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髪長姫の転寝  作者: 四谷 秋
 第二の死
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小春


 一度死に、俺は再び(おん)(ぐし)(じま)に生まれた。


 今度は國守家ではなく、國守に仕える家に。

 はつの生まれた家に生まれた。



 そして俺が生きているうちに儀式が予定されていた。

 当主は耀(よう)(けん)という。

 俺よりもずっと当主にふさわしい意志を持っている。


 はつが息子の和馬に説いた國守の当主そのままの姿をしていた。

 俺がどの立場にいようと、また俺の目の前で儀式が行われる。


 そう考えると、恐ろしくなった。




 再び繰り返される運命から逃れたくて、俺は十五の時に初めて島を出た。

 神流島で数年過ごし、そこから首都・東京へと渡った。



 今までと違う人生を生きてみたくて、でも俺にできることは限られていて、

 昔の経験で剣術道場――もとい、剣道教室の指導を手伝うことになった。


 世間一般の剣道と違い、俺が過去に生きていた時代と変わらない剣術指導を行う教室で、通う生徒はほとんど警察官などの大人。

 俺よりもずっと年上の人たちだったが、俺の腕を認めてくれ、俺の言葉に耳を傾けてくれた。



 収入は少なく、教室が休みの平日は住み込みでおかせてくれる定食屋で働いた。

 目まぐるしく様々な人々と知り合い、言葉を交わし、新たな人生を生きなおしていると錯覚できた。



 逃げられたのだと思っていた。



 だが、俺が再び生を受けたことと同じように、燕もまたこの時代に生を受けていた。

 二十歳の時、剣道教室に体験入室で一人の少女が入ってきた。


市之宮(いちのみや)小春。よろしく」


 間違えるはずもない美しい黒髪。

 白い顔、切れ長な目、小ぶりな唇。燕と同じ顔をした少女だった。


 敬語も使えず、何を考えているのかわからないぼうっとした表情でただ頭を下げる。

 周りの大人は小さな少女についていけるのかと笑っていた。

 そんな周囲の視線を気にもかけていない。



 小春は呑み込みが早く、粘り強く指導についていった。


 そして、なぜか俺に懐いた。



「秀元はいつも一人。嫌われている?」

「ずけずけと物をいうな。あと敬語を覚えろ」


 年の差は九。

 この小娘はいつもぼうっとしている。


「難しいことは覚えない。合わないことはやらないと決めた」

「変わった奴……」


 小春は燕と明らかに違っていた。


 よく笑う燕と違い、その表情も感情の変化も乏しくて何を考えているのかわからない。

 口の利き方を知らない。


 そして馬鹿だった。



 過去と何もかも変わらない俺と違って、燕は小春として別の人間として生きている。

 それが少し妙で、それでいて嬉しかった。



 小春はきっと燕とは違う運命を歩むだろう。

 そう思えたからだ。


 それでも小春の髪が伸びていくのは恐ろしくて、何度も髪を切るように言った。

 面を被るときに蒸れるだろうとか適当な言い訳をして。



「秀元は私の髪が嫌い?」

「そういう意味じゃない。そういう意味じゃないが、何かと邪魔にならないか」

「考えたこともない。だから邪魔になってないと思う。秀元は嫌いなの?」

「だから、好きとか嫌いとかの話じゃない」

「じゃあどういう話」

「……もういい」


 ただのわがままである自覚はあった。

 だから強くも言えず、そのままにしてきた。



 だがそれが、小春を島の悲劇に再び巻き込むきっかけとなってしまった。



―――――



「久々だな。見違えたぞ、秀元」


 耀賢が目の前に現れた。

 國守の当主としての務めと同じように神流島の観光開発会社を立ち上げた耀賢は東京にも何度か訪れるようになっていたらしい。


 そこで俺の話をどこからか聞きつけ、わざわざ定食屋にまでやってきた。


「お前がこんなところでやっていけているとは思わなかったな」

「どのような用で来られたのです」


 帰ってほしかった。

 島のことは忘れてしまいたかった。島を捨てたかった。


「秀元、そろそろ下らぬ意地を張るのはやめて島に戻ったらどうだ。

 そろそろ髪長姫を選定しなければならなくてね。すでに目をつけている」

「そうですか。それに俺が何のかかわりがあるのでしょう。俺は島を捨てた人間です」


 島を捨てさせてくれ。


 そう心の中で何度も縋った。

 だが、言葉にしなければ伝わらず、伝わったところでこの男は聞き分けるような男ではなかった。


「お前の剣道教室に通う小娘。あれは綺麗な黒髪をしている」

「それは……っ」


 耀賢は小春の存在に目ざとく見つけていた。

 そして俺を引きずり込もうとしている。


 すべて見抜かれてしまっていた。

 だがその時は、まだ小春が島に渡ると危惧していなかった。



 今の小春には母親がいる。

 いくら母子家庭で貧しいといえど、母親のもとを離れるとは思えない。


 國守の家に、あの島に来るはずがない。


 大丈夫。

 何も起きない。何も起きるはずがない。



―――――



 だが、運命というものはどこまでもつきまとい、逃れることができないものなのかと痛感した。


 帝都銀行立てこもり事件。

 被害者の中に市之宮という名前があった。小春の母親だ。




 数日後、再び耀賢が現れた。そして俺に告げた。


 小春とその弟を養子として迎え入れる。

 俺の知らないところで小春が再び髪長姫になる。



 想像するだけで恐ろしくて、


 いてもたってもいられず、俺は音櫛島へと帰った。




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