンカラーばかりを選んでしまう。

 他には防寒対策にマフラーやジャケットを身に着けるくらいで、目立たないモノトーンカラーばかりだ。

 だから自然と箪笥の中身も地味になってしまう。

 加えて言えば、新調することもほとんどない。

 オフの日にしか着ることがないから今ある分で事足りるし、あったとしてもワンシーズンに何枚か買い足すくらいだ。

 木々や人並みに隠れるような色はまるで自分を表しているかのようだ。

 社会に入れば嫌がおうでも協調性を身につけなければならない。

 独り枠の中に放り出されれば、厳しい視線を送られる。

 でも人に合わせて生きていれば非難を浴びることはない。

 だからモノトーンを身に纏う。

 おかしな話だがこれもひとつの防御術。

 満たされない思いはあるが、身を守る気持ちには勝てない。

 これが大人になり、経験を積み、生まれたての真っ白な視野を狭くするということなのだろうか。

 黒のキーネックカットソーとビンテージブラックのストレートデニムパンツを手に取り、身を守る防具とも言うべき洋服を身に付けた。






 秋の風と、昼寝でもしたくなる太陽の暖かさが心地いい。

 人間に猫可愛がりされているらしい、ふくよかな2匹の猫が気持ち良さそうに肌を寄せ合っている。

 つがいの小鳥たちは色鮮やかな紅葉が咲き誇る枝に止まり、愛を囁き合っている。

 その間に子供が割って入ったりして楽しそうだ。

 紅を纏った並木道を抜けると、例の専門学校に着いた。

 正門からお邪魔して普段は教室と使っている場所、会議室など学校に存在する空間すべてにデザインと名の付くものが展示されていた。

 子供を楽しませる絵本。空間のイメージを崩壊させるインテリア。

 オリジナリティー溢れる絵画。

 なんでもござれだ。

 専門学校の生徒は10代から40代までと幅広い。 だからこそ魚のように脂がのっていて勢いがあり、斬新で新鮮だ。

 学生時代は教師やOB、生徒同士と刺激を受け合っていたが、会社に入るとそれはなくなってしまった。

 得た知識と経験だけで仕事をする、マニュアルの中にある単語しかもたない、ビジネス優先の人間。

 そんな中で楽しみや充実、やり甲斐を見つけることはできない。

 社会人になった今では得られないものがここにはある。

 だから当然顔も緩む。

 すべてのフロアに足を踏み入れ、学生たちの作品の完成度に圧倒されながら現役の自分でさえ持ち合わせていなかったものを思い知らされ、シェリハのは目は点になっていた。

 そろそろ帰るか…と思い、来た道を戻ろうと振り返った瞬間、大きな木製パネルが目に入ってきた。


(全部見たはずだが…あれは見てないな。 あんなのあったか? しかし…)


 その木製パネルは四季のように色鮮やかな色彩が使われていて、濁りが見当たらなかった。

 描かれていたのは雲の上で居眠りをする小さな猫。

 背景には電信柱も建造物も何もない。

 大海のような青の上に綿菓子に似た、ふわふわとした雲。

 無垢な顔をして寝ている猫。

 何の変哲もないシンプルなイラストだったが、一肌のような温かい色使いに見惚れてシェリハは絵に近付いた。

 本来ならば子供向けの絵なのだろう。

 大人になった自分が楽しむものではないが、なぜか幼少の頃から心惹かれて止まないのだ。

 言葉では分からないが、視覚ならば大人も子供にも通じるものがある。

 荒んだ心を癒してくれる至上の癒しだ。


「ねぇお兄さん」


 服の裾をグイと引っ張られ、目線を下にやると自分よりも遥かに小さな少女がいた。

 大きくもなければ小さくもない瞳に日本人独特の団子鼻。

 双肩にかかる黒髪が風に揺れて華やかに艶やかに踊る。

 色白の肌に体のラインをごまかせないピタッとしたパープルのタートルカットソーにグレーのパーカーを羽織っている。

 足が細いのか、黒のスキニーパンツは少し余裕があるようでサイズが大きいようにも見える。

 小柄で折れそうなほど華奢な少女は無邪気な微笑みをこちらに向けた。

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