表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
19/63

19 華美なる企みが喚く

シェリハと星凪の会話がようやく終了します。

本当に長かった…

ドーリーの企みは果たして…

外の景色が夜色に染まり始めたのを理由に、シェリハはそろそろ帰ろうと立ち上がった。

星凪は残念そうにしながら、玄関先まで見送ってくれた。

少し長い帰路の途中、考えるのは今日あったことばかり。

家に帰り、BGM替わりにつけたテレビの内容が、頭に入らない。

寝間着に着替えてベッドの上で横たわっても、目が冴えて眠れない。

一体自分の体はどうしてしまったんだろう。

明日のデートが楽しみで眠れない、そんな興奮に酷似している。

だが明日の為にも眠らないわけにはいかない。

明日が休日ならともかく、今週の出勤日はまだ残っている。

この時世に多忙だと嘆くのも贅沢な話だが、シェリハが勤務するエブミアンテは人手が少ない。

増員しても多忙に耐え切れず、辞職してしまうからだ。

一時は辞めようかと思っていたほど、激務が日常に溶け込んでいる。

明日のことを考えると、憂鬱で仕方ない。

だが休日と給料の為には憂鬱に耐えなければ、シェリハの未来はない。

(横になってたら、知らないうちに寝てるかもしれないしな…)

シェリハは布団の中で横になり、目を閉じると暗闇の世界が広がる。

何も考えないでいようと思えば思うほど、何かを考えてしまう。

そういえば彼女はどうしているんだろう。

あの撮影以来姿を見ていない。

無邪気な笑顔と少女のように純真無垢な彼女。

何故か雲のように白く、硝子のように透明感のある、優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。

元気でやっているだろうか。

きっと課題の山で忙しない毎日を送っていることだろう。

梨星のことを考えていたら、ゆっくりと意識が遠退き始めた。




毎日同じ朝がやってくる。

会社に近付く度に、様々な服装の人々が行き交う。

着物やサリーといった民族衣装。

一見で職業がわかる、制服。

オーダーメイドで作ってもらったような、奇抜で個性的な服装。

出身国はそれぞれ違うのだから、人が集まれば色んな人間がいるのは当然である。

ファッションはその人が持つ主義や主張、志向を体現しているかのようだ。

中へ入ると、背後から小さな靴音が聞こえてきた。

徐々にその音は大きくなってゆく。

カツ、カツ、カツ。

ヒールと思われるその音のボリュームが最大に達したその時、シェリハは振り返った。

容易く想像はできた。

攻撃的な派手なメイクに、ピンヒールの赤いパンプス。

このトレードマークを装備しているのは、知る限りではドーリーだけだ。

黒のタートルネックワンピースが、細い腰と形のよい胸を強調している。露出した腿を黒のニーソックスとガーターが引き立てている。

シェリハの格好といえば、黒のジャケットに合わせた同色のツータックパンツと、パステルブルーにネイビーのストライプのネクタイといった、一般的なサラリーマンと同じスタイル。

爽やかで清潔感があるが、ドーリーと比較するとあまりに地味過ぎる。

シェリハは色があるものをあまり好まない。

挑戦が難しい色だという認識があるのが一番の理由だが、明るい色より落ち着いた色の方を選んでしまう。

無難かもしれないが、体を引き締めて見せてくれるからだ。

その服装は目立つことが好きではない、彼の地味な性格を表現している。

「おはようございます」

「おはよう。今日も寒いわねぇ」

下心はまったくないが、ちらりと顕になっている腿を見る。

秋や冬に肌を露出すれば、寒いのは寒いに決まっている。

寒いのが嫌なら厚着すればいいじゃないか、と言いたかったシェリハだったが、人様の服装にけちをつけるほどの立場ではない。

ショートパンツにはじまり、ミニスカート・チューブトップにワンピース。

ファッションを楽しむということは、寒暖に耐えなければならない事と同義なのか。

まったく女性の心理というものは理解できない。

「そういえばエアリがモデル決まったんですって?」

ドーリーの口角が引っ張られたように上がる。

ドーリーは手を空に泳がせながら、細く長いけれどしなやかな指先を、口許に添えながら言った。

社長としてあちこちを飛び回っていると言えども、社員の仕事にもしっかりと気を配っていることに関しては感服するばかりだ。

モデルが決まった事を既に知っているなら、撮影をした事もきっと知っている筈だ。

「ええ、まあ」

「今学生なんですって?

エアリのお眼鏡にかなうなんて中々見つからないと思っていたけど、まさか学校に紛れているとはねぇ…今から楽しみね」

企みを含んだどこか怪しい笑みを浮かべるドーリーを、シェリハは横目でちらりと見る。

ドーリーがこんなにも楽しみにしているのは、社員の自立を心の底から望んでいるからである。

そもそもエブミアンテ社を作るきっかけとなったのは、実務経験が全くない卒業したばかりの学生達を、一から育て立派なクリエイターとして羽ばたかせるため。

日本で活躍するのに一番ネックとなってしまったのが、自分の国籍。

日本人ばかりがいる環境では、独りで戦うことができなかった。

だから彼女は考えた。

国籍ではなく、実力で評価してもらえる環境を作ろう、と。

だが実務経験のない者は、信頼性がない。

それならば自分の会社で仕事を学び、覚え、自分の力にして貰えればいい。

そのためエブミアンテの社員は入社後、すぐに仕事を与えられることはない。

先ず研修期間として、一年間先輩社員とともに仕事をしていく。

常に先輩社員にマンツーマンで色々なことを教わりながら、成長していくこととなる。

研修期間が終了し、独りで仕事ができるようになるまでの期間は人それぞれだが、単独のブランドを作れるようになれば独り立ちは近い。

自分のブランドに専念したい者は退社し、自分を高める為に多くの仕事がしたい者は会社に残る。

だからドーリーは社員が自らの手で自らが手掛けた商品を作れるまでに成長してくれることが、何よりも嬉しく感じている。

だがなかなかそこまでに至らず、見送った社員の数は一握り。

どうしても会社を辞めるという社員を、見送った人数は数えきれない。

エブミアンテで働いているシェリハも、そろそろ自立を考えている。

他のクリエイターとのコラボレーションは勿論のこと、クライアントの期待に応えてきたつもりだ。

完璧には遠いかもしれないが、結果は残してきた。

それでもまた自己の研磨を理由に、エブミアンテに残留し続けているのは、自分のやりたいことが中々纏まらないからだ。

依頼主や他のクリエイターの為に企画や物作りに携わってきたが、自分だけの物となると頭がうまく働かない。

考える度に焦燥感を覚え、肩身の狭い思いをしている。

「経験がないからどうなるかと思いましたけど、カメラ前にすると顔が変わるんです。

吃驚しましたよ」

シェリハの言葉を聞いてドーリーの目が光って見えたような気がした。

カメラを向けると一般的には緊張してしまうものだ。

相手が友人ならともかく、他人なのだから。

そして精神状態は顔に出る。

でも彼女はエアリのブランドイメージの少女を演じ切った。

エアリがイメージする、架空の中に生きる少女を。

梨星は決して格別美人なわけでも、スタイルに恵まれているわけでもない。

どちらかというと、どちらも武器になるとは言い難いものだ。

だがそれを補う魅力があるから、エアリの目に止まったのだろう。

ドーリーが目を光らせるのも、わからなくはない。

「へぇ…いいじゃない。

また来てくれるのかしら?」

「来ると思いますよ。

出来上がり見たいだろうし…」

潤いを満たしたドーリーの唇は歓喜を表現している。

ただでさえ人数が少ない、この会社の担い手だ。

有望な人材を見掛けたら、狙いを付けずにはいられないのだろう。

彼女が変な方向に走らないことを祈りながら、自分のデスクに向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ