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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
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2 灰色夢人

シェリハ少年が大人になり、入社数年後のお話です。

 あれから少年は大人になり、真っ白な雪から雨が降り出す前のグレー色の雲に姿を変えた。

 自分では若いつもりではいるが、三十路前。

 世間一般の基準では若者ではない。

 大人になる間の時間の中で様々な経験をしてきた。

 楽しい事もあれば、辛い事も。

 望んだ職業に就き、入社も叶った。

 その点は夢が叶ったと言えるだろう。

 しかしどこかやりきれない。

 本来は自分をプロデュースしたいのに、企画とデザインがマッチせず、他人に提供してばかりだ。

 幼い頃SEINAに言われた言葉。

 今では少し薄れてきているような気がする。

 夢を見るだけではどうにもならないこともある。

 実際それを感じたのは最近になってからだ。

 恋人で同僚だった絵舞えむはセクシー路線のカジュアルブランドを展開、瞬く間に女性の支持を得、店舗を構えるまでになった。

 それまでは身近な存在だったのに、雲の上の存在になってしまった。

 そんな彼女の隣にいるのが辛くなって、自分から手放した。

 彼女に非があったわけじゃない。

 仕事は完璧にこなすし、手足は長く日本人離れした端正な顔立ち。

 さばさばしていて媚びることなく、好印象を与えていた。

 ただひとつ不満があったとするならば、ああも強気でさばさばしている女性が恋ひとつでああも弱々しく、意志が無くなってしまうこと。

 失望を覚えるとともに、成功した彼女が悔しかった。

 結局のところは支えが欲しかったんだろうなあ…とは関係に終止符を打った時、初めて気が付いた。

 それからは目標を見失っている。

 ある日、そんなことをほぼ同時期に入社した友人・エアリにぽそりと漏らしたら、彼女も同じように悩みを抱えていた。


「え? …あんた別れたの?

まああのコ仕事できるし、美人だけど恋愛に依存しすぎっていうか…おかげで睨まれてたし」

「そうだったのか?」

「波風立てたくなかったから言わなかったんだけどね。

…あ、お姉さんあんみつ追加ね」


 コーヒーカップを傾けながら、レースがふんだんにあしらわれた黒のキャミソールに、口に百合の花を一輪銜えた猛々しい虎が描かれた白の着物を羽織った女―エアリは溜め息を付いた。

 彼女は日本人の祖父がいた影響もあってか、日本の文化をこよなく愛する親日家だ。

 本来ならスーツ着用を義務付けられているのだが、彼女は入社以前から

「スーツには個性がありません。―楽しくありません。

…というわけで私は私のスタイルを貫かせて頂きます」という発言が社長の心を射止め、和服を仕事着にしている。

 イギリスで生まれ育ったらしいが、日本語の発音も日本人に近く、違和感がない。

 日本に興味を持ちだし、上京まで踏み切らせた情熱と日本での生活が長いせいか。

 さっぱりしていてさばさばしているから、異性と言うよりかはお互い同性の友達のように気が合うので、絵舞が恋人だったころはよく勘違いされたものだ。

 でも彼女の方が4つだけではあるが年上。

 友達よりかは姉弟のようなものだ。


「そういえば…エアリはどうなんだ?」

「ああ、男の話? どうでもいいわよ、そんなのは。

今の私に重要なのはブランドのイメージにぴったり合うモデルを見つけることなんだから」


 お目当てのあんみつを味わうことに夢中で一瞬の間ができたが、ぺろりと皿を平らげるとエアリは頬杖をついた。


「どんな子がいいんだよ?」

「そうね、一言で例えるなら雪を連想させる女の子…幼くも大人っぽくもない女の子。

自分でも探してみたんだけど見つからなくてね。

どこぞのグラビアアイドルみたく胸ばっか強調された子とか、かわいいけど表情がない子とかね。モデルは完璧すぎてだめ…もっと素朴で親近感のある子がいいのよ」


 …そんな完璧な女性なんているわけないだろ、と言いたかったが、ごくりと飲み込んだ。

 自分が思い描くイメージモデルが見つからないなんていうことは決して珍しいことではない。

 企画もデザインも重要な要素ではあるが、ブランドの顔がなければ意味はない。

 そのネックがあって、長年温めてきたブランド展開を諦めた。何よりインスピレーションがわかない。

 『これだ』と思うデザインが浮かばない。

 そういうものだ。


「あ、そうそう。

実は音輪ねわデザイン専門学校の生徒がやるグループ展があるってDMきたのよ。

私そこのOBでね」

「専門学校もこっちで出たのか」

「そうよ。…で、もしかしたらいいインスピレーションが得られるかもしれないでしょ?

私たちみたいに凝り固まった考えじゃなくて、若い人は新鮮だわ」


 黒の光沢が美しいキルティングボストンバッグからDMを取り出して、シェリハに手渡した。

 シェリハはDMを見つめ、懐かしく思った。

 入社してからは学生の作品なんて久しく見ていない。

 もしかしたら創作のヒントを貰えるかもしれない。


「悪いな、わざわざ」

「いいわよ、別に。

お互いいいヒントが得られるといいわね」


 白いうなじが見えるくらいの明るいブラウンに染め上げられた短髪を飾る髪飾りを揺らしながら、その場を去っていくエアリを見送り、シェリハはDMを鞄の中にさっと直した。

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