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誰が為の牙か

――――紅魔の森・深部


「た、楽しくなってきたって遊びじゃないんですよ⁉」


 絶望的とも言える状況に対し、楽しいだなどと不謹慎なことを言うアルハに、ムースは思わず批難の声を浴びせる。

 一頻り大声で喚いて若干ではあるが平静を取り戻した彼女は、状況を整理してこれから自分達がとるべき行動を考える。


「こんなのわたし達だけではどうにもできません! 今すぐローゼルク騎士団に救援を頼まないと!」

「援軍を呼ぶのは賛成だけど、その援軍が来るまで誰がこいつの相手をするんだ?」

「そ、それは……」


 たしかにアルハの言う通りだった。もはや災害とも言える魔獣との闘いとなれば、ローゼルク騎士団の救援が必要なのは事実だが、戦力が整うまでの間この怪物を野放しにすることをできないのもまた事実だ。

 もし自分達がこの場からいなくなれば、赤龍は紅魔の森だけでなく、周辺の街までもその炎で灰に変えるだろう。

 巨悪を討つための最小限の犠牲と考えることもできるが、ムースにはそう簡単に割り切れる話ではなかった。

 アルハにこの場を任せてムースだけが城に戻る、という方法も勿論可能だろう。だが、真面目な彼女には、仲間を一人だけ残して自分は危険から離れるという考えは初めから選択肢には入っていなかった。


「腹くくれ。大丈夫だ、なんとかなるって」

「何を根拠に……」


 アルハの根拠のない励ましは、かえって彼女の不安を煽ることになってしまった。


  ◆


 一方で黄昏の魔女は浮遊魔法で空高く浮かび、自らが蘇らせた凶暴な魔獣をうっとりと眺めていた。

 大事な観客であるハインスは、紅魔の森が一望できる小高い丘の上に退避させ、魔女が展開した強力な防壁魔法がその身を護っている。差し詰め彼専用の特別観客席といったところか。

 これからこの伝説の生物がどんな破壊の芸術を自分に見せてくれるのか、想像しただけで魔女の血潮は熱く踊る。

 興奮を抑えきれないとばかりに声高らかに叫ぶ。


「さぁ行きなさい、血染まりの赤龍よ! 在りし日の欲望の赴くままに!」

「グアアアアアア!」


 魔女の魔法によって蘇生された赤龍だが、完全に彼女の支配下に置かれているというわけではない。

 魔女の声に合わせるように彼が雄叫びを上げたのは偶然であろう。

 地平の彼方まで響こうかという咆哮を轟かせ、彼は手始めに自らの周囲を焼き尽くそうと決めた。思い切り息を吸い込み肺を空気で満たすと、生前持て余していた破壊衝動に身を任せ、灼熱の業火を容赦なく吐き出した。

 赤龍にしてみればアルハ達など蟻にも等しい小さな存在だ。彼ら目がけて炎を放ったわけではないが、巨龍の炎は彼らにも津波のように襲いかかる。



「こりゃやばいな」


 そう言うが早いか、アルハは灰髪の男との闘いで見せた特異な創造魔法を瞬時に発動させる。


「力を借りるぜ、『サーシャ』」


 しかし、今度展開された魔法陣からその姿を現したのは燃える炎の剣ではなく―――海より深い蒼の一本の美しい槍だった。

 素早くアルハが足下に槍を突き刺すと、目の前に巨大な水壁が立ち上がった。

 赤龍によって放たれた火炎を水壁が盾となって受け止め、炎との接触面では水が凄まじい勢いで蒸気となっていく。

 だが、絶えず立ち上る分厚い水壁はその勢いを弱めることはなく、赤龍の炎を見事に防ぎ切った。


「へぇ、便利なもんだな」


 避けようと思えば避けられた攻撃だったが、アルハが何をするのか見物していた男は素直な感想を述べた。

 直上へと吹き出した水が雨のように彼に降り注ぐ中、ムースは今起こったことが信じられないというように驚愕の表情で固まっている。アルハが赤龍の炎を真っ向から防いだことへの驚嘆というよりも、未確認生物を見たかのような驚きぶりだ。


「そんな……あり得ないです!」

「どうしたの?」


 尋常ではない驚きぶりにフランベルが尋ねると、ムースは早口で自らの常識を語り出す。


「創造魔法で造り出せる魔導具は原則一人につき一つ。複数の創造魔導具を扱える人も極まれにいますが、純粋な出力を犠牲にして初めて可能となるもので……えーっと、つまり炎の創造魔導具を使うクローバーさんが、こんなに強力な水の創造魔導具も造り出せるなんて絶対に不可能なんです!」


 魔法に詳しくないフランベル達は「ふーん」だの「へぇ」だのその程度の反応だったが、魔法科学に精通しているムースにはその異常さが未だに信じられない。

 どれほどの種類の魔法を扱うことのできるかは、人によってその容量が先天的に決まっており、その数は魔力量に比例すると言われている。

 例えるならば真っ白なノート。

 単純な魔法ならば一行、複雑な魔法なら二、三頁……というように、魔法を覚える度にノートは術式で埋まっていき、ノートの量を超える数の魔法を覚えることはできない。

 魔力量の多い者はそれだけ大きく分厚いノートを持つことになるため、たくさんの魔法を習得することが可能となる。

 だが、創造魔法はこの魔力のノートを割合で消費する。

 その割合はおよそ七~九割と言われており、薄いノートを持つ者も、厚いノートを持つ者も、同じ割合を習得のために消費するのだ。十頁のノートならば七~九頁、百頁のノートならば七十~九十頁、と魔力量が多い者ほど創造魔法の習得に必要とする容量が大きくなる。

 多くの容量を創造魔法に費やすため、強力な創造魔法を扱うことが出来るという利点もあるが、その反面で多彩な魔法を覚えることのできる可能性を犠牲にすることにもなる。

 そのため、ムースのように魔導士として魔法での戦闘を好む者は、あえて創造魔法を習得しない場合が多い。

 アルハが創造魔法として炎の剣を使うことを知っているムースは、魔力の容量の観点から見て、水の槍までも使うことができるのはおかしいと言っているのだ。

 ノートの例えで言うならば、一人一冊しか持てないノートを二冊も持っているような話だ。

 彼女の言うようにあり得ない話である。

 それと同時に彼女の中でアルハに対する疑問が急速に膨らんでいく。

 実力があるとはいえただの旅人が最年少で白勇騎になれるものだろうか? 化け物じみた灰髪の男にも引けを取らない力は一体? そして魔法理論を無視した創造魔法の正体は?


「クローバーさん、これはどういう……いえ、あなたは一体何者なんですか?」


 膨れ上がった猜疑の念にムースは「どういうこと」ではなく「何者なのか」と聞き直してしまった。

 淡い光の粒子になって消える水槍をそっと手放しアルハは振り返る。


「そうだな……」


 そして少年のものとは思えない不敵な笑みで彼女に告げる。


「教えてやってもいい、だから当ててみろ」


  ◆


 そんな彼らのやり取りなど知る由もない魔女は、上空から不満げに独り言を呟いていた。


「あら、燃え尽きなかったのね、残念だわ」


 全てを灰にするという赤龍の炎は魔女から見ても伝説に違わぬ熱量だった。

 にもかかわらず、彼らが無事であるということは、その獄炎を防ぐ魔法の使い手があの中にいるのだろう。

 赤龍が暴威を振るい虐殺の限りを尽くすだけよりも、反抗する人間達を絶望の底に叩き落とすシナリオの方が彼女の好みではあった。だが、せっかく用意した舞台の進行が滞ることは思わしくなかった。

 魔女が地上へと手をかざすと、またも遺跡全体を不気味な魔力が覆い始める。

 赤黒い霧状の魔力は、ハインスが経験した死の魔力にも、赤龍を復活させたおぞましい魔力にも酷似していた。

 馬鹿げた演劇の脚本家である狂った女神は鼻歌まじりにそっと微笑む。


「少しエキストラを出そうかしら。お相手は……あのお嬢さんがよさそうね」


  ◆



「こ、今度はなんですか⁉」


 辺りを包む怪しい魔力を察知し身構えるムース。アルハも灰髪の男も不穏な空気に警戒している。

 すると地を這うように充満する霧状の魔力の中から何かが現れた。霧に隠れて現れたというよりは、その場から生み出されたような、地面から這い出てきたかのような、そんな印象を見る者に与えた。

 人型のその何かは紫色に変色した生気のない肌をしており、眼は血走って真っ赤に充血している。とても正常な人間とは思えず、墓場から蘇った亡者を連想させる容姿である。

 人型の何かは際限なく沸き上がり、何人も何十人も、気が付けばアルハ達を取り囲んでいた。

 息づかいの荒い者もいれば、焦点の定まらぬ瞳でうわごとをぶつぶつと呟く者もいる。


「何こいつら⁉ きっも!」


 フランベルの嫌悪感丸出しの叫び声に反応した近くの一匹が、突然彼女へと突進してきた。


「きゃっ!」


 咄嗟に身を屈めて避けることに成功したが、亡者は勢いそのままに近くに転がっていた遺跡の残骸に激突した。

 頭から直撃しては無事ではないと思われたが……無事ではなかったのは岩で作られた遺跡の残骸の方であった。

 亡者の頭突きを受けたところが大きく陥没しひび割れている。それだけの勢いで直撃を受けたということだ。

 一方の亡者はというと、脳天から血が噴き出し顔を真っ赤に染めてはいるものの、痛みはないようで、おぼつかない足取りでフランベルへとにじり寄って来る。


「ちょ……なんなのこいつら⁉ こ、こっち来るんじゃないわよ!」


 悲鳴を上げながら全速力で駆け出すフランベル。

 その声に集まって亡者達も彼女へ群がっていく。 


「ムース、こいつらどう思う?」

「……おそらくあのドラゴンと同じように、黄昏の魔女の魔法によって死してなお動かされる亡者の兵士でしょう。感情だけでなく痛みも恐怖もなく、ただ魔女に従う存在かと……」

「なるほどね、なかなか素敵なご趣味をお持ちのようだ」


 冗談っぽく言ったアルハだがその口元に笑みはない。

 赤龍を見るとこの森を焼け野原にしようと辺り構わず火球を吐き出している最中だ。このままでは亡者の群れを相手取りつつ、魔女と赤龍を止めなければならない。

 ただ彷徨うだけの存在なら無視することもできるが、亡者の群れは先ほどからフランベルを執拗に追っているように見える。脅威となるかもしれないアルハ達の戦力を分散させようというのが魔女の魂胆だろう。


「おい灰髪」

「あ?」


 不意に自分を指すであろう単語を呼ばれ、男は不機嫌そうに返事をする。


「こいつらはお前に任せる」


 アルハの言うこいつらとは無論亡者達のことだ。だが、男の興味は有象無象の死者達にはなく、暴虐の限りを尽くさんとする巨龍へと向いている。


「……オレに指図するんじゃねぇ。オレは今あのデカブツを壊してぇんだ」

「お前ならなんとかなるかもしれないけど、このままだとフランベルが危ないだろ?」

「ハッ、あの女のことなんざオレが知るかよ。そんなに気になるならお前が護ってやりゃいいじゃねぇか」

「ほほう、お前は自分のことに手一杯で女の子一人護れないってことか?」

「んだとテメェ……いいだろう、魔女も龍も関係ねぇ、まずはテメェから血祭りに……!」


 安っぽい挑発が怒りの琴線に触れ、男は眼に殺気を携えてアルハを睨んだ。

 だが、アルハはというとそんな男の威圧感にまるで動じることもなく、侮蔑も嫌悪もない澄んだ瞳で男を見返してきた。


「護ってやれよ」

「何を……」


 あまりに真っすぐな眼差しに男は言葉に詰まる。

まるでこの世の真理を聞かせるかのように、少年は言う。


「大きな力を持つことに意味があるんじゃない。例え小さな力でも、それをどう使うかに意味があるんだ。……ってな、昔人に言われたことがある。なぁ、お前はどうだ? その力で何をしたいんだ?」

「オレは……」


 アルハの問いに男はすぐには答えられなかった。

 「暴れたい」とでも答えれられれば楽だっただろう。

 だが、それが本当に自分のしたいことではないと男は心のどこかで気付いている。

 でも、どうしたいのかはわからない。

 だから壊す。だから闘う。そうしている時だけはそんなことを考えなくて済むからだ。

 有り余る力をどう使うのか、どう向き合うべきか考えることが面倒で、鬱陶しくて、本能に心を委ねることで目を背けてきた。

 こうして少年に問われたことで、男は今まで見ないようにしてきた大きな何かを直視することになった。

 それが弱者の言葉ならば、下らない戯れ言だと鼻で笑ったに違いない。

 しかし、今彼の目の前にいる少年は自分と対等な力を持つ存在だ。

 その少年に自らの力の使い方を問われ、男は何も言い返せなかったのだ。


「お前には力がある、誰にも負けないくらい強い力が。お前の力は自分のためだけに使うには大きすぎるし、勿体ない。だから護ってやれ」

「…………」


 男の心を見透かすようにそう言って彼の胸板を拳で軽く叩くと、少年は巨龍へと駆けて行く。

 近くの樹海を文字通り炎の海へと豹変させた赤龍は、次なる破壊を求め上空を旋回している。


「お前らも魔女に用があるんだろ? 俺達が魔女を取っ捕まえたらお前達の手柄ってことにしてやるさ。あっちのでかいのは俺と可愛い相棒がなんとかするからこっちは頼んだぜ」


 二人のやりとりを黙って聞いていたムースだったが、アルハが突然無茶なことを言い出したものだから慌てふためいている。

 不満の抗議をしながら彼女もアルハに続いてその場を去って行った。



 ―――護ってやれ。



 少年の言葉を思い返し、男は馬鹿馬鹿しいと思う。自分の力は自分のためにある。それを他人のために使ったところで何になるというのだ。

 今までそう思って生きてきたし、それがこの世界の摂理であり、疑いようのない真理であると男は思う。

 だが、何かが胸に引っかかる。もやもやする。言葉にできない。


(クソッ、あの野郎意味のわからねぇことほざきやがって)


 ふとフランベルを見ると襲い来る亡者の群れをなんとか躱しつつ逃げ回っていた。

 しかし、その逃げ方はどこか不可解だった。遠くに逃げるでもなく、上手く岩を盾にしたりして、ぐるぐるとこの周辺を回っているようだ。

 しばらく見ていて男はその理由がわかった。どうやら彼女は亡者達から逃げてはいるものの、この場から離れるつもりはないらしい。まるで何かを待っているみたいに。

 そして先ほど森の中で彼女が野獣に襲われていた時のことを思い出した。


(……そういえばアイツあの時もこんな逃げ方してやがったな)


 男は地を蹴り高く遠く跳躍するとフランベルの前へと降り立った。

 目の前に現れた男を見て、フランベルは息を切らしながら説教する。


「ハァハァ……よーやく来たわねこの馬鹿! 遅いっての!」

「……なぁ、お前なんでここから逃げねぇんだ?」

「は?」


 突然の問いかけに困惑するフランベルに、男は自身の疑問をぶつける。


「オレはお前を助けるつもりも護るつもりもねぇ。むしろお前にここでくたばってもらえば晴れて自由の身だ。……そんなオレがお前のことを助けるだなんて、本気で思ってんのか?」


 自分でもおかしなことをしていると思った。

 こんな質問などせずに、この女がさっさと亡者の群れに襲われて死ぬのを眺めていればそれでいいはずなのだ。

 だが、男はどうしても聞きたかった。この憎らしい女が何を考えているのか、その答えを。


「助けるわよ」


 一瞬の間も空けずフランベルは言った。

 その声には自信が溢れている。疑うことを知らないその瞳は先ほどのアルハとよく似ていた。


「アンタは死刑になってもおかしくない大罪人で、一生かけても償えないくらい沢山の人を殺してきたクソったれの殺人犯よ。おまけに目つきも悪いし、気が利かないし、煙草臭い、最低の大馬鹿野郎だわ。まず女の子にはモテないし、ドブネズミの方がまだいくらか気品があるってもんよ」


 一気に誹謗の言葉を捲し立てるフランベル。あまりの言い草に男が苛立ち反論しようとしたところで、彼女は優しい声で最後に付け加えた。


「……でも、多分本当は悪い奴なんかじゃない。短い付き合いだけどそれくらいわかるわよ」


 疲労と恐怖で顔を引きつらせながらも虚勢の笑みで男にそう言ってみせた。


「それにこのあたしの下僕なんだから、アンタが何と言おうがアンタはあたしを助けるの! ご主人様の命令は絶対って言ったでしょ!」


 すぐにいつもの横柄な態度に戻った彼女を男はただ見つめる。何と言っていいのかわからずただ見つめる。

 そしてフランベルもただ男を見つめる。男が自分を助けてくれることを勝手に信じ切っている眼だった。

 二人がそんなやり取りをしている間に、亡者の一匹がフランベルのすぐ背後まで迫っていた。

 振り上げた拳は間もなくフランベルの頭部に打ち下ろされ、容易く彼女の頭蓋を砕くだろう。

 背後に迫る身の毛もよだつ気配から彼女もそれはわかっているはずだ。

 だが、彼女は動かない。ただ迷いなく、男の瞳を見つめる。


「……チッ、どいつもこいつも好き勝手言いやがって……」


 小さくそう呟くと男は素早く拳を繰り出した。

 男の一撃はフランベルの背後にいた亡者の顔面へ直撃し、そのまま彼を殴り飛ばす。

 強烈な突きを受けて顔面を四散させながら吹き飛んだ亡者は、遺跡の大岩にぶち当たると不快な音と共に赤い染みになった。


「上等だ! おい女、よく聞け!」


 ゴキリと指を鳴らし灰髪の男は叫んだ。その声に普段の苛立ちは感じられない。

 男自身不思議だったが何かが吹っ切れたような開放感さえあった。


「いいか、お前はオレが必ず殺す! 何がなんでも絶対だ! 他の奴に殺されるなんてこのオレが許さねぇ! だからこのクソ首輪とおさらばしてオレがお前を殺すために、オレ自身の自由のために、オレはお前に力を貸してやる。それまでせいぜいオレのことを上手く使ってみやがれ!」


 男の言葉を聞いていたフランベルは溜め息と共にやれやれと首を振る。


「自由になるために手を貸すが、自由になったらお前を殺す」などと宣言する馬鹿がどこの世界にいるというのだろうか。あまりに支離滅裂で整合性がないにもほどがある。

だが、呆れるでも嫌悪するでもなく、フランベルは声を弾ませて返した。


「ったく、ご主人様に対する口の聞き方がなってないわね……まぁいいわ」


 襲い来る亡者と対峙する灰髪の男に向かって声高く叫ぶ。


「命令よ、ウォルフ! この死にぞこない野郎共を一人残らずぶっ飛ばしちゃいなさい!」

「ハッ、巻き込まれて怪我すんじゃねぇぞ! 馬鹿女が!」

「ばーか、怪我させないまでがアンタの仕事よ! 馬鹿犬!」


 男がフランベルの言葉に背を押されるように踏み出すと、身体が今までにないくらい軽く感じられた。

 絶えず彼を苦しめ続けていた苛立ちも、今は何故か消えている。



 一匹の猛獣は、かつてない感情を胸にその拳を振るう。

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