いつも隣にいてくれた君
初めまして。遠山風車と言います。
推敲をほとんどしていない、ノリと勢いで書ききった作品です。しかも初投稿になります。
誤字脱字はもちろん、文章おかしくね? ストーリー破綻してない? などの疑問が生じることがございましょうが、もしよろしければお読みいただければ幸いです。
「おお……! あなたが勇者様であられますか」
白を基調として、アクセントに赤の入った司祭服を身にまとった老人が感嘆の声を上げる。
老人の向く先には、身にまとうものは粗末でありながらも、どこかひれ伏したくなるような圧力を持った青年が立っていた。背には、薄汚れた布に包まれた剣を一本背負っている。
「ああ、これで我らは救われる……。神よ感謝いたします」
老人は膝をついて、広場の中心にある聖像に向かって祈り始めた。
「おい。祈るのは後にしろ。それで勇者とやらに選ばれたら、魔王を殺せるのか」
青年が普段でさえ険しい顔をさらに険しくして、老人に問う。
その顔からは、今にも魔王を殺しに行きそうな憎しみが感じられた。
しかし、この老人はこの勇者様の問いかけにこたえることはなく、一心に祈り続けていた。
よほど敬虔な信徒なのだろう。目の前の勇者様の問より、神様へのお祈りの方が大切らしい。
彼女はその場を見て思う。
ありゃりゃ、こりゃまた止めに入らなきゃだね。
人垣をかき分けて勇者のもとに向かう。
彼女は彼の性格をよく知っていた。
なぜならば、彼女――テラウは勇者の幼馴染であったからだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ねぇ。ねーってば!」
テラウは勇者に付きまといながら話しかける。
勇者は一貫して無視し、街路を歩き続けていた。
「もう。何で怒ってるの? 話してくれなきゃわかんないよ」
テラウはついに勇者の前に立ちふさがり、腰に手を立てて怒った。
かれこれ1時間はやり続けているのだ。そろそろ反応してくれてもいいじゃないか。
彼女は自分の行為を何ら迷惑だとは思っていなかった。
勇者はそれでも彼女を無視し、彼女の隣を歩き去る。
しかし、テラウは勇者の服の裾をつかみとめる。
「そんなに私がついていくの……いや?」
上目遣いに問いかける。
これで百パーセント何でも聞いてくれるって酒場のおかみさんが言ってた。
そんな聞きかじりの知識を活かし、勇者から答えを得ようとする。
そんな彼女の態度に根負けしたのか、勇者は答えた。
「ああ。嫌だ。お前は足手まといになる。それが分かったなら、どっかいけ。俺は旅の支度をする」
冷たくそう答え、捕まれた裾の手を振り払う。
勇者はたったと素早く歩き去っていった。
残されたテラウはそんな勇者の後ろ姿をずっと見つめたまま決心する。
絶対についていくからね。私から逃げられると思わないことね!
彼女のあきらめの悪さは自他共に認めるものだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ザシュッ!
剣が緑色の小人のような魔物――ゴブリンを切り裂く。
グゲッェェ……
ゴブリンはうめき声をあげて崩れ落ちる。
その後、緑色の体は黒色に変色していき、どろどろと溶けていく。
そして、地面へと吸い込まれていった。
ゴブリンを殺した勇者は、シュンシュンと空気を切る音でも聞こえそうな美麗な素振りで血を払い、背に剣を収納した。
「わあ。すごいね。さすが勇者と呼ばれるだけはあるね」
そんな勇者の後ろからひょこりと現れたのはテラウだった。
テラウはゴブリンに遭遇した途端に、近くにある草むらに忍び込み、身の安全を確保していた。
ゴブリンが倒れたのを確認し、勇者の後ろまで戻ってきたのだ。
ゴブリンの倒れたところまで行くと、どこからか拾ってきた木の枝でツンツンと地面をつつく。
そんな彼女にちらりと目をやった勇者は、やはり何も言わずその場から去る。
「ああー! ちょっと待ってよ、置いてかないでー!」
勇者の背丈は、彼女の1.5倍はあった。
歩幅も大きく、テラウは付いていくのでさえも一苦労だった。
ふらふらする体に叱咤を飛ばしながら、勇者の後を追っていった。
辺りは暗くなり、テラウと勇者は道中に見つけた大きな木下で野宿をすることを決めた。
薪がたかれ、その周りには石が積まれている。簡易的なコンロだった。
その上にのせられた鍋の中にはいくつかの具材と肉と水が入れられ、煮込まれていた。
鍋を観察していたテラウは、くんくんと料理の香りをかぐ。
よし、この程度かな。そう思ったフラウは最後の仕上げにぱぱっと味付けを済ませる。
「はい! 野宿版簡易シチューの出来上がりー。ほら、レイドも召し上がれ」
彼女が持ってきた器にシチューを装い、勇者――レイドに渡す。
レイドは黙って受け取り、スプーンで味わい始める。
「ふふ。どう? おいしいでしょ? 私がいてよかったでしょ」
ふふーんと自慢げに顔を緩めるテラウに、勇者は顔をしかめる。
「……お前、いつまで付いてくるつもりだ?」
ついに勇者からテラウに問いかけられた。
テラウは感動して、勢いよく答えた。
「もちろん、ずっと!だよ」
笑顔でそう答えられ、勇者はさらに顔をしかめ、しかし彼女の決意が固そうなことを察し、
「……足手まといにだけはなるなよ」
そう言って、シチューの器を彼女に渡し、木の上に登って行った。
テラウは器を受け取ったまま、どこか勇者の言ったことばが信じられずぼーっとする。
数分の後、勇者に認められたことを知り、
「やっっっっっっっっったぁぁぁぁぁぁ!!」
その声は狼の遠吠えよりも遠くに響いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「今朝早くに届いたばかりの魚、いいのあるよー!! 誰か買っていかんかー!? 安くしとくよー!!」
「さあ寄った寄った! この首飾り! なんと亡国のお姫様がつけていたそうな。見ておくれよ、この宝石の輝き! 吸い込まれるかのようだ! 今なら、この首飾りをいつもの半額にするぞ! さあ、買った買ったぁ!!」
日が昇り、空の色が変わり始めた時間。
さすが交易都市というべきか、朝早くから商いが活発だ。
商人たちが商売にしのぎを削る一方、その商いを眺めている一行がいた。
テラウと勇者一行である。
「あー。あんまし、いいのはねーな」
軽装の猫獣人の少女が言う。
「そうですね。まあ、露天と言ったら勢いと安さが勝負ですからこんなものでしょう。あまり期待しすぎては、がっかりするだけですよ」
鎧を身にまとい、腰に剣を下げた青年が微笑みながら少女に話す。
「……うるさい。私とレイド以外、全員消えたらいいのに……」
三角帽子に、ねじくれた木の杖、それに黒いドレスを身にまとった少女は勇者の腕を抱え込みながら、ぼそりとつぶやく。
「露店に構っている暇があったら、例の場所を探せ。俺たちの目的はそれだけだ」
相変わらず、勇者は目標まで一直線だ。
露店に負けず劣らず、勇者ご一行も多様性に富んでいた。
そんな彼らを少し離れた場所から伺うテラウは、感慨深げにうなずいた。
うんうん。やっといい感じになってきたね。
初めての仲間は、魔法使いの少女だった。名をサラという。
彼女は魔物討伐の道中に立ち寄った村で、村八分に遭っていた。
その奇抜な衣装と、人に関わろうとはしないその性格を村の人々は疎んでいた。
幼い頃から、同年代の子供たちにいじめられていたのもあり、彼女はすっかり人間不信となっていた。
そんなところへ勇者が現れ、本当は人とかかわりあいたい彼女の心を察し、旅に連れていくことに決めたのだ。彼女は最初は、強く断っていたものの、勇者の人格にほだされたのか、最後には付いていくことに決めたのだった。
次の仲間は、重そうな鎧を身にまとっている剣士。名をシュベルト。
彼はある街に住んでいた剣士で、彼の妹は病魔に侵されていた。その病魔の原因は彼の街の周辺に住むある魔物だった。その魔物を倒したうえで、病魔の治療薬を求めなければ、彼の妹を救うことは不可能だった。魔物を倒せば、自分は死ぬ。治療薬にはその魔物の部位が必要。ジレンマにがんじがらめにされた彼は行動できなくなり、ただ酒場に入り浸っていた。そこに現れたのが、魔女を仲間に加えた勇者ご一行である。勇者は彼の境遇に心を痛めて、すぐに魔物の討伐を決意する。魔女に妹を任せて、剣士と勇者は魔物の討伐に向かい、見事討伐に成功する。そして、妹の治療薬も完成し、同じ病に陥っていた人々の病魔も治癒した。勇者に恩を感じた剣士は、是非、と勇者パーティーの一員となるのであった。
そして、最後の仲間が、軽装の猫少女。ティーと呼ばれている。
彼女を一言で表すなら、盗人だ。生まれてこの方、盗みで生計を立ててきた、いうなれば生粋の悪ガキである。彼女と勇者一行の出会いは、物流の中心と言われているこの交易都市だった。彼女との出会いはあまり印象が良くない。なぜならば、彼女のすりを剣士が押さえたのが始まりだったからだ。彼女は、捕まってからは殺せの一点張りで自分のことを何一つ話そうとはしない。それを不審に思った勇者は、彼女の真意を探ろうと、一旦逃がしたのだ。後をつけると、その先にはスラム街。そして、彼女はそこの少年少女たちのリーダーであったのだ。スラムの子供と彼女の集まりの最中に勇者たちが姿を現すと、彼女はナイフを構え、襲い掛かった。スラムの子供たちを逃がすためだった。その行動にいたく感動した勇者は、スラムを何とかして見せると意気込み、行動したのだ。その結果、スラムの環境は生活できる程度には整った。子供たちもちゃんとした場所で働かせてもらうことになり、盗みを侵す必要はなくなった。彼女は、勇者の行動に深く感謝して、勇者パーティーの一員になると固く決意したのであった。
テラウは、吟遊詩人に伝えるための勇者一行のストーリーを頭の中で構築し、にやにやと笑う。
すこし、ほんの少しだけ脚色があるけど、それくらい誰だってやってるよ、たぶん。
少しだけ、罪悪感を覚えたが武勇伝を伝えるためには必要なものと割り切った。
テラウがそんなことをしている間に勇者一行は目的の場所に行ってきたようで、
「やはり、噂に過ぎない情報ばかりでしたね。一体聖女はどこに……」
剣士が顎に手をやりながらつぶやく。
勇者一行は、聖女の情報を得るためにこの交易都市にやってきていた。
交易都市ならば、世界中の情報が集まるだろうという考えからだ。
しかし、当てが外れたようで、勇者もいつもよりも険しい顔をしている。
「なあ、聖女なんて言ったってただの人間なんだよな? もう死んじまったんじゃねえの?」
剣士の後ろを歩く猫少女ティーは諦めを口にする。
「……聖女なんてどうでもいいから、早く宿に戻ろ?」
魔法使いのサラはそもそも話を聞いてなかったようだった。
「ギリッ……。どこにいる、聖女……魔王を倒すのに必要だというのに……」
勇者がそうつぶやいたとき、遠くから悲鳴が聞こえた。
「どけっ。どけどけぇ!!」
勇者一行から少し離れたところの人だかりが割れ、現れたのは一台の馬車。
それも勢いを緩めることなく全力疾走していた。
あの馬車に惹かれたら、自分などぺしゃんこになってしまうだろうとテラウは思う。
いつものように、真っ先に自分の安全を確保するために道脇にささっと移動する。
勇者一行はというと、何と馬車の進路からみじんも動いてはいない。
やれやれ、とでもいうように肩をすくめた剣士が一行の前に出る。
馬車が剣士の前に到達し、剣士が跳ね飛ばされる!
と思いきや、剣士は馬車を受け止め、数メートル後ろに下げられる。
そして完全に馬車が止まる。
「は? 馬車を……止めた?」
「なめないでほしいですね。私は、地竜の突進でも受け止めることができますよ」
剣士は、茫然とする御者にそう声をかける。
「それで、いったいどうしたのです。馬車でここまで突っ切るとは尋常ではない。何かあったのではないですか」
「そう! そうなんだ! 馬車を止められた兄さんなら任せられるかもしんねえ! こっから、数キロ離れた先で、あいつが出やがったんだ!! 悪魔のトロールが!!」
トロールとは、簡単に言えば、一つ目の巨人である。その巨躯を活かした暴虐に人はなすすべはない。
巨木を引っこ抜き、それを武器にしたならば、たとえ大軍相手でさえも引けを取らないであろう。
そのトロールがすぐ近くに現れたと御者は言う。
「トロールだと……? それも数キロ……。とにかく、俺は行くぞ」
そう言い残し、勇者は風のように走り去る。
トロールを殺しに行ったのだろう。
テラウはいつものように置いていかれた。当然後で合流するが。
「我々も向かいましょう」
剣士が他のパーティーメンバーに声をかけ、勇者と同じスピードで走り去る。
そのあとを、仕方ねえなぁと猫少女ティーが付いていき、魔法使いのサラは空に浮かぶと、勇者が走り去った方角へ飛んでいった。
「そして、私は徒歩ですか。とほほ……ぶふっ」
自分で自分のギャグに笑えることはとても幸せなことだと思う。
テラウは、自分のギャグに満点をつけると、勇者の後を追った。
「やはり、魔物が活発化している……それも急激に」
勇者が推測を呟く。
あたりにはトロールの死体がゴロゴロと転がっており、中には色の違うトロールも交じっていた。
それらは、徐々に黒いドロドロしたものになり、地面へと吸い込まれていった。
勇者一行にかかれば、トロールの変異種でさえも瞬時に葬り去れるが、人にとっては災害にも等しいだろう。
「勇者レイド。このままでは、ドラゴンでさえも街に降りてくるかもしれません」
剣士が、いつも微笑んでいる顔を少しだけ歪め、これから起こり得る悲劇に頭を巡らせる。
テラウはというと、地面からトロールが出てくるか心配だとでもいうように、どこからか拾ってきた木の枝で、ツンツンと地面をつついていた。
一通りツンツンし終えたようで、ふうと一息。
悩んでいる勇者たちにこう言い放った。
「ねえ。聖女、聖女って。そこまで聖女様って重要なのかな? 私たちはもう十分強くなったと思う。……そこでなんだけど、魔王の討伐にむかったらどう?」
その無謀ともいえる提案に、剣士の微笑みも完全に崩れ、あんぐりと口を開けている。
勇者はというと、
「……魔王を殺しに、か。そうか。俺はずいぶんと遠回りをしていたのかもしれない……」
「そうだよ。もう行ってもいいんじゃない?」
テラウの何も考えていないような発言に、ティーとサラは反発する。
「あたしはやだね。このトロールだとかいうバケモノのさらに上の奴なんだろ? 無理無理。あたし、命を第一にがモットーだからね。行くなら一人で行ってきな」
「……私も、反対。もし、死んじゃったら、私……」
しかし、勇者の心は決まっていたようで、
「よし。聖女探しはやめる。明日から魔王城に向かう」
「ああ、勇者レイドよ、本気ですか……」
「はあっ!? 命いくつあっても足んねえよ! あたしは行かないからな!!」
「レイドがそういうなら……」
勇者の決定に銘々が反応を返す。反対派が多いようだが、勇者の決定は絶対である。
渋々ながらも全員が付いていくだろう。
それは、勇者という絶対の指針、力、それらがもたらす安心感があるからだ。
勇者ならばなんとかしてくれる。その思いがあるから、どこまでもついていく。
そして、彼らは全力を尽くして、成功への道を切り開いてくれるだろう。
「よしっ、それじゃ、がんばってい――おや?」
テラウが掛け声を上げようとしたとき、ふらりと体が倒れそうになる。
隣にいた勇者にもたれかかり、倒れるのを防ぐ。
「おいおい。大丈夫か? やっぱ町娘が旅についてくるなんて無理なんじゃねえの?」
テラウが旅についてくることに懐疑的だったティーがテラウの体力不足を指摘する。
「あはは。ただの立ち眩みだよ。平気平気」
体制を立て直したテラウは、そう答えた。
「そうですね。テラウさんは、とても元気のあるかたですから。トロールの臭気にでもやられたのでしょう。念のために、帰ったら大事をとったほうがよさそうですね」
「……ちっ。役得……」
勇者一行の旅路は終わりへと差し掛かる。
すこしだけ寂しさを感じながらも、テラウは彼らを見ていつものように微笑むのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
空はどんよりと濁り、辺りには植物の一つも生えていない。
生物も一つも見当たらず、辺りは不気味なほどの静けさを保っていた。
「あれが、魔王城、ですか」
その空気に威圧されたかのように、剣士が重々しく呟く。
彼らの数キロ先にはぽつんと建っている城が見える。
ここから見ると、ごく小さなものに感じるが、実際には見上げるほどの大きさだろう。
「……あれが」 「マジかよ……ほんとにあったんだな」
サラとティーもどこか口数が少ない。
この異様ともいえる空気は、ただ人が耐えられるものではない。
彼らが耐えることができている理由は一重に、
「いやー。ついにたどり着きました! 魔王城! 長かったなー。足ももう棒のようになっちゃう! ほらほら、レイドももっと感動しようよ! 長い旅もようやく終わるんだよ」
「魔王、殺す」
底抜けに明るいテラウと、いつもと変わらず魔王に憎悪を向ける勇者。
彼らがいるからこそ、こんな場所でも正気を保っていられるのであった。
「テラウさんよ。あたし、今ほんと感心してるわ。あんたそこまでずぶとかったんだな。最初からそうは思っていたけどよ」
「……私も、そこだけは、負けを認めざるを得ない……」
テラウに呆れるサラとティー。
剣士シュベルトは、
「そうですね。テラウさんの明るさは見習うべきかもしれません」
苦笑いをこぼすのみだ。
彼らの暗い雰囲気を払しょくできたとテラウは喜ぶ。
落ち込んでいたら勝てる者も勝てなくなってしまう。
魔のものに挑むのに最も大切なのは、挑む者たちの心なのだ。
心がくじけてしまえば、どれほど強かろうとすぐに負けてしまう。
逆に言えば、心がくじけなければ、負けはない。
彼らは十分な強さを備えているのだ。
絶対に負けはしない。
彼らの様子に満足げにうなずくと、テラウはダメ押しと掛け声をかける。
「よしっ! 全員がんばってね! えいえいぉ――」
「待て」
掛け声をかけようとしたところで、勇者が待ったをかける。
「やはり、か。これは罠か」
勇者の見ているほうに目をやると、遠くに砂煙が見えた。
ここから見ると、ごくごくわずかな大きさの砂煙だ。
しかし、だ。
砂煙とこちらの距離は魔王城と同じ数キロメートル。近くに行けばどれくらいの範囲に砂ぼこりが巻き上げられているのかは察せられる。
「まさか、暴走、ですか」
剣士がいつものほほえみの上から冷や汗を流す。
あの規模となると、おおよそ万の魔物の大群だろう。
それも、変異種の交じった途轍もなくやっかいな。
勇者はそれでも動じず、パーティーに指示を出す。
「魔女、剣士、盗人。お前達は、足止めだ。魔王城に一匹たりとも魔物を入れるな。……俺が魔王を――」
「だめ! だめ! ぜったいに、だめ!!」
勇者の指示を中断させたのは、魔法使いの少女、サラだった。
「そんな……死んじゃうよ……レイドが死んじゃったら私、私……」
「俺が死ぬ? そんなわけはない。俺は魔王を殺す。そして、生き残った魔物もすべて殺す」
涙を流しながらのサラの制止も功を奏さず、勇者の意思は固い。
「なあ、サラさんよ。勇者がああ言って失敗したことなんてあったか? こいつは勇者だ。おとぎ話のように何とかしちまう男なんだよ」
ティーは勇者のいつもと変わらない様子に、勇者は大丈夫だと思っているようだった。
「わかりました。それでは、魔王をお任せします――どうか世界を救ってください、勇者レイド」
「……俺は魔王を殺すだけだ」
そう答えると、勇者は疾風迅雷の如く魔王城に向かっていった。
「あ! 待って! 私も」
「あなたはサラさんの隣にいてください。サラさんは防御陣を形成してテラウさんを守ってください。できればでいいので、魔法で攻撃してくださるとありがたいです」
テラウが勇者の後を追いかけようとしたところで、シュベルトからストップが入る。
テラウはその指示に不満を持ったようで、
「ええ! 私は勇者のところに行かなきゃならないから! あなたたちは城に入ってこないようにさせるのが仕事でしょ!」
「今は遊んでいる暇がないんです。ほら、勇者の後に続きますよ! サラさん! お願いします!」
シュベルトがさらに向かって、テラウを投げる。
サラは風の魔法を使い、減速させふわりと受け止めた。
「……迷惑」
「アハハ。ごめんなさいね」
チロリと舌を出して謝る姿に、イラッと来たが、サラはちゃんと役目を果たすことにする。
「でも、私はレイドの元へ――」
「ほら、飛ぶよ」
「ひゃぁぁぁ!!」
テラウが口答えする前に、サラの魔法が発動し、二人ともが上空へ浮かんでいった。
いつもと変わらぬ様子にシュベルトは苦笑する。
彼らに迫っているのは絶望的なまでの数の魔物。
しかし、それでも彼らは負ける気はしなかった。
「さて、それでは私も」
「ああー!! ほんとやだやだ! 柄じゃねえってのに! ついてくんじゃなかった―――!!」
「……彼の邪魔をするなら、皆殺し……」
「だーかーらー! 私はレイド――」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
戦闘が始まり、数時間。
ただでさえ何もなかった荒野は、数多の戦闘の余波により、多数の傷跡が刻まれ大地の泣き声が聞こえてくるかのようだった。
「まだか! まだ終わらないのか!」
猫獣人の少女ティーは、戦闘開始から対峙するすべての魔物を一撃で葬り去っている。
瞬時に急所を見極め、そこを突く絶技は圧巻だった。
「耐えましょう! 耐えるんです! 私たちが倒れぬ限り勇者も倒れません!!」
そう発破をかけるのは剣士シュベルト。
彼は、ティーの後ろに迫る魔物やティーの攻撃が通らない魔物に対して力づくで対抗し、打ち勝つということをずっと続けている。彼の全身鎧は傷つけられ過ぎてもう鎧の体をなしてはいなかった。
そんな鎧をちらりと見たシュベルトは、目の前のオーガを蹴り飛ばし、作り出した隙に、
「我が肉体こそ、最強の鎧!」
上半身に身に付けているものすべてを脱ぎ去った。
現れたのは輝かんばかりの肉体美。
芸術とはかくあるべしとでも訴えかけるような見事な筋肉であった。
「うおおおおおおお!! 今こそ躍動のとき!! いきますよ!!」
上半身の筋肉を隆起させながら、魔物の大群にこちらから突入していく。
「……うるさい、あれも、あれも、あれも」
サラの前に浮かび上がるのは、複雑怪奇な図形。魔力により描かれているため、淡く光っていた。
その色は赤。炎属性だ。
「燃え尽きろ――ヘフティヒ・フランメ」
劫火が放たれる。
劫火は空を飛ぶ数十のドラゴンを打ち落とし、それでも勢いは衰えず、地を這う有象無象の魔物を焼き尽くした。
「……はあ、疲れる」
腰のポーチから取り出したマナヒーリングポーションをぐびぐびと飲む。
攻撃は一度も受けてはいないが、顔の表情にどこかやつれが見える。
数時間の戦いにより、さすがの勇者パーティーといえども休みのない終わりの見えない戦いに疲れが見えてきている。
あと数時間程度ならば、問題はないかもしれないが、それで終わる数だとも思えなかった。
それでも。あと1日2日続くとしても、彼らは戦い続けるだろう。
あの魔王城の轟音がやまない限り。
「ふふふっ。あっちもガンガンやっているようですね。こちらも体が温まってきたところです。さあ、本腰入れてまいりましょうか!」
「ああもう。隣の奴がうるさくてしゃーないわ。耳がいかれちまうぜ。ちったあ黙って戦えよな」
「そうですね! では、張り切ってまいりましょう!!」
「人の話聞けって!!」
「「「ブウォォォアァァァ!!!」」」
背中合わせになりながら、お互いの死角をなくし、かつてないコンビネーションで魔物を殲滅していく。
「……私も……」
サラは自分の腹から伸びているロープの先を見る。
そこにはぐでっとしているテラウの姿があった。
「……」
すぐに視線を戻し、空に浮かぶ魔物を主なターゲットに魔法の発動を行う。
「やつらを焼き尽くせ。ヘフティ――」
ゴオオオオオオン!!!
その時、轟音が魔王城から響いてきた。
今までになく、大きな音だった。
そして、テラウは――
「私、いかないと――」
空を輝きが満たす。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一合目で、壁にたたきつけられた。
二合目で、全身の鎧が砕け散った。
三合目で、聖剣が弾き飛ばされ、
四合目は、何とか躱して、
五合目、六合目―――
俺は魔物が、魔王が憎くて、憎くて、憎くて……。
なぜ憎み始めたのかすら覚えていなくて、ただ憎いから憎い。
それだけで、今までずっとやってきた。
目の前の魔物はすべてごみ屑のようにしか見えなかった。
ただ、形を持ち動くだけのごみ。存在すら許されないと思っていた。
だから殺す。ゴミだから殺す。憎いから殺す。
憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎。
それで、すべてが片付くはずだった。
なのに。
なんだ、この強さは?
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
魔王城の中は禍々しい外見とは異なり、白一色であった。
どのように作り上げれば、このような城が出来上がるのか。
普通ならばそのように疑問を持つのだろう。
しかし、俺にとってそのようなことは些事であった。
ただ、魔王を殺す。それだけが俺のすべてだ。
目の前にある扉を走ってきた勢いで突っ切り、破壊する。
この身はすでに人の身にあらず、鋼鉄の扉でさえもぶち抜くことが可能であろう。
また、現れた扉を壊す。
砕け散った扉のかけらが地面に落ちる時間も惜しく、見向きもせずに走り抜けていく。
城の大きさからすると、もう少しで中心にたどり着くはずだ。
そこに魔王が――、
瞬間的に憎悪がわいてくるが、ぎりぎり歯止めをかける。
冷静にならなければならない。
たとえ魔物の同類であるごみ屑であっても、魔王なのだ。
たやすくはいくまい。
すべてはこの時のためにあった。
身を研ぎ澄ませていく。
そういえば、あいつらはもう戦い始めたのか。
やたらと引っ付きたがるが膨大な魔力を持つ魔女。
物腰は丁寧なれど、その本質は狂戦士である剣士。
一介の盗人でありながらも瞬殺の絶技を持つ盗人。
そして――、
考えはいったん遮断される。
目の前に最後の扉が現れた。
この扉の向こうに――
魔王がいる。
ズドンッ!
ドアを蹴破り、破片が宙を舞う。
見えたのは、人影。
しかし、この場にいるものが尋常のものであるはずがない。
背にある聖剣に手をやり、斬りかか――
「ッ!?」
聖剣を防御に回したのはただの勘だった。
そして、腕に伝わる衝撃。
重すぎるッ!!
そして、俺は壁にたたきつけられ、
斬撃が襲う。
もう一度聖剣を構え、
「ゲハァッ!!」
地面にたたきつけられた。
どうやら蹴り飛ばされたようだ。
剣の振りはフェイク。
そんなことを考えている頭が恨めしい。そんな時間ありはしないというのに。
いつの間にか至近距離に迫られていた。
相手の動きに合わせて、剣を振るう。
剣先の速度など予想もつかない。
もう体の動きを見て、山を張るしかなかった。
ぎりぎり当たっていたようで、体は何とか守れた。
しかし、聖剣は弾き飛ばされる。
そして、追撃。
捨て身で横に飛ぶ。
何とかよけきれた。
聖剣の場所を確認する。
聖剣は遠くの壁に突き刺さっていた。
遠く? あそこまで2秒とかからないというのに。
なぜ、こうも、遠い。
また追撃がかかる。
動きを先読みすることで、何とか避けきる。
よける。よける。よけ――切れない。
また蹴り飛ばされ、地面を転がる。
世界がぐちゃぐちゃに見える。
それでも見失うな。
奴はどこだ。
聖剣は。
いつの間にか壁に到達していた。
奴は――魔王は一瞬で詰めてこられるはずの距離をなぜか詰めてこない。
そして、隣には聖剣があった。
あのとき、鞘をつけたまま構えてしまっていたのだろう。
鞘の破片がついたまま壁に突き刺さっていた。
魔王の斬撃により、鞘の大半は壊れ、刀身があらわになっている。
奴はまだ、距離を詰めてこない。
それどころか、片手から剣を落とし、両手を頭にやった。
まさか、俺が剣をとるのを待っているのか。
頭が真っ白になる。
「……ふ、ふはは。アーッハッハッ! ふざけるななああああぁぁぁぁああ!!!」
柄に手をやり、一気呵成に引き抜く。
「殺してやるぞ! 魔王!!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
戦い始めて数時間、いや数日?
時間などとうに忘れ去った。
この真っ白な異常な空間で、真っ黒の敵と戦い続ける。
これは現実なのか。それすらもあいまいだ。
目などかすれてまともに見えやしない。
腕も、足も、疲労と激痛で動くことが奇跡だ。
自分は何をやっているのか。魔王を殺す。
ここはどこだ。魔王を殺す。
魔王を殺す。魔王を殺す。
殺す殺す殺す殺す。
何でこうも、
俺は、
魔王を、
ふと、頭に浮かんできたのは、遠い昔、誰かの微笑み――が砕け散った。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!!
こいつが! こいつがいたせいで!!
あいつは! あいつが!!
「あああああああああああああああああああああ!!!」
剣を振り上げる。
目の前にクロは――
いない。
しまっ――
体の前面全てに衝撃。
やはり、背中から。
また追撃が、
よけないと。
体が、動かない。
追撃は、来ない。
なんだ、これ。
壁から剥がれ落ち、背中から地面へ落ちていく。
反対となった世界に見えたのは、一人の――
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ギギギギギッと空間がきしむ音がする。
目の前の黒い鎧をまとった人――魔王は、聖女の力で完璧に縛り切っているはずなのに抵抗している。
こりゃ勝てないな。
思わず苦笑してしまう。
後ろを見ると、馬鹿みたいに仰向けになってこっちに首を必死に向ける勇者レイドの姿。
おーい、何バカやってんのと駆け寄りたくなるようなありさまで、思わず笑いそうになった。
その口はパクパクと動いている。
ふむふむ、なるほど。
「お前、何をやっている」
だ、そうだ。
なら答えてあげないとね。
「レイド、黙っててごめんね。私が今代聖女――聖女テラウ。君たちが探していた聖女はずっと君の隣にいました、なんてね」
いつもの調子でレイドに答えてあげる。
口がパクパクと動くが、それは何と言っているか判別できない。
私が判別できないってことは、別に何かを言っているわけじゃないんだろう。
ただ驚いているんだ。
ふふふ。やった。あいつを驚かせてやったぞ。
自然と笑みがこぼれてしまう。
ああ、いけない。レイドもみんなも傷ついているっていうのに。
「ねえ、レイド。こんな時に言うのは間違っていると思うけど、それでも言わせて。
旅、楽しかったね。私君と二人だけの旅大好きだったよ。
ねえ。覚えてる? 私のキノコ料理でお腹壊しちゃったの。ずるいよね君だけ。だって、魔力でちゃちゃっと直しちゃうんだもん。私、2日も苦しんじゃったよ」
ギリギリギリと空間の軋む音はやまない。
魔王は抵抗を続けているようだった。
もう時間は残り少ない。
「ねえ、レイド。サラとシュベルトとティーが仲間になってからの旅、私本当に大好きだった。
サラは、私を警戒していっつも辛らつだし、シュベルトは真面目そうに見えるのに、筋肉自慢してくる変態だし、ティーはいつの間にか私の分のご飯くすねてるし。もうみんなみんな変な人ばかりなのに、本当に楽しかった。ねえ、知ってる? 今までの聖女ってずっと一人旅だったんだよ。笑えるよね。勇者って何なんだよって」
ピシリ、ピシリと魔王を縛る鎖にひびが入る。
そして、今、一つの鎖が砕けた。
魔王は解放された右手をテラウに伸ばす。
「ねえ、レイド。本当に、本当に、私、幸せだったよ。少しだけわがままを言うと、もう少しだけ旅をしたかったけどね。あと、えーと、えーと」
ピシッピシッ、バキン!
魔王の左足の鎖が砕け散る。
「――もう時間だね。ねえ、レイド。ありがとう。じゃあね、バイバイ」
一筋の涙と、いつもの微笑みをレイドに向けて、それで最後。
魔王に向き直り、詠唱を始める。
「そこには愛があった。 そこには、希望があった。 そこには、安寧があった。
それは憎へ。 それは絶望へ。 それは闘争へ。
縋り付くは過去。 綴られるは今。 紡がれるは未来。
過去はあなたを離すことはない。
神力行使<<自縄自縛>>」
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白き光が魔王城から放たれる。
瞬きにも満たない時間だけの光に当たられるだけで、魔物は消滅した。
どどめ色の空は輝きに切り裂かれ、雲間から太陽の光がもたらされる。
白い光に当たらなかった魔物も、その体躯を黒色の液体に変え、地面へと溶けていく。
たった今、振り下ろした拳の標的が地面に溶けたのを見て、剣士シュベルトはつぶやく。
「終わった、んですね」
相手の首元めがけてとびかかり、喉元を掻き切ろうとした瞬間、対象が消え地面に投げ出される。
いててと、頭をさするティーは辺りの魔物が地面に溶けていくのを見て、
「終わったのか?」
空から常駐型魔法陣により、爆撃を仕掛けていたサラは、たった黒の水たまりが次々に現れるのを俯瞰し、
「……終わった」
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バラバラと城の破片が崩れ落ちてくる。
突っ込んだ時には、鋼鉄以上の硬度を誇っていた素材が、今ではおがくずのように空から降り注ぐ。
空から差し込む光のせいもあり、それは非常に幻想的だった。
勇者――レイドは、いつの間にか体が動くようになっていることに気付く。
体の痛みもない。
むくりと起き上がり、少し移動する。
先ほど魔王と、テラウがいた位置に。
頭に破片が落ちてくるが、頭に当たったとたんに灰のように崩れ去っていた。
風も吹き始め、とうの昔に風化していたかのように城の壁のところどころに穴が開き始めている。
風と灰の中、聖女――テラウがいた辺りをじっと見つめる。
座り込み、地面をさする。
手が灰まみれになる。
さする。さする。さする。さする。
ざらざらとした感触。
城の床も灰となったせいで、灰をかき分けて地面に到達したようだった。
「終わった。終わったのか……。これで全部終わり……」
空は青空となり、光は邪魔するものがなくなった勇者の元へと降り注ぐ。
「なにも……なにも、ないんだ」