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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
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29 凸凹な蜂蜜

小さい子供を書くのが本当に楽しくて仕方ありません。

次回は宴会(笑)編です。

新入社員歓迎会行われると連絡が入った。

場所は子供を持つ社員もいるので、安全性を考慮してレストランで行われることになった。

忘年会や新年会というと居酒屋がお決まりの場所だが、居酒屋では子供たちにとってよくないからだ。

社長としてあちこちを飛び回るドーリー自身が年末年始くらいは家族と過ごしたいから、ということで日程は休みに入る前ということになった。

自己のプライベートのためだけではない。

社員には休日くらいは仕事を離れ、家族や恋人と過ごしてほしいというドーリーの細やかな優しさである。

会社の長として活躍するドーリーは、社員であり社長であり一児の母でもある。

一日中世話をすることはできないので、帰るまでは妹に面倒を見てもらっている。

子供はまだ小さく、甘えたい盛りだ。

けれど母を思えばこそ、我儘も言わずおとなしくしている。

だから休みの時くらいは一緒に過ごしてやりたい。

子供が親と体験するような、ごく当たり前のことはできるだけ叶えてやりたいと彼女は考えている。

とにもかくにも一日だけは仕事を忘れ、楽しむことができるのである。

きっと皆着飾ってくるに違いない。

エブミアンテ社の社員の服装に規定はないといっても、他人に不快な思いをさせないためにスーツやジャケットといった一般的な装いが義務付けられている。

エアリのように特定の服装に執着する者は例外だが。

つまり自分が好む服装を楽しめるのは休日だけということになる。

シェリハの場合は私服も仕事用の服も大して差はないように映る。

日頃からモノトーンを好み、特に変化のないコーディネートばかりになってしまう。

色味のあるものを加えるとすれば、ネクタイくらいである。

全身モノトーンのコーディネートは重くなり過ぎるので、一点だけ色物を投入すれば重々しさが少しは軽くなるように思える。

何を着ていこうか、と箪笥から服を取り出して物色しはじめる。

色も形も似たりよったりな服ばかりだ。

シェリハにとって衣服とは着て楽しむための物ではなく、着なければならないから着ているだけである。

購買意欲もそれほどないので、ワンシーズンに数枚買い足す程度だ。

箪笥を漁っていると底から派手なジャケットが出てきた。

赤をベースにしたブロックチェックのジャケットだ。赤身のない白い肌によく映えることだろう。

ジャケットに合わせて次々と無難な服を選んでいく。

黒のネルシャツ。

裏地フリースのスキニーパンツ。

色はライトベージュ。

そして防寒対策に黒のトレンチコート。

普段のシェリハの格好を知る者からみれば派手に映るだろう。

だが今日は普通の平日ではないのだから、たまにはそんな装いもいいだろう。

シェリハは風を通さない完全武装で家を出た。




イルミネーションが徐々に暗くなる空間に華を添えている。

プレゼントを片手に家路へと急ぐ人、レストランで細やかな贅沢を楽しむカップルなど様々だ。

暗いニュースに落ち込む景気と明るいことは少ないが、皆とても幸せそうな笑みを浮かべている。

なにも豪華なものなど必要ない。

豪華とは言えなくても温かい笑顔があればそれでいい。

大通りを歩きながら通り過ぎる人々を見ていると、そんな気持ちになってくる。

ほんの少し惚けていた間に冬の街とはかけ離れたものが立っていた。

お好み焼きの大きさの煎餅で顔を隠した子供が立っていた。

膝丈まであるアイボリーのダッフルコート。

コートから覗くパステルピンクのニットスカート。

服から覗く手足は華奢ながらも子供らしくふっくらとしている。

冬だからだろうか、服から覗く肌がとても白い。

日本人のような黄味のある肌ではないので、ひょっとすると外国人なのかもしれない。

ばりばりばりっ、と音を立てて子供は煎餅を少しずつかじっていく。

煎餅の面積が少なくなり、子供の姿が晒される。

少し下がり気味の細い眉。宝石のように大きく、濁りのない目。

寝癖がついて色んな方向に向いている睫毛はとても長い。

肩にかかる長さのウェーブがかかった髪は細く、眉や目や睫毛と同じキャラメルのようなブラウンだ。

彼女はシェリハの先輩であるレオニキーラの愛娘・チェルニだ。

おませだが利口で素直と評判がよい。


「シェリハ〜っ!」


シェリハを見つけるや否や、空気を切り裂くような大きな声で叫ぶとシェリハに向かって全速力で走り、いきなり抱きついてきた。

そしてシェリハの衣服をぎゅっと掴む。

思い切りシェリハの衣服を掴んだ両手には、先ほど食べたばかりの煎餅の油分がたっぷりとついている。

チェルニはそんなことなどまったく気にしていないだろう。

気にしていたらもっと控えめの挨拶をしているはずだ。

だが体を離すわけにもいかず、仁王立ちしていると突然チェルニの体が離れた。


「シェリハと交流を深めてるだけなのに…お父さんひどい」


チェルニに父と呼ばれた青年・レオニキーラが彼女を抱き上げたことで、シェリハは解放されたのだ。

彼はチェルニの体を降ろしてやり、シェリハの服を汚した罰として軽く頬をつねった。

ダークブラウンの短髪に同色の双眸。

トレンチコート、コーデュロイのストレートパンツ・エンジニアブーツと黒で統一されている。

背丈は高いとはいえないが、姿勢が良くすらりとした細身の体系なのでタイトな服が似合う。

いかにも優しそうな印象を与える目は、ほんの少し似ているかもしれない。

第三者から見ればきっと親子には見えないだろう。

親と感じさせない彼の見た目の若さからいって、年の離れた兄妹と認識されるに違いない。

彼の年齢で子供がいるのはおかしいことではない。

むしろ自然なことである。

問題はレオニキーラとチェルニの年齢差だ。

エブミアンテ社に入社して同期だったリルーナと二十代のうちに結婚し、チェルニが生まれた。

結婚してからリルーナの浮気が発覚し離婚を考えていたが、チェルニがまた小さかったため踏みとどまっていた。

しかしチェルニのことを考えればこのままではよくないと、とうとう離婚を決意し今に至る。


「そのまま抱きついたら服が汚れるだろう?

シェリハ、汚して悪かったな」

「いやべたべたするやつじゃないから気にしないでくれ。

納豆とかだったら困るけど」


シェリハは苦笑しながら言った。

粘り気のあるもので汚されてしまったら、洗う気も失せてしまう。

それだけはチェルニに感謝しなければいけない。

チェルニはレオニキーラの隣で満面の笑みを浮かべている。

母と別れた幼い少女とは思えないほど明るく、無垢で無邪気だ。

幼いながらも無意識に父に心配を掛けまいとしているのだろう。


「ねぇねぇ、寒いから行こう?」


レオニキーラの裾を引っ張りながら、チェルニが白い息を吐きながら言った。

一人だけ元気にスキップしながら歩いていくチェルニを見つめながら、新入社員歓迎会が行われるレストランへと向かった。

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