ちょっとかご取ってみた
勇者召喚でクラスごと呼ばれたものの、戦えない樹璃明日君は王様達の庇護のもと、田舎の村で気のいい村人達に囲まれて『相棒』と平和なスローライフを送っています。
前作をご覧になっていただいていないと解らないかと思います。すみません。
直接的な残酷描写はありませんが、念のためつけています。
長閑な秋晴れの日、田中 樹璃明日は茸狩りの為に村近くの山に来ていた。
あ、やべ。このかご穴開いてら。
あ~……しょうがない、ここまで登ったけど戻って取りかえ……あれ?邪神様、いつの間に……てか、そのかごは?置いてきた方じゃ……はあ、なるほど、このくらいの距離なら触手を空間を“渡らせて”取ってこれると。
どうもありがとうございます、助かりました。
――ところで、このくらいの距離って大体どのくらいですかね?
この村から王都までの丁度中間くらいまで? あとちょっと“出口”が大きければ王都まで届くのに?
いやいや、十分ですって! めっちゃ凄いですよ、流石邪神様!超有能!
ぐしゃり
――――あの……今、なんか潰しました?
ちょっと離れたところに虫がいた? ペカペカしてバサバサしてキイキイうっとうしかったと。
あーそれは嫌ですよね、わかります。耳元で蚊が飛んでたりするとホントうざったいですもんねー。
なんか結構大きかったような感触がした気がしますけど、ええ、とりあえず人間じゃないみたいだから大丈夫。問題ナイです。
さーって、せっかく邪神様にかごとって貰った事ですし! はりきって茸採りますかね!
あ、夕食はてんぷらが良い? OK了解です。
「陛下、宰相殿、御前失礼いたします。ジュリアス殿より先だっての魔道具のお礼にと、手製のオレンベリーの果実酒が届いてございます。」
「相変わらずなんとも義理堅い少年でございますな。」
「うむ、全くだ。」
力なき民を守るは王の義務。ましてや、ジュリアス達はこちらの都合でこのような危険なところへ呼び込んでしまったのだ。できる限りの対応をするのは当然の事であるというのに……皆なんと心清く優しい子らであることか。
此度贈った魔道具とて、才女オオタの助力なくば完成にはあと数十年かかったと言われている物。むしろ、礼をするべきはこちらであるというのに……つくづく、わが罪の重さに圧し潰されそうだ。
――あの召喚時に感じた不吉な予感、特にジュリアスを見た瞬間に感じた悪寒にも似た恐怖は、己が罪業の深さを無意識に感じ取ったが故に違いない。
かくなる上は、何としてでも彼ら彼女らの誰一人欠ける事なくこの戦いを終わらせ、出来る限りの栄誉と報奨と平穏とを受け取ってもらわねばならぬ。
その為にも、非才の我が身を嘆く暇など無い。より一層励まねば……!
「もうひとつ、先ほど神聖教国からの使者としてクラボン枢機卿殿ご一行がお見えになりましてございます。」
「……また来たのか。」
「……あちらも、懲りませぬなぁ。」
思わず、宰相と揃ってため息をついた。
この世界の信仰の七割を占めるイティバーン聖教の教皇が治める、イティバーン・ダス神聖教国。別段、他の宗教を弾圧する訳ではないし、教えそのものはそう悪いものでもないのだが……有難迷惑と言うか、大きなお世話と言うか――悪意無く親切心で自分達の主義主張を押し付けてくるのが玉に瑕だ。
それでも勿論、ちゃんと分別のあるものもいて、王城敷地内にある中央聖教会の祭司長などは司祭時代に冒険者として世間にもまれた経験がある為かそのあたりの加減は十分心得ており、神聖術の腕は勿論人柄も大変良く皆にも慕われている。
――――だが、どうもここの所本国の方はあまり良い話を聞かない。
何年か前、イティバーン聖国に天使の加護を持つ青年が現れた。
異例の速さで神聖騎士団に入団し、神聖術にも剣技にも並々ならぬ才を見せ、いずれは最年少騎士団長か、枢機卿かと評判だった。
妖精の加護で何らかの能力を与えられたり、その助言で助けられているという者は偶にいるが、天使の加護などそうあることではない。
真眼を持つ判定の神官が、青年の肩を手を添えて並び立つ天使を視てその神々しさに思わず跪いたという話だ。
それからというもの……他国や信徒でない者へ、以前は見られなかった見下すような傲慢さが見え隠れするようになった。
天使の加護を持ち、才気溢れる若者。そのような者が同胞であればさぞ誇らしい事だろう。だが、誇る事と他を見下す事は違う。
まして当人でもない、ただ同じ国、同じ組織に属するというだけの者が、虎の威を借りて傲慢にふるまうなど愚かしいにも程がある。
勇者達が各地で戦果を上げ始めてからの事。
それまではさして関わってもこなかった神聖教国が、突然使者をよこした。
曰く――この世界に勇者達を遣わせしはイティバーン神の恩寵である。早急に教皇猊下のもとに集い、聖抜戦に赴くべし――と
断っておくが、召喚陣は神聖術でもなければイティバーン聖教とも何の関わりも無い。
しかも未成年の少年少女を聖抜戦になど正気の沙汰ではない。各地の単発的な魔物や魔族の討伐とは訳が違うのだ。
聖抜戦とは――魔王の首級をあげるまでは帰還ならずという不退転の戦いである。
はるか昔の、特に被害の深刻であった時代に時の神聖騎士団長が自ら選りすぐりの精鋭から志願兵を募り、引き留める教皇らを説き伏せて行ったのが一度目。
もう何百年も前に滅ぼされた国の王女であった女司祭長が、民と家族の仇を討たんとやはり生き残りの兵達から志願兵を率いて行ったのが二度目。
この永い戦いの歴史を紐解いても、ただ二回だけだ。
勇者達の活躍で状況が良くなりつつある今強行するような事ではないし、そもそも前例の通り志願であるからこそ――どんな建前があろうと血みどろの死を生み出すのが戦というものであるにも関わらず、その志に敬意を表して聖なると冠されているのだ。
神聖教国の教皇が命じるから、などという理由では断じてない。
どれだけ立派な教義があろうと、人の集まりである以上腐る時は腐るもの。
だが、それでも信仰の七割を占めるイティバーン聖教の総本山を表立って敵に回すのは難しく――――
「いつも通り直ちにガンクォ・ジーズィ祭司長様のもとへご案内申し上げました。」
「うむ、ご苦労。」
「ひとまずは安心でございますな。」
ガンクォ・ジーズィ祭司長は老いてなお矍鑠たる人格者である。
勇者達の召喚に関しても大層心を痛め、何かと気にかけてくれている。
職務の合間を縫って城下にいる者の様子を見に行ったり、王城に立ち寄った勇者達に飴をあげている姿も見受けられる。なんでも、丁度ひ孫くらいの年齢なのだそうだ。
という訳で、勇者達や民には好々爺、王はじめ国の重鎮には時に厳しく苦言を呈する事も出来る頼もしい先達であるのだが――ある意味遠慮のいらぬ、同じイティバーン聖教の同輩……それも、相手がそれなりに責任ある立場にいる者となると少々話が変わる。
ところで、イティバーンの教えの一つに『年功序列』がある。
これがまた所謂老害の温床になっているらしいが、ともかく年かさの者を無下にしてはならない、即ち敬うべしという決まりがあるのだ。
そして各国中央教会の祭司長ともなれば、その地位は本国の枢機卿と比べても勝るとも劣るものではない。
更にはガンクォ・ジーズィ祭司長はかつての勇者と共に戦った英雄の一人であり、下手すれば現教皇とて内心ではどうあれ蔑ろに出来ないような人物である。
そんな祭司長も流石に寄る年波には勝てないのか、最近は少々ボケ……もとい聊か物忘れが多くなっている。
例えば――たった今話した内容を忘れて同じ事を話しだすとか。
「今日こそ王に取り次いでいただきますぞ!このクラボンを妨げるは恐れ多くも教皇猊k
「おお、こちらでしたか枢機卿殿!ささ、参りましょう、うちの祭司長が首を長くしてお待ちしておりますぞ! いや、恥ずかしながら我ら浅学の身にて高尚な聖教の教えを議論するには役者不足でございましてな、枢機卿殿のような造詣豊かな方の来訪をそれはもう楽しみにしておられて」
「は、放せ!今日こそは王に勇者共の身柄をわたs「祭司長様ぁ――!枢機卿殿がお見えですぞぉ――!」せ…」
…バターン!!
「くおりゃ小僧! 仮にも枢機卿ともあろうものがその様はなんじゃ! 幼子でもあるまいに、手なんぞ引かれとらんでしゃっきり歩かんかい!」
「ひぃっ!こ、これはジーズィー殿…」
「最近の若い信徒はなっとらん! 大体あの鼻たれが教皇になってから『イティバーンの教えを説き広め、諸人の規範となるべし』という幼子でもわかるような事が疎かになって――(中略)――ひいては崇高なるイティバーンの第28聖典139章594節の御言葉にある灰の小鳥に表される惑い人の逸話の解釈に――(中略)――これだから最近の若い信徒はいかん!大体あの鼻たれが教皇に(以下エンドレス・リピート)」
つまり、年寄りの長説教(回避不能)というやつだ。
更に質の悪い事に、老いたりとは言え元英雄。体力だけならその辺の騎士よりあったりする訳で。
結果、『耐久☆SEKKYOU☆???時間!~君はどこまで耐えられるか~』開幕である。
ちなみに前回挑戦者(強制)、聖騎士団第二師団長とやらは一日半で「イティバーン神バンザイ。」しか言わなくなった。
――――だが、
「加護付きの聖騎士が密かに入国していただと?!」
「はっ! 国境を通過した直後にクラボン枢機卿とは単独で別行動をとった模様です。」
夕刻にもたらされたその知らせに、王は苦汁を滲ませる。ご丁寧に連絡を遅らせる工作をされていたようだ。
「陛下、これは……」
「迂闊……! クラボン枢機卿は囮であったか!」
イティバーン聖国も完全に一枚岩という訳ではない。祭司長のような良識派は残念ながら少数派だが、加護付きの聖騎士派閥に比べれば現教皇はまだ保身もあって慎重な方だった。
最近では狂信的とまで言われている聖騎士派は、全ての民がイティバーン教に何もかも捧げて尽くすのがあるべき姿だと公言している。
ここだけの話、魔王討伐の資金徴収に応じなかった商家を従業員ごと焼き払ったなどという噂さえあるのだ。
至急勇者達に知らせは送ったが、夜になってしまえばどうしても動きに遅れが出る。
それでも勇者達に直接当たるのならばまだしも、戦闘系の能力の無い者や、ましてや何の力も無いジュリアスを狙われて人質にされてしまったら――!
「かの聖騎士の来訪はこちらに知らされておりませなんだ故、『不審者』として手配をかけております。その探索に混ぜて勇者様方の所に早馬を走らせておりますが……」
「無事であってくれ……!」
このような時に祈るしかできぬわが身が口惜しい。
だが、万一の事があれば――何、王太子はまだ若いが周囲の助けがあれば何とでもなろう――この首、この玉座にかけても断じて彼等を聖教国のいいようになどさせはせん!
「もしもの時は……頼むぞ、宰相。」
「――ははあっ!」
言い知れぬ不安を抱えて、王都の夜はふけていった。
少し空気の冷える早朝の事、街道の町の騎士詰め所のドアベルが響いた。
「おはようさん、ちょいといいだかね。」
「おお、おはようヨハン――その男はどうした?!」
馴染みの農夫が手を引いて連れてきたのは、泥だらけだが立派な鎧にローブを纏った若い男。
元はさぞ美しかったろう金髪は砂まみれ。虚ろに濁った青い目と、半分開いた口の端から涎を垂らしてさえいなければ、年頃の娘がさぞ騒ぐだろう整った顔立ちはこの辺のものではなく、もっと西の方……イティバーン・ダス神聖教国あたりのものだ。
「いやあ、朝市に出すカボチャさ馬車に積んで、いつもどおり村を出たんだがよ? ほれ、あのおっきな楠のあるとこでこの兄さんが道っぱたに転がってただよ。はあ具合でも悪いんかと思って声かけたんだけんど、どーもこーも訳わかんねえ事いうばっかだで。ここらじゃ見ねえ形しとるし、怪我はねえみたいだけんども、放っといて風邪でも引いたらいけんからカボチャといっしょに積んできただよ。」
何より――その鎧に象嵌された紋章は聖教国の聖騎士のもので。
昨夜密かに手配が回ってきた不法入国の聖騎士で間違いはないだろう。
だがどう見ても尋常ではないこの様子はいったい……?
「――あ、ありがとうヨハン。こちらで身元を照会してみるが、その、訳が分からないと言っていたが、どんな言葉だったか覚えているか?」
「なんかよう、カゴがーとか天使がーとかバカなーとかブツブツ繰り返してただよ。籠の天使様てなんのこっちゃろか。」
「そ、そうか……」
「まだ若えのに気の毒になあ。狐にでもとっ憑かれなさったんだかねえ。」
作中に上手く入れられなくてこんなとこに書きますが、この世界基本多神教なので天使というのは『イティバーン神の眷属』でしかありません。
聖騎士についていた天使の加護というのは、天使が対象を気に入ったり同調したりして半分寄生している状態です。なのでそれを突然毟り潰されてしまったショックであんなんなってしまいました。
…まあ、冒涜的な触手に触れてしまってアイデアロール成功なのもありますが。