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ハートナイフ  作者: 蒼野 媽流
第一章 一逢一別
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10 再会

時計の針を読みながら、迫り来る業務終了へのカウントダウンをひっそりと数える。


そして何をするか思い浮かべる。

平静を装いながら、その皮の裏はにやけ顔だ。


一人で酒を飲みに行くのもいい。

一人寂しくディナーを準備して、自分の頑張りに対する褒美にシャンパンを飲んで酔い潰れるのもいいだろう。


誰に迷惑をかけるでもなく、一人の時間を楽しむ。


なんて素晴らしいことなんだろう。


妄想に浸るシェリハをある男の一声が空気を一刀両断する。



「シェリハ」



上から降ってきた声にシェリハはびくりとする。


混じりけのない宝石のような光沢の黒髪。

髪色に合わせた吊り目がちの瞳がシェリハを捉える。



「副社長…」


「ルハルクでいいと言っているだろう?まあいい。


お前にしか頼めない用があるんだ」



…きた。

シェリハの脳裏に嫌な予感がぎる。


今日はもう定時では帰れない。

シェリハは長年の感覚と勘で瞬時に悟った。


上司が低姿勢に頼みごとをしてくる時は厄介ごと、と決まっている。



「用…ですか」


「そうなんだ。実は今日エアリがブランドのイメージモデルが見つかったっていうんで、モデルが来ることになってるんだ。


で、その撮影の手伝いを頼みたいんだ」


「撮影の手伝いなんて…俺したことないですよ?」


「おかしいな…データには残ってるぞ。

阿柴がまだここにいた頃、オールマイティーにやっていたようだが?」



社員の業績は成功・失敗関係なくきっちり書類上形を残して、保存されている。


更にルハルクは社員の管理をしなくてはいけない為、知らないことなど何一つない。

それがたとえ社員にとってできることなら、記憶から消し去りたい仕事だったとしてもルハルクの記憶力が顕在する限りは逃げられない。



「…わかりました。どこに行けば?」


「悪いな…そう言ってくれると助かるよ。

撮影はうちのスタジオでやるから、エアリの手伝いを頼む」


仕方なく手伝うことになったシェリハは、スタジオに向かった。




電波も届かない、地下にエブミアンテのスタジオがある。


業務に集中できるようにと作られた壁はカメラのシャッター音すらも通さない造りになっている。


ファッション雑誌や通販カタログなどがきれいに収納された本棚に、適度に整理されたやや型の古い機材。


撮影スペースには引っ越ししたての家の様に何もなく、ただ白い壁があるだけだ。


その他には着替えをする更衣室とメイク専用のメイクルームがある。


どちらも造りは質素でシンプルだ。

着替えと化粧の為だけに造られたような部屋で、手抜きをしている様な印象を受けてしまう。


今回のようにエブミアンテの社員で事足りるような事態に遭遇した場合、否応なく駆り出されることになる。


ひとつの分野を専門とする人員に仕事を頼めば、人件費がかかる。


社内で新たなブランドを、という話が進んでしまったとしたら企画から制作まで社員が行えば、経費節減にもなる。

余裕のないエブミアンテにはぴったりだ。


但しイメージが合わなければ意味がない。

そういった場合には専門家に頼むしかない。


それ以外であればすべてエブミアンテ社員のみで行う。

それがエブミアンテの方針だ。


そのお陰でかなりハードなスケジュールを強いられたりするが、自分一人だけではない分心強い。


「お待たせ〜。…わざわざ付き合わせちゃって悪いわね」



カツカツとヒールの音を立てながら、紙袋を持ったスーツ姿のエアリがやってきた。


紙袋の中には大量の書類が入っている。

今回の企画に関する書類だろうか。


彼女にとっては初めてのセルフプロデュース。


形になるまで時間が掛かった分、一番楽しみに待っているのは彼女だろう。


時期としては入社時から今日に至るまで。

形にするからには自身のイメージの譲歩はできない。


それが原因でなかなか企画が進まなかった。


イメージモデルを探すのにかなりの時間を要した。


とにもかくにもエアリはモデルに対して注文が多く、妥協ができないから仕方ないと言えば仕方ないのだが。


彼女の強い要望で今回起用を考えているのは東洋人。


そして敢えてプロのモデルには依頼しない。


メディアに露出したことのない女性にプロにはない新鮮さを、エアリは期待しているのだ。



「ちょっと見てよ」



紙袋からさっと出された数枚の写真を見て、シェリハははっとした。


モデルのプライベートを切り取ったモノクロのスナップ。

草むらに寝転がる少女はあどけない顔をしている。


飛んだり跳ねたり元気な姿はボーイッシュ。

しなやかな指先で小鳥を踊らせ、スレンダーながらもカーブを描くラインには少女を脱した女性らしさが息を潜めている。


いつか専門学校で出会った少女。

梨星に間違いない。



「この子…」


「そ、私が探してたイメージ通り…ぴったりだったのよ。

新鮮でしょ?」


「たまにはプロじゃないモデル起用するのも面白いかもな。

化けそうだし…」



幼子のような透明感を持つ肌。

大人でもなければ子供でもない、アピールが控え目なやや中性的な肢体。


大人と少女の狭間にいる女性をターゲットにしたエアリのブランドにはうってつけである。



「彼女は化けるわよ。私が選んだんだもの」


「で、肝心の彼女はいつ来るんだ?」


「もうすぐ来るから焦らないでよ。…ん?」



ポケットの中で踊る携帯。

エアリはポケットから携帯を取り出す。


それと同時に小さな足音が次第に大きくなり、近付いてくる。


ハァハァと息を切らしてやってきたのは白のタートルネックにクリーム色の布地にダルメシアン柄のパーカーを羽織った少女だった。



「あ〜っ!」


「梨星…?」



少女に指さされ、シェリハは予想はしていたものの驚きのあまり動けなかった。

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