勇者と従者
――――ローゼルク王国・王宮・会議室
中央大陸一の大国、ローゼルク王国。
『白薔薇の国』の異名で知られるローゼルクの王宮は、その二つ名が示す通り、白を基調とした外壁で造られており、見る人に大国の気品と優雅さを強く印象づける。高名な庭師が生涯をかけて手がけた中庭は、王宮庭園の最高傑作とまで言われ、観光の名所として一般にも解放されている。
そんな王宮の会議室。有事の際には大規模な作戦会議を開けるだけの空間を確保した荘厳な造りの一室には、一組の男女と老人がいるのみであった。
「レイテムリア公国の第二王子、ハインス王子の誘拐は『黄昏の魔女』と名乗る者の犯行であると思われます。お二人の任務はハインス王子の身の安全を確保することです、よろしいですな?」
手にしていた資料を読み終えた薄毛の老人―――ローゼルク大臣は対面に座る男女を見遣った。
「は、はいっ!」
緊張に声を震わせながらも、少女は芯の通った声で返事をする。
「……」
俯いていた少年は無言のまま頷いた。
二人の反応を確認して大臣は言葉を続ける。
「今回の任務は非公式なものですが、お二人が『白勇騎』と『星天従士』に任命されてから初めてのものとなります。決してプレッシャーをかける訳ではありませんが、私もお二人の活躍に期待していますよ」
「はっ! この命に代えても必ずや大臣さんの……いえ、この国の皆さんのご期待に応えてみせます!」
「少しばかり張り切り過ぎな気もしますが、初めての任務に固くなるなという方が無理な話ですかな」
肩に力の入る少女を少しだけ微笑ましく思いながら、大臣は少年へと話を振ってみた。
「どうですかな、アルハ殿。大陸一の騎士と言えど、初めての任務となれば緊張するものでしょうか?」
「…………」
少年はまたも無言で頷く。
「まぁ、アルハ殿のことだ、私などがとやかく言わなくともやるべきことはやってくれると信じていますよ」
「………………」
少年はさらに無言で頷く。
「頑張りましょうね、クローバーさん!」
「……………………」
少女の激励にも少年は無言で頷き……。
ゴツン。
「む?」
「へ?」
深く頷いた少年は実に勢い良く額をテーブルへとぶつけた。鈍い音がしんと静まった会議室内で反響する。
「……ぃてて。……あ、話終わった?」
悪怯れた様子もなく、欠伸をしながら少年は寝ぼけ眼をこする。
「え……も、もしかして寝てたんですか?」
信じられないというように少女は瞬きを繰り返す。
「悪い悪い、どーにも長い話は苦手でさ」
ふてぶてしく腕を組んで少年は笑い声を上げた。
「笑い事じゃありませんよ! 本当に英雄に任命されたって自覚があるんですか⁉」
少年の襟首を掴んで少女はこれでもかというほど激しく揺さぶる。
「大丈夫だって、途中まではちゃんと聞いてたから。えーっと、どっかの国のなんとかって王女様が……あれ? 王子様だっけ? とにかく偉い人を助けてくればいいんだよな?」
「そのうろ覚えの知識でよく『ちゃんと聞いてた』なんて言えますねぇ⁉ だいたい最初から最後まで聞くのが当然の義務なんですよ!」
会議室で繰り広げられる漫才を見ながら、大臣は困ったときの癖で鼻の頭を掻いた。
二人のやりとりに苦笑しつつ少年に語りかける。
「黄昏の魔女という者は正真正銘の危険人物です。加えて諜報部が入手した情報によると、ハインス王子の周囲に何やら不穏な動きがあるようでして……いかにお二人が腕が立つとは言え、二人だけに危険な任務を負わせるというのは私としても心苦しいのですが……」
「なーに、どんな状況だろうが、相手がどんな奴だろうが関係ないよ」
少女からの叱責を受けながら椅子から立ち上がると、少年は笑顔で答えた。
「困ってる人を助けて、泣いてる人を励まして、傷ついている人を護るのが俺の役目。そうだろ?」
そう言った少年の声には確固たる自信が溢れていた。彼の凛とした姿に少女と大臣は見とれてしまいそうになる。
「じゃ、いってくるな!」
「……って、まだ話は終わってないですよ! ちょっと待って下さい、クローバーさん!」
従者と共に会議室を出て行く少年の後ろ姿は、不思議な頼もしさに包まれ大きく眩しく見えた。
彼らの背を見送りながらローゼルク大臣は眼を細め小さく呟く。
「さて、お手並みを拝見させていただきますかな。勇者殿」