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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
28/63

28 年はとっても未開の心

阿柴とシェリハの恋愛トークがようやく終わりました。

書き始めの頃は季節外れでしたが、もう十二月なのでちょうどいいかなと思っています(開き直り)。

次回は忘年会を予定していますが、遅筆な私のことなのでペースはどうなるかわかりません。

自分の経験上、こんなことは未だかつてない。

付き合いの長さだけでいうなら、情に揺れるのは絵舞に対してだろう。

けれど仕事もプライベートもよく知る絵舞よりも、年内に知り合ったばかりの梨星に惹かれている。

恋なのか愛なのか今の時点では把握しきれていない。

まるで子供のようだ。

「わかってます。でも別れたばっかりなのに気になる子がいるなんて…自分でも訳分かりませんよ」

さらりと告白した後、逃げ場所を求めるようにサンドイッチを食し、ホットココアを流し込むように飲み干した。

溜め息をひとつだけついて、阿柴を見つめる。

阿柴はうっすらと笑みを浮かべていた。

そんな彼を見ているとからかわれているような気分になり、シェリハは恥ずかしくなって俯いた。

「長い間一緒にいると分からなくなるよな。

友人として好きなのか、異性として好きなのか…空気みたいになったら選択肢はふたつしかないな。

でもシェリハの場合は少し違う気がするな」

「…というと?」

阿柴の静かな言葉に釘付けになるシェリハ。

阿柴は彼を焦らすように、ナイフで食べやすい大きさに切ったホットケーキを口に運ぶ。

それは非常に馴染みにくい光景だ。

甘い物を食すなというわけではないが、あまりにも彼の印象と合っていない。

「学生の頃は友人だけじゃ少し物足りない、誰か側にいて欲しくて本当に好きってわけでもないのに、付き合った覚えないか?」

「ないことはありませんね」

シェリハは阿柴の問いに迷うことなく即答した。

成長するにつれて友人が男女の付き合いを覚えるようになり、シェリハもそれに便乗するかのように交際を覚えた。

だが求めるものがあまりに違いすぎたのか、青い恋は長くは続かなかった。

女性達は目に見える平安を、シェリハは目に見えない精神的な支えを。

女性の扱いが分からなかったシェリハは静かに去ることしかできなかった。

絵舞との恋は学生の時にしていた恋に似ている、と阿柴は言いたいのだろうか。

「シェリハはデザイナーという共通点を通じて、彼女と仲良くなった。

お互い好きになって恋人関係になった。

なってからが問題だ。

仕事に恋が絡んだら…自分が考えていたものとは違っていた。

違うか?」

「肯定も否定もできませんが、それはあるかもしれません」

可愛らしくも憎らしい未熟だった恋。

別れたとはいっても元は恋人であった女性。

似合いの男性と幸せになって欲しい、と心から願っている。

幸せにする両腕は自分の腕ではないけれど。

今は失敗した恋を乗り越えて歩き出そうとしている。

出会ったばかりで彼女のことは知らないことの方が多い。

それはそれでいいのだ。これから時間を掛けて知っていけばいいのだから。

「でも“気になる子”は違うんだな?

さては………新入社員か」

なぜわかったんだろう、とシェリハは恥ずかしさで顔が熱くなった。

阿柴は微笑みを浮かべながらミルクティーを飲み干した。

微笑みというよりかはにやけているように見えた。

シェリハは間断なく浮き名を流すタイプではない。

一人の女性と付き合えば長く付き合い、別れがくるとすればいつも相手の側から切り出されることが多く、振るより振られることの方が多かった。

そんな彼が久方振りに訪れた恋に揺れているのがそんなに嬉しかったのだろうか。

「まあ…」

「社長が雇ったんだからどこか人と違う人物なんだろうな」

どこか人と違うといえばそうかもしれない。

でなければこんなに引き付けられることはないだろう。

画家と絵本作家の親を持っている時点で異質であるといえる。

彼女を育てたのは環境だけではない。

環境に甘んじることなく重ねてきた努力が彼女を育てたに違いない。

すべては彼女がエブミアンテ社で働くようになれば、見極められることだろう。

エブミアンテ社は彼女のおかげで賑やかになるのは間違いないが、新しき風邪を吹き込む兵器となる梨星だけに期待してはならない。

社員一人一人が切磋琢磨し、成長のために歩まなければ意味がない。

クリエイターは一人であり、一人ではないからだ。

お互いが食事を終えて、時刻は夜になりかけていた。

早く阿柴を家族の元に返さなければと思い、シェリハは彼に目配せをした。

できれば夜ご飯を一緒に食べたかったが、妻子のことを考えれば気軽には誘えない。

今日はこの辺で引き下がろう。

また仕事の一件で近いうちに会うことになるのだから。

「さて、楽しんだことだしそろそろ行くか?」

「そうですね。サンプル楽しみにしてますから」

シェリハはにっこりと笑い、軽くプレッシャーをかける。

かければかけるほど阿柴は完璧を目指す。

相手の希望に応えたいという思いと、常に良い物を生み出したいという欲望が彼を燃えさせるのだ。

サンプル品を作る段階に至ったといっても完成ではない。

そこからまたアイデアを出し合い、完成に近付けてゆく。

物作りにおいてデザイナーはあくまでもデザインをすることしかできない。

物を生産するという作業はできたとしても、プロに劣るクォリティーでしか作ることができない。

だから直接生産を行っている工場に依頼して作ってもらうのだ。

デザイナーにはこだわりがあるから妥協することができない。

工場側はまず予算のことを考えるため、オーバーしない範囲内で物を作る。

双方の譲歩で成立する話なのだが、物作りを仕事にしている者は皆頑固である。

故に易々と譲り合うことはない。

すべては根気と時間にかかっている、といってもいいくらいだ。

消費する時間は瞬く間という短い時で終わるのに、生産するのに要する時間は海のように深く長く険しいものだ。

それでも彼らは仕事から足を洗うことができない。

新しい物を自ら生み出す喜び。

クライアントの希望に応えられた喜び。

構想していたものをイメージ通り作ることができた喜び。

そういった喜びが彼らをつき動かしているのだ。

「後は交渉次第だな。

作る側からすればこちら側の提案は無茶苦茶以外の何物でもないだろうし。

じゃあサンプルが出来次第、連絡するから待っててくれ。

シェリハ、自分の腕と心に自信持っていいんだ。

恥じる物なんて何ひとつない。

褒めるなんて柄じゃないが、いい物持ってるんだからな」

「はい」

シェリハは噛み締めたかのように短い言葉で対話を切った。

これで今年最後の仕事は幕を下ろした。


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