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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
26/63

26 淡色なる展開

パルポルピーサーの打ち合わせは終了です。

企画やらデザインが入ると、話が行き詰まって仕方ありません。

大好きな作業なので仕方ないことなのですが。

シェリハは仕方なく自分のスケッチブックを手渡した。

花をモチーフにした、哺乳瓶の吸い口を清潔に保つ為の蓋。

デザインはマーガレット・パンジー・シオンの三種類。

できるだけ丸いフォルムで幼児が触れても怪我をしないようにと配慮している。

幼児なら誰もが一度は世話になるであろう絵本。ひとつは食品だけを使用した賞味期限があり、食べれるという新鮮なもの。

もうひとつは布だけを使用した絵本。

最先端の技術は使わず、すべて手作業で行う。

質感の違う布を切り貼りし、文字は様々な色の糸で縫う。

視覚・触覚で温度を感じることを目的としている。

「なるほどな。洗うとはいっても確かに不衛生だし、これなら哺乳瓶だけじゃなくカップやペットボトルってのもいいかもな」

「本当ですか!?」

賞賛の言葉に目を輝かせるシェリハ。

途端に阿柴の表情が厳しくなり、溜め息をつく。阿柴曰く食べる絵本というのがあまりよくないようだ。

第一に食品だけで作らなくてはいけないので、コストがかかりすぎる。

コストが上がれば値段を上げなければいけない。

大量生産を予定していないから、安価にならないことは既に決まっている。

ということは高値になってしまうということだ。

「食べる絵本が悪いんじゃなく、食べる為だけの絵本とするならそれが問題なんだ。

例えばこの、布の絵本のような」

「つまりは目的が必要ということですね?」

シェリハが尋ねると阿柴は静かに頷いた。

出来合いのものを食べるだけでは、確かに意味がない。

用意されたものをさも当たり前のように食べる。それでは食の大切さはきっと理解できない。

ならば一緒に作るのはどうだろうか。

完成品ではなく、完成前のキットとして発売するのだ。

母もしくは父、兄弟・姉妹・従兄弟・友人同士でも構わない。

だがブランドのコンセプト上、できれば身内間であった方が望ましい。

親子の交流を深める為の共同作業としては、料理することは地味な作業に見えるが、食べることの大切さや大変さを知るいいきっかけとなることだろう。

食の有り難さや大切さを学ぶという大義を抱えるなら、この商品はきっと発売することができるはずだ、とシェリハは確信した。

「阿柴さん、キットにするのはどうでしょう?

完成品ではなく、いちから作るんです」

「それなら価値がありそうだな。

ならキットにしよう。

絵本なんだからストーリーは考えてあるんだろうな?」

阿柴の問いに勿論です、と自信満々に答える。

ひとつは姫が様々な姿に変身する冒険もの。

もうひとつは逞しい姫とどこか頼りない王子のラブストーリー。

漠然とした内容で阿柴がOKサインを出してくれるはずもなく、詳細を述べるよう要求してきた。

だがシェリハは深く考えていなかったため、言葉を詰まらせてしまった。

「小さな姫君が魔法をかけられて、魔法を解くために旅をするんです。

自然物を多く使いたいと思います。

虫や動物、花とか…」

「なるほどな。百歩譲ってそれは認めよう。

だがそのラブストーリーはリアリティがあってよくないな」

シェリハの提案に阿柴はさらりと答える。

彼の意見はこうだ。

絵本は子供のための本である。

いくらブランドのターゲットが親子であるといっても、主役はあくまでも子供でなければいけない。

絵本とは子供たちの想像力を養うためのもの。

物語はファンタジーに溢れ、現実的なものであってはならない。

それを考えると現代の男女を彷彿とさせるような、恋愛物語は許可はできないというのだ。

「もちろん設定は表向きのものですよ。

最終的にはオーソドックスな姫と王子にします。

ラブストーリーといっても好きか嫌いか、それくらいなら身に覚えがある感情でしょう」

子供の感情はまだ幼く、細かく区分けされていない。

友に対する好きと親に対する好きの区別など、きっとまだできてないだろう。

感情は生まれたばかりなのだから、それで当たり前なのだ。

シンプルな感情を持つ子供が内容を分かってくれさえすればそれでいい、とシェリハは考えている。

愛情を分類するのはまだ早すぎる。

分類するのは実際に恋をしてからでも遅くはないだろう。

だからテーマやコンセプトに装飾など必要ない。ひとつだけ明確な物があればそれでいい。

「あ、エプロン欲しいですね。

フリルやレースばかりじゃなくて、男でも使えるようなあっさりしたやつです」

「突然どうした?

気になるから全部聞かせてもらおうか」

突然の思い付きを言葉にするシェリハを見、阿柴はほくそ笑んだ。

そんな彼に気付くこともなく、シェリハは意識を集中させてペンを走らせる。

エプロンの色は三種類用意する。

男性用はパステルブルー。

女性用はパステルピンク。

子供用はネイビー。

男性でも使いやすく、ということでフリルやレースは一切使用しない。

エプロンといっても甘い要素は一切排除する。

柄はあっさりとしたストライプ。

安全性を考慮してボタンで着脱できるようになっている。

フロントはシャツの襟とネクタイが付いたリアルなプリントが施されたエプロンだが、バックはジャケットそのままのデザインとなっている。

「エプロンって甘すぎて男性は着られないでしょう?

コスプレみたいなエプロンは嫌ですし、シンプルにすれば兼用できるデザインになるかなと思ったんです」

「シンプルでいて個性的だな。

色も柄もあっさりしてて、うるさくない。

シェリハのアイデアは思い付きなのか考え抜いたものなのか区別がつかないな」

そんなことはありませんよ、と謙遜するシェリハ。

阿柴の褒め言葉は真実であり、嘘ではない。

彼は好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとしか言えない男なのだ。

おべんちゃらなど以ての外である。

クライアントはともかく、同志であるデザイナーには手厳しいと有名なほどだ。

そんな彼の言葉にどんな意味があるのか、シェリハは理解していないだろう。

エブミアンテ社に留まっているのは卒業するに値しないからだと、自分を卑下してしまっているからだ。

クライアントに対応できる企画とデザインは優れている部類に入ると言えるのだから、もう少し自信を持って欲しいものである。

これでようやく一通り打ち合わせは終えた。

残るは工場との話し合いだけだ。

「仕事は終わったことだし、休憩にしようか」

阿柴の一言でシェリハの肩の力が抜けていく。

阿柴の表情が仕事用から普段用に切り換えられたからかもしれない、とシェリハは思った。


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