夢見る少女と虹色の物語
何から話しましょうか?
やっぱり初めは赤龍伝説からにしますか? 何と言ってもレイムロットの存在を世に知らしめたと言われる物語ですからね!
正当派の物語なら氷の大巨人伝説や山喰いの大蛇伝説も捨てがたいですけど……。
へ? わたしの話ですか?
わたしの話なんてどうでもいいじゃないですか、それよりわたしが厳選したレイムロットの話ですよ!
いや、その……だってなんだか恥ずかしいといいますか……。
わ、わかりましたよ、話しますよ、もう。
……わたしが初めて英雄レイムロットの物語に出会ったのは十年以上も前のことです。
夜寝る前に母が語り聞かせてくれたレイムロットの伝説に、子供だったわたしはすっかり夢中になりました。
誰にも負けない力と優しさを兼ね揃え、世のため、人のために闘う彼の生き様は、わたしの心を鷲掴みにして放しませんでした。
次の日も、その次の日の夜も、わたしは母にねだってレイムロットの話を聞かせてもらいました。
……ふふ、今思うと結構しつこかったんじゃないかと思います。
火を吐くドラゴン、山より大きな巨人、闇の魔王の軍勢……人々を苦しめる幾多の悪と闘った彼は最後の闘いの後に、その功績を女神に認められ、一つだけ願いを叶えて貰える権利を得る。彼は永遠に平和な世界を願ってこの世を去った……というのが物語のあらすじです。
諸説ありますけどこの女神様っていうのはアリシア様だと言われています。
創造と運命を司る女神様で、古い物語では偉業を成した人々の願いを叶える存在として人界に登場することが多いです。
それこそ神話の話ですけど、不老不死とか、巨万の富とか、死んだ人を生き返らせたなんて話も……って、いくらクローバーさんでもアリシア様は知ってますよね?
そうですか、安心しました。アリシア様まで知らなかったらこの世界の人間なのか疑うところでしたよ。聖教連の教徒じゃなくても知っていて当たり前ですからね。
……そうだ、もし本当にどんな願いも叶えて貰えるなら、クローバーさんならどんなお願いをします?
え? わたしですか?
そうだなぁ……やっぱりレイムロットに会ってみたいですね!
あ、今笑いましたね? そりゃ、たしかに予想通りの答えだったでしょうけど……。
……って脱線しちゃいましたね、すみません。
えーっと、わたしの小さい頃の話に戻しますね。
毎晩の母の話だけでは物足りなくなったわたしは、レイムロットについてもっと知りたくなって一生懸命読み書きを覚えました。近所の古本屋は勿論、毎日街の図書館に通いつめてレイムロットの本や伝記、文献を読み漁りました。
数えきれない本を読んでわかったことは、レイムロットという人物が多くの謎に包まれているということですね。
どういうことか気になります?
えー、なんですか、つれないなぁ……。
コホン、まず人物像がはっきりしていないんですよ。
細身の青年だという説があれば、筋骨隆々の巨漢だという説もあるし、美しい女性だという説も、東の島国のサムライという剣士だったなんて説もあります。
それと彼は『白雷の二天剣』と称される白い雷を宿した二振りの剣を使った、という言い伝えが最も多く残されているんですが、別の文献では身の丈を大きく超える大剣を、また別の文献では美しい三又の槍を……という具合に、文献によって彼の容姿も象徴する武器も全然違うんですよ。
そもそも『レイムロット』という名も彼の活躍を人々が称賛し、当時の大国の王が与えた騎士名らしく、彼の本名ですらないみたいで……そんなことだからレイムロットという人物は本当は存在せず、昔の人達が造り出した偶像なのではないかと説く歴史学者も少なくはないんです。むしろ最近はレイムロット偶像派の学者の方が多いくらいですかね。
クローバーさんはどう思います?
……ふーん、結構ロマンチストなんですね。でもちょっと嬉しいです。
子供の頃のわたしは憧れの偉人が本当は実在しなかったのかもしれないなんて本を読む度に、悲しくなって泣きそうになりました。
けど、少し大きくなると彼の存在の真偽なんてどうでもいいことだって考えるようになったんです。
勿論、実在した方が良いに決まってますけど、もしレイムロットが想像上の人物だったとしても、わたしにとってのレイムロットは確かにわたしの中に存在しているんです!
きっと昔の人達もこんな英雄がいたら、という願いを込めてレイムロットという理想の救世主を造り出したんだと思うんです。実在はしなくとも、レイムロットの逸話が全て作り物だったとしても、彼が人々に希望を与えたことは確かな事実なんだって、そう考えるようになったんです。
……ふふっ、ありがとうございます。
わたしもそうだったらいいなぁって思います。
そんなふうに考えていたある日、わたしは一つの決意をしたんです。
わたしも彼のように、人々の心に希望の光を灯してあげられるような人間になりたいなって。
それでわたしはローゼルク騎士団の最高騎士『白勇騎』の従者である『星天従士』になろうと決めたんです。
……う、やっぱりそこに突っ込みますか。
さっきも言いましたけど歴代の白勇騎のほとんどはローゼルク騎士団出身の騎士なんです。
でも、わたしは剣より魔法が得意だったので魔導士として星天従士になれたら、その方がたくさんの人の役に立てるかなと思って。
それに白勇騎は何代も前のローゼルク王がレイムロットの伝説に感銘を受けて、当時のローゼルク騎士団長に与えた称号で……レイムロットと重なってしまって、もしもわたしが白勇騎になれたとしても、その名を名乗るのはなんだかおこがましくて思えて。
……と、そんな訳でわたしは魔法の勉強を始めたんです。
街の魔法教室で魔法の基礎を学んで一年もする頃には、六式八系の魔法はほとんど修得していましたね。先生が推薦状を書いて下さったおかげでもありますが、王都の第一魔術学園に入学することができたのは本当に嬉しかったです。
なんと言っても図書館の蔵書量が国内最大で……あはは、お察しの通り図書館で魔法学の本に負けない量のレイムロットの本を読みましたね。
で、でもちゃんと勉強もしましたよ!
自分で言うのもなんですけど成績は良かったんですよ!
そしてめでたく第一魔術学園を卒業したわたしは、この前行われた星天従士の選抜試験に合格して……ってここからはもう知ってますよね。
わたしを星天従士に指名したのはクローバーさんなんですから。
あの、クローバーさん、一つ聞いてもいいですか?
……なんであの時わたしを星天従士に指名してくれたんですか?
とっても嬉しかったし感謝もしてますけど、その……わたしよりずっと強い人もずっと頼りになる人も候補者にいたのに、なんでわたしを選んでくれたのかなって、気になってたんです。
…………へ?
な、ななな、何言ってるんですかぁ⁉ ふざけないでください!
か……可愛かったからだなんてそんな面と向かって……。
え? そういう意味じゃないって?
………………。
からかわないで下さいよ! もう!
はぁ? ……『夢見る女の子だったから』……?
まともな答えなんて最初から期待してなかったですけど、それにしたって意味不明です。
納得のいく内容じゃないとやはり腑に落ちないというか……って、わたしの話なんてもういいじゃないですか!
いーや、よくないです!
わたしが星天従士になったからには、クローバーさんにはせめてレイムロットの足下には及ぶくらいの立派な騎士になってもらいますからね!
そのためにもレイムロットには詳しくなってもらわないと!
さて、じゃあやはり最初は…………って、え? もう着いた?
あ、一人で先に行かないで下さいよ!
地図もコンパスも持ってないのにどこに行くつもりですか⁉ 待って下さーい!