25 パルポラピーサー誕生の時
この回は一番私が大好きな作業・企画が初めて出てきました。
本来ならばベビー専門のブランドをリサーチしたりすべきですが、今回は全くしませんでした。
自分の中でこんなのがあればいいな、という希望は入れましたが。
これからは度々こんな話が出て来ると思います。
指定されたホテルは都心から少し離れた、雪の帽子を被った木々に囲まれた所にあった。
一見何の変哲もないビジネスホテルだが、ロビーに入ると現れたのは和の空間だった。
リアルな畳の絵が描かれた床。
まるで本物の障子を再現したかのような壁紙。
ホテルという洋の空間というよりかは、雰囲気だけなら旅館という和の空間の方が近いだろう。
従業員も和の雰囲気が漂う着物を身に纏っている。
だが帯にアーガイル・ドット・チェック柄などがあしらわれていて、単なる和のイメージで終わらせていない。
従業員がシェリハに気付き、にっこりと笑い一礼をする。
ポニーテールにした黒髪。
紺色をベースにした、菊が描かれた着物。
華々しい印象はないが、素朴ながらの良さがあり好印象を与えている。
「シェリハ・マルフリーフェ様ですね?
阿柴様ならカフェの方にいらっしゃいますよ。
貸切となっておりますので、ゆっくりなさって下さいね。
…こちらです、どうぞ」
従業員に案内され、階段を下りてすぐの所に広々としたカフェがあった。
従業員は一礼すると、静かに音を立てず去っていった。
使い込んだ年数が分かるような、少し黄ばんだ襖の絵が入った壁紙。
所々に小さな花の絵が鏤められている。
テーブルや椅子は切り株を使って作られており、形や長さが不揃いで歪みがあるが、ハンドメイドならではの味を感じる。
中央の椅子に一人の男が両手を組んで座っている。
闇を想像させる黒い髪。
黒いスーツに白のカッターシャツ。
ネクタイは黒い生地に紺と白のストライプ。
厳しい瞳をサングラスで隠しているが、それが却って印象を冷たくさせている。
シェリハの存在に気付くとサングラスを外し、目尻に皺を寄せた。
「足を運ばせて悪かったな、シェリハ。
社内でもよかったんだが、新人が入るとかどうとかで騒がしくなるようだったからな。
落ち着かない場所で仕事するわけにもいかないだろう?」
十中八九梨星の事である。
エブミアンテ社を卒業したとはいえ、元はエブミアンテの社員だ。
会社にとっては社員が入社することは非常に喜ばしいことだ。
そんな中で仕事の話をして、和やかな空気を壊したくない、という阿柴の心遣いなのだろう。
確かにあの雰囲気の中での仕事は仕事にならなそうだ。
「さて、気を取り直していくか。
言い出しっぺは俺だからな。
俺から見せよう」
そう言って机の上に一冊のスケッチブックを広げた。
野菜や果物の形をした容器。
色はパステルカラーを用い、子供が怪我をしないようにできるだけ丸みをもたせている。
外見はレイヤードのオールインワンだが、涎掛けが付いたカットソーを重ね着したようなオールインワン。
涎かけにはボタンと丸襟のリアルなプリントが入っており、外見だけでは涎掛けには見えない。
色はネイビー・ブラック・ホワイトの展開になっているので、男女問わず着られそうだ。
「いいですね、これ。ディテールは?」
「七分丈のニット。パンツはかぼちゃパンツかサルエルパンツだな。
どっちがよりいいと思う?」
そう尋ねる阿柴の瞳の輝きはまるで子供のもののようだった。
プライベートなどお構いなしの仕事人間が見せる、素の顔。
より良い物を作り出す為には一切の妥協も許してはならない。
そしてこの作業に果てという物は存在しないのだ。
同じ工程の中に同じケースがないからこそ、飽きがなく魅せられる。
それはすべての物作りに携わる者の共通点ともいえるだろう。
「男児と女児で二種類にしたらどうでしょう?
どちらにしてもゆとりのもたせすぎはよくないと思います」
そう言うとシェリハはボールペンと自身のスケッチブックを取り出し、さらさらと描きだしてゆく。
シェリハの考えはこうだ。
阿柴の考えるデザインは無地でシンプル。
だとするならば形に拘りをもたせればいい。
女児用は肩から肘まで丸みのあるパフスリーブにする。
そこから下は男児用と共通の、腕にフィットしつつも少しゆとりを持たせる。
女児用はかぼちゃパンツ。
男児用はサルエルパンツ。
どちらもゆとりがあり過ぎると太っているように見えそうなので、ほどよくフィットするということだけは譲れない。
そして腰穿きは厳禁である。
胸元か裾部分にはブランドロゴのプリントかワッペンを施す。
「確かにそれもありだな。
だが肝心のロゴなんだが…」
「そういえば見当たりませんね。
じゃあロゴも考えましょうか」
二人はペンを取り、暫くの間沈黙となる。
シンプルで装飾を控えた、あっさりしたものがいい。
その点は二人の考えは一緒だった。
ブランド名から想像できるものはアクティブなイメージ。
ネガティブを連想させる要素は入れられない。
シェリハはアルファベットのPをシルエットにして、カラーは青と白のマーブルでまとめてみた。
ブランド名は白抜きにして、シルエットに合わせて入っている。
阿柴は生い茂る草木をシルエットにし、Pの形にトリミングしてみた。
カラーは黄緑か緑。
シェリハのようにブランド名をすべて入れたりという作業は除いている。
「ロゴについてはサンプルを作ってから決めようか?
紙と布ではイメージも違ってくるだろうし」
「そうですね。ではサンプルができてからという事にしましょうか」
さくさくと順調に話が進んでいた。
すると阿柴が催促するように、手の平をシェリハの前に出した。
「じゃあ次はシェリハのを見せてもらおうか」
阿柴の目がスポットライトを浴びたかのように光り輝いた。
期待していると言わんばかりのそれが、シェリハにプレッシャーをかけた。