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王子と魔女

――――とある湖畔の屋敷


「……僕を捕らえてどうするつもりですか?」


 青年は目の前の女に尋ねた。


「どうもしないわよ」


 ニコリと笑うと女はお気に入りの椅子に深くもたれかかる。


「僕がレイテムリア公国の第二王子ハインス・デルフィード・ムリアだと存じているのですよね?」

「それは勿論、赤の他人を連れてきた覚えはないわ」

「……ならば目的はなんです? 身代金の要求ですか? それとも僕の命を革命のための見せしめにでも使うつもりですか?」

「ふふ、そんなことしないわよ」


 女はすぐ近くのテーブルに置いてあったワインボトルへ手を伸ばすと、おもむろに栓をあけ綺麗に磨かれたグラスへ酒を注ぐ。


「お金が人を不幸にすることはあっても、お金そのものが人を幸福にすることはないわ。それに私は国や世界をどうこうしようだなんて革命にも興味がない。そんなものは葡萄酒より自分に酔うのが好きな自己陶酔家がすればいいことだもの」


 微笑みながら語る女を見て、青年は「本心から言っているのだろう」と納得してしまった。そう思ってしまうほど彼女の眼には卑しい濁りが感じられなかった。

 しかし、何故自分がこうして誘拐されたのか、その理由はますますわからなくなった。

 昨晩いつものように王子としてのささやかで退屈な仕事を終え、就寝のために自室に戻ってきたところまでは覚えている。扉を開けると妖艶な女性―――目の前にいるこの女だが―――が自分の部屋でくつろいでいたことも。兵士を呼ぼうと喉を震わせようとしたところで意識が途切れたことも……。

 そして気が付けば青年はどこの誰とも知れない女の家にいた。民家、というよりは小さくても造りの立派な屋敷の一室に。

 青年が自身の境遇について考えていると女が声をかけてきた。おそらく青年の疑問をその眼から察したのだろう。


「ねぇ、貴方は鳥カゴの中にいる鳥を見て何を思う?」

「……鳥カゴの鳥……?」

「そう。毎日を何不自由なく過ごすカゴの中の鳥は、果たして幸せなのかしら? 生物として生存のために必要なものは全て揃っている。食べるものも寝る場所も与えられ、きっと時が来れば素敵なフィアンセも与えられるのでしょうね。生きるための困難を一切味わうことのない生活……それは生物として至上の幸福なのかしら? それとも……」


 そこまで言って女はグラス越しに青年を覗く。

 ガラスに映る歪んだ青年の顔を楽しげに見つめ、続きの言葉を紡いでいく。


「それとも……空を飛ぶという生来の自由を奪われたカゴの中の鳥は、不幸なのかしら? 狭い鳥カゴの中で生きることを決められ、広大な空へと羽ばたく翼をもがれた鳥は、死にも等しい不自由で縛られた不幸の中で生きるのかしら?」


 青年は女が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。

 いきなりカゴの中の鳥がどうだの生物の幸福がどうだの言われても、今の自分の危機的とも言える状況を思えばそんな話は知ったことではない。

 だが、少しの沈黙の後に答えた。


「……どんな経緯でその鳥がカゴの中で飼われるようになり、どんな人間に飼われるのかはわかりませんが、きっとそれがその鳥の役目であり運命だと思います。自由や不自由、幸や不幸なんて関係ない。鳥カゴの中がその鳥にとっての唯一の世界なのだから、きっとその世界に疑問も不満も抱くことはなく、一生を過ごすのではないですかね」


 答え終えてから自分が下らない質問に真面目に答えていることに気付き、青年は自身にひどい嫌悪感をおぼえそうになった。


 しかし、目の前の女の満足そうな笑みを見ると、そんな思いはどこかへ吹き飛んでしまった。


「…………やっぱり、貴方ならそう言うと思ったわ」


 女はそう言ってグラスに残っていた酒を一口にあおった。


「……貴女は一体……」


 女の充足感に満ちた瞳を見て、青年は何を考えるでもなくそう問いかけた。心のままに。

 軽くウインクすると女は彼の問いに答えた。


「私は黄昏の魔女よ。これからよろしくね、王子様」

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