淳一の敵意
――あった……
深夜、淳一は耀賢の書斎に忍び込んでいた。
目的は久人が頼んだ過去の生贄の記録を見つけるためだ。
久人が言うには重要な神事の記録は必ず残されているそうだ。
そしてそれはたいていは当主が管理しているとも。
心当たりは養父の書斎しかない。
音を極力たてないようにし、蝋燭を手に古い書物を一つ一つ調べた。
古ぼけた紙にずらずらと字が書き連ねていてなかなか読みにくいが、四冊目で目的のものを見つけられた。
年号の下に髪長姫、客人、当主と三つの項目に分かれて名前が並んでいる。
髪長姫とはおそらく生贄の娘のことだろう。
儀式は六十年の間隔をあけて行われている。
淳一は読み進めて今年の項目を探した。
当主には耀賢の名前。客人は空欄。そして髪長姫には――
『小春』。
姉の名前が記されていた。
やはり姉は生贄としてこの島で殺されることが決まっている。
助けなくては。
その時、背後に気配がした。
振り返ると少し開かれた障子から秀元の顔がのぞいていた。
「そこで何をしている」
「すこし今後の儀式について学んでおこうと思って……」
孝久にも劣らない凶悪な目つきで睨みつける秀元。
とっさに淳一は出まかせを言ってごまかす。
蝋燭に照らされた秀元の顔は陰影がはっきりして、その強面に磨きがかかっている。
じっと明かりに照らされ煌めく眼光でこちらを見据える。
孝久とは種類の違う強面。
その強面に淳一は恐怖とはまた別の嫌悪感をずっと抱いていた。
秀元は深く息を吐き、言葉を紡いだ。
「そういったことは昼間になさるように……」
「はい、そうします」
たったそれだけの注意で秀元は去って行った。
淳一はゆるゆると立ち上がり、手に持っていた書物を隠しながら部屋に戻る。
遠ざかる秀元の気配を背に感じ、胸の内で秀元に毒づいた。
――人殺しめ
この島のすべてが敵だ。
秀元も姉の死を望んでいる。そうに違いない。ならばそれは敵なのだ。
淳一の東京への進学に最後まで反対したのも秀元だ。
耀賢の一声で黙ったが淳一が島の外に出ることを快く思っていなかった。
それに、淳一は見てしまっていた。
この島に引き取られた当初、庭にしゃがみ込む姉の背を刃物を持ったまま険しい目で睨みつける秀元の姿を。
あの目は恐ろしかった。忘れることはできない。
あの時から淳一は確信していた。
秀元は自分たち姉弟の敵だ。