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全く似てない似た者同士

――――紅魔の森


「ホントごめんなさいねー、ウチのウォルフが迷惑かけて」

「だからオレはそんな名前じゃねぇって……」

「うっさいわね、てゆーかそもそもアンタが謝るべきでしょうが!」

「うごは!」


 小突かれた頭を地面にめり込ませる男が先ほどの暴れ狂う野獣と同一人物とは思えず、ぽかんと口を開けるアルハとムース。

 突然現れた女に引きずられて戻ってきた男は、アルハとの闘いでも見せたことがない表情で激痛に悶えていた。

 今の女とのやりとりでも後頭部を抑えて悲痛な呻き声を上げている。


「あ、驚かせちゃった? ちょっと特殊な事情があってね、コイツはあたしに手も足も出せない上に、あたしはコイツをボコボコにできる魔法がかかってるの。あなた達にとってはあたしはただの超美人なか弱い女の子だから安心してね」


 パンパンと両手を鳴らし、地に這う男を踏みつける。


「ホラ、さっさと立ちなさいよ」

「テ、テメェ、絶対いつか殺してやるからな……」

「……挨拶が遅れたわね。あたしはフランベル。フランベル・ロータスよ。こっちはあたしの下僕、兼奴隷、兼護衛のウォルフ」

「誰が下僕だぁ! それとオレの名前はごべば!」

「ごべば? じゃあ今度からゴベバって呼べばいいのかしら? オホホホ!」


 高笑いをするフランベルに頭を脚で押さえつけらた男は、地中でもごもごと何か叫んでいる。

 殺されかけていた相手ではあるが、あまりにぞんざいな扱いにムースはなんだかいたたまれなくなってきた。


「えぇっと、ロータスさんってもしかして聖教連の?」


 彼女のネックレスに刻まれたマークを見て、彼女が教会の人間だということはすぐにわかったが、その姓を聞いてムースには思い当たるところがあったのだ。


「そ、聖教連の大教老はあたしのおじいちゃんよ。今日はおじいちゃんの代わりにこの馬鹿と仕事で来てるの」

「そうだったんですか。あ、わたしはローゼルク王国騎士団星天従士のムース・フリージアと言います。こっちは……」

「白勇騎のアルハ・クローバーだ。よろしくな、フランベル」


 二人の自己紹介を受けてフランベルは唖然とする。

 地中に埋まった男を力任せに起こすと、胸ぐらを掴んで何度も激しく揺らす。


「ちょっと! どっかで見たことある人達だと思ったら、アンタこともあろうに白勇騎の人に喧嘩売ったの⁉」

「あぁ?」

「馬鹿じゃないの⁉ 下手したら国際問題になってたかもしれないのよ⁉」

「へぇ、ローゼルク騎士団全員相手取るのもそれはそれで面白そ……」

「少し頭冷やせ!」

「がっ!」


 強烈な頭突きを叩き込まれた男はたまらず気絶してしまったようだ。

 ドサリとその場に倒れる男を気にする様子もなく、フランベルはアルハ達に平謝りする。


「ウチの馬鹿が本当にごめんなさい! 厚かましいお願いだと思うけどどうかこの事はローゼルクには……!」

「そうだなぁ……俺も熱くなりすぎてたところはあるしな。どうする、ムース?」

「え? わたしですか?」

「お前が許すって言うなら、俺も今回のことは水に流す。お前が許さないって言うなら、やっぱりコイツにはここで落とし前つけさせる」


 アルハの言う『落とし前』がどういうことなのか、想像もつかないし想像したくもなかったムースは、今回のことを許すことに即座に決めた。

 もしあんなこの世のものとは思えない闘いに再び巻き込まれたら、一生のトラウマになってしまうかもしれない。


「わ、わたしは気にしてませんよ、怪我ももうすっかり治りましたし。わたしの勘違いでこうなってしまったところもありますから……」

「……そっか、お前がそう言うなら俺もそれでいいよ」

「ホント⁉ 助かったー、ムースちゃんの寛大な心に感謝だわ!」

「い、いえ、そんな」


 胸を撫で下ろしたのはムースも同じなのだが、フランベルはそんなことを知る由もない。


「アンタはいつまで寝てるのよ」


 気絶している男を何度も足蹴にして揺さぶるフランベル。

 それによって意識を覚醒した男は、まだ痛みの残る頭を押さえながらどうにか立ち上がる。


「ぐ……この首輪さえなけりゃ百万回はお前を同じ目にあわせてやるのに……」

「そんだけ喋れれば大丈夫そうね、さっさと魔女探し続けるわよ」

「魔女探し?」


 フランベルの発した言葉の中に、重要な単語が含まれていることを、ムースは聞き逃さなかった。


「えぇ、この前黄昏の魔女とかいう女に教会の宝物庫にあったお宝が盗まれちゃってね、それを取り返すのが仕事なの。レイテムリアって国の情報屋に色々教えてもらってこの森に来たんだけど……もしかしてあなた達も?」

「まぁ、魔女の行方を追ってるから似たようなもんだな」

「そうなの⁉ じゃあ一緒に探しましょうよ! ね、それがいいわ!」

「えぇっと……」


 フランベルの申し出にどう返すべきかとムースは口ごもる。

 期待に顔を輝かせる彼女に背を向け、小声でアルハと対応を相談する。


「どうします?」

「いいんじゃないか? 賑やかなのはいいことだろ」

「賑やかって……そもそも極秘任務ですよ?」

「あのウォルフとかいう男の安い挑発にお前が乗った時点で、極秘も何もないと思うけどな」

「うぐ……」

「冗談はおいといて、実際のところ、あのフランベルって子はレイテムリアの情報屋から話を聞いたって言ってたよな? それなら男の方が王子様のことを知ってても合点がいく、となればこっちの事情もある程度知られてると考えていいんじゃないか? それに戦力は多い方がいい。フランベルがいれば灰色野郎も素直に味方になってくれるかもしれないしさ」

「それはそうかもしれませんが……」

「何より面白そうだ」

「絶対それが本音ですよね?」


 なんとも良い顔で言うアルハを見て、ムースは諦めたように溜め息を吐く。


「はぁ……わかりました。今度はわたしがアルハさんの決定に従いましょう」

「よし、決まり! おう、やっぱこっちも一緒に行くことにするよ。改めてよろしくな」

「やったー! 白勇騎様達が一緒なら心強いわ!」


 大国の騎士とその従者が味方に加わったのなら怖いものなしだと喜ぶフランベル。

 しかし、ついさっきまでアルハと死闘を繰り広げていた男にとっては、とても納得のいく話ではない。


「あ? 何勝手に決めてんだお前、オレは魔女なんざどうでもいいからすぐにでもコイツと……」

「主人の決定に下僕は絶対服従!」

「ごはっ!」


 本日何度目かで強制的に頭を下げさせられた男は、やはりフランベルをいつの日か自らの手で殺すと心に誓ったのであった。

 そんなこんなでフランベルと灰髪の男と行動を共にすることになったアルハ達は、魔女を探して再び紅魔の森を進み始めた。

 いつの間にか分厚い雲が空を覆っており、森の中は本来の薄暗さと相まって日没後のように暗くなっていた。不気味な暗さに動物達も巣穴に帰ったようで、彼ら以外に生き物の気配は感じられない。時折吹く生暖かい風は神経を逆撫でるようで気味が悪かった。

 地図を手にした女性陣が先を行き、役に立たない男共は、はぐれない程度に距離を保ちつつその後に続く。

 歳の近い女性同士ということでムースとフランベルはすっかり打ち解け、和気あいあいと話をしている。

 身勝手な相棒に振り回される身の気苦労を話すことが出来て、ムースはフランベルに対して親近感を抱いており、それが二人の仲を急速に深めるきっかけとなっていた。もっとも相方が身勝手なのは一緒でも、振り回しているのはどちらかというとフランベルの方なのだが。

 フランベルの決定を渋々承諾するしかなかった灰髪の男は、憎々しげに彼女を睨みながら後に続く。

 男としては今すぐアルハに殴りかかってさっきの続きを始めたいところだったが、またフランベルの邪魔が入っては面倒なので、とりあえずは大人しくしていることにした。


「そういやお前、ウォルフって言うんだってな」


 不機嫌を噛み殺している男に能天気な声でアルハが話しかける。

 何度もこんなふうに他愛もない会話を投げかけてはきたが、男はこれをことごとく無視してきた。

 だが、名前の話を振られたことで舌打ちとともに返事をする。


「その名前で呼ぶな、オレはそんな名前じゃねぇ」

「お、やっと口聞いてくれたなー。でもなんで? 他の名前があるのか?」

「オレには名前なんてねぇ。あの女が勝手にそう呼んでるだけだ」

「なんだそれ、変な奴だなぁ」


 意味不明な返答が可笑しくてアルハはたまらず笑い出す。その笑顔は年頃の少年が友人達と馬鹿話で盛り上がって見せるものと何も変わらない。


「変な奴なのはどっちだよ」


 男は冷ややかに少年を睨みつける。


「自分を殺そうとしてた人間の前でよく普通に笑えるもんだな」


 異常な男から見てもアルハは自分と違った異常性の持ち主だった。

 ほんの少し前まで本気で殺気をぶつけ合い、生きるか死ぬかの闘いを始めようかとしていた相手に、微塵の警戒心も見せずに話しかけるなどあり得ない話だ。今こうして歩く姿はあまりに隙だらけで、その気になれば他愛なく首の骨を折ることが出来そうに思えた。

 実際、さっき殺されかけたばかりのムースは、恐怖と怯えの色を瞳に混じえてちらちらと横目で男を見てくる。

 それが普通の反応なのだ。だと言うのにこの少年は、まるで自分と旧来の友人であるかのように接してくる。男にはその感性が理解できなかった。


「さっきあんだけブチギレてたってのにオレのことをもう許したってのか?」

「まさか、俺はそんなに優しくはないし今でもお前の面を殴り飛ばしてやりたいところだ」

「へぇ、さっきの続きをおっぱじめるなら大歓迎だぜ?」

「でもムースがもういいって言ったんだからさっきの事はもういいんだよ。それに俺よりフランベルにオシオキしてもらったほうがお前には効きそうだしな」

「チッ、変わった奴で嫌な奴だ」


 悪戯っぽく笑うアルハに忌々しく舌打ちで返す男。

 だが、そんなことを意にも介さずアルハは笑みを消すと、森の暗がりの奥、いや、どこか遠くを見つめながら呟く。


「それに俺とお前が本気でやり合ったら、どっちかが死ぬまで終わらないだろ?」


 その声にはそれがでまかせではないという真剣さと共に、何故か楽しさや嬉しさに近い感情も含まれていた。

 なんとなく同じことを男も思っていた。だからこそ生きるか死ぬかという今まで経験したことのない闘いをしてみたいと思っていたのだ。

 男の気持ちを察してかアルハはなに食わぬ顔で本心を紡いだ。


「俺はまだ死ぬのは嫌だし……お前みたいな面白い奴を殺しちまうのは勿体ない。そう思っただけだ」

「フン、そうなったら死ぬのはお前だけどな」

「ハハッ、だったら尚更闘いたくはねぇな」

「変な奴で嫌な奴で……おまけに食えねぇ奴だ」


 困ったように笑うアルハに男はすっかり毒気を抜かれてしまった。

 ゆらめく煙草の煙を目で追いつつ、今はこの少年と闘う時ではないのだろうと思う。

 そう、今はまだその時ではない。だったらその時を楽しみにしていればいい。

 屈託なく笑うアルハの笑顔とは対照的な狂気を含んだ笑みで、男もくつくつと笑うのだった。


「あっちもあっちで仲良くやってるみたいね」


 前を歩くフランベルは後ろの二人を一瞥してそんなことを呟く。


「そ、そうですか? ウォルフさんの笑顔ちょっと怖いですけど……」


 男の好戦的で凶暴な笑みを知っているムースは強張った顔で答える。


「でも大変ですね、安全とはいえ殺し屋さんと一緒にお仕事だなんて。わたしだったら怖くてとても一緒にはいられなさそうです」

「まぁねー、あの首輪がなければあたしみたいな可憐で清楚な女の子はとっくに●●されて●●の上に●●●よ」

「ア、アハハハ……」


 教会の令嬢とは思えない低俗な単語の羅列にムースは苦笑いする。しかし、俗な言葉遣いは彼女の立場を相手に意識させることをなくし、むしろ親しみやすさを感じさせた。

 そして上品な女は下品な発言の後に小さな声で付け足す。


「ま、あいつにも少しはいいとこあるみたいだけどね」

「?」


 続きの言葉がよく聞き取れず、ムースは不思議そうな顔をしている。

 フランベルは自分の発言を隠すように二人が手に持つ地図へ交互に視線を移す。


「まだ着かないの? 結構歩いてるわよね?」

「えぇと……近くまでは来ているはずです」

「そもそもこの森に魔女がいるとは限らないんでしょ?」

「はい。でも何か手がかりが掴めるかもしれないので」

「はぁ~、面倒くさい。天気も悪くなってきたしさっさと帰り……きゃっ!」


 小さな悲鳴を上げるとフランベルはバランスを崩してその場に倒れ込んだ。


「大丈夫ですか?」

「あいたた、何か踏んだみたい……」


 薄暗い森の中は雑草が生い茂るせいもあって足下がよく見えない。

 木の根か小石でも踏んでしまったのだろうかと思い、自分の蹴つまずいた場所を注視する。彼女を心配して駆け寄ったムースも同じように視線を向ける。


「な……」

「ひっ」


 二人の視線の先には薮の中から伸びる一本の人間の手があった。ぴくりとも動かないその手は、フランベルを転ばせるために冥界から這い出てきたかのようにも見える。

 異常を察したアルハが早足で二人に追いつく。表情を固まらせる彼女達をよそに、躊躇いなくその手を薮から引き抜くと、糸の切れた人形のように生気を失った人間が姿を現した。


「どう見ても死体だな」


 感情のこもっていない声でアルハはそう言うと、血の気の失せた死体の顔をまじまじと見つめた。フランベルはそのおぞましい形相に思わず眼を覆う。

 アルハが周囲を見渡すと同じような顔で息絶えた死体が幾つも転がっていた。

 どの死体も目立った外傷はないが、その顔はどれもが恐怖に歪んでいる。


「死んでそんなに時間は経ってねぇみてぇだな」


 殺し屋としての経験からか、灰髪の男は彼らが死んで間もないことを察した。

 その言葉を受けて、彼らを殺した犯人がいるとすれば、まだこの近くに潜伏しているかもしれない、とムースは気を張りつめる。


「ク、クローバーさん。レイテムリアの人が何人か死んでいるみたいです」


 恐る恐る死体を見ていたムースは、死んでいる男達の内何人かが、レイテムリアの紋が刻まれた鎧を着ていることに気が付いた。


「じゃあこいつらはレイテムリアの兵士か? とてもそうは見えない奴らもいるけど……」


 アルハの言う通り、その場に転がる死体には国の兵士には見えない粗暴な風体の死体が幾つもあった。

 口には出さなかったが灰髪の男は彼らから自分と同じ汚い血の臭いを感じていた。


「一体ここで何が……。いえ、それより……」


 背中にじっとりとした汗をかきながらムースはアルハを見る。

 言葉にはしなくても彼女の言わんとしていることが既にアルハにはわかっていた。

 周囲の地面を注意深く観察すると、その場から続く一つの足跡あった。大きさからみて成人男性のものだろう。

 足跡の向かう先、森のさらに奥を睨みアルハが言う。


「あぁ、急ぐぞ」

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