友
「宗正と申します」
本土からやってきた男はお世辞にも善人とは言えない面構えだった。
俺と同じ、いやそれ以上に凶悪な目つきは他者を寄せ付けない威圧感を与える。
それなのにその男自体は他者に開けた空気を醸していた。
不思議な男だった。
「旦那様、この時期に訪れたあの者、ぜひとも泉にいたしましょう」
「ああ。そうだな」
客人が現れていよいよ儀式が行われる状態になり、俺はすでに諦めかけた。
儀式を受け入るしかないのだろう。
だからはつがいうように俺にとって宗正はただの生贄。
御神体を清めるための血の泉の素材でしかなかった。
俺が欲しているのは、島が欲しているのは、宗正の血でしかない。
だから儀式の日まで宗正を島にとどめるために厚遇した。
宗正が絵を描きたいと言えば直政に島の名所を案内させ、要望にはすべて答えてきた。
燕も最初はそのつもりで宗正に近づいたのだと思う。
少なくとも俺は宗正を島にとどめるために宗正と関わってきた。
だが、俺も燕も宗正の持つ不思議な空気にあてられた。
宗正は俺の領域に入り込み、俺の虚しさを埋めた。
宗正は積極的に自分をさらけ出し、無自覚に相手にそれを促した。
その流れに俺も燕も抗うことはできずに、宗正の前でだけは楽な自分でいられた。
昔のただの兄妹に戻ることができた。
「お二人のように仲がいい兄妹は、初めてみますね。とても羨ましい」
だからそんな宗正の言葉が嬉しくもあった。
「あら、宗正様は兄弟がいらっしゃられるのですか?」
「ええ。五つばかり年の離れた兄が一人」
「ほう。その兄とはうまくいっていないのか」
宗正は少し気まずそうに苦笑し、そうなのですと答えた。
「俺の家は憑き物落としの拝み屋をやっていましてね、兄貴がそれを継いでいます」
「あの、お狐を落としたりする? すごいですね」
「俺にはそんな力はありませんが、兄貴はその力を持って生まれてきました。
だから周囲も兄貴には特に目をかけていた」
宗正は頭を少しかく。
つやのある黒髪が揺れた。
「それが小さいころは気に食わなかった。
ことあるごとに兄貴に突っかかって、父から叱られ続けましたよ。
それがもつれて勘当されて旅を始めました」
懐かしむような口ぶりだった。
そこに恨み言もなにも感じられない。
「兄のことは恨んでいないのか」
「今はまったく。ただ親に合わせる顔がないですね。
だから兄貴とはこっそりと文の連絡を取る程度でしょうか」
宗正の兄はどのような男なのだろうか。
それはきっと、俺よりもずっと兄としてふさわしい男だろう。
「本土では知れた家で、『霊の見える葛西』といえばたいていの人は理解してくれます」
「葛西……それが宗正様のご実家ですのね」
「宗正は画人としての名です。本名は葛西宗治といいます。
まあ、ずいぶんとその名で名乗っていませんが」
「宗治様とおっしゃるのですね」
燕が本名で呼ぶと宗正は照れたように笑う。
「ああ、今まで通り宗正でかまいませんよ。その方がなじみますし」
「それで、兄とは今も連絡を取っているのか? 島に来てからはそんなそぶりは見せないが」
「ああ、それですか。
まあ、この島は本土とは隔絶されていますからね。
島から出たら土産話としてまとめて連絡をするつもりです」
島を出てから。
その言葉がささった。
宗正に島を出た先の未来はない。
隣を見れば、燕も同じような顔をしていた。
「兄様、どうしても宗正様を泉になさるおつもりですか」
燕は迷い始めている。
だがそれ以上に俺もまた揺れていた。
「お前はどう思う」
「私ではなにも決められませんから。
でも、宗正様をこの島のことに巻き込んでしまうのは心苦しく思います」
燕はいつしか宗正に思いを寄せるようになっていた。
それくらいはどんなに俺が愚かでもわかる。
だからこそ俺の甘さがまた顔を出した。
当主としてならばそんな情に流されず、宗正を泉とみなさなくてはならないのに。
宗正とともに過ごした時間が愛しくて、燕の願いをかなえてやりたくて、また俺は迷った。
だがどうしても俺は一つを選ぶことができず、その選択を他者に委ねてしまった。
ほかでもない宗正に任せた。
「これは?」
「閉ざされた場所へ入るための鍵だ。
これがあれば、祭りの裏で行われる儀式の祭場を見ることができる」
「なぜ、これを俺に」
「この島の隠された場所を見て、そのうえで決めてくれ。
このまま島に留まるか、燕を連れて逃げるか。
逃げるのならば俺に伝えてくれ。入り江に小舟を手配しよう」
「……ええ。承知しました」
鍵束とともに選択権を宗正に渡して、俺は逃げた。
宗正の選んだ答えに従おうと思った。
自分で決めることを恐れて、それに伴う責任から逃れて、すべてを宗正に押し付けた。
生贄が勝手に逃げてしまえば、また別の生贄を新たにたてて行えばいい。
俺は選択をしなくて済む。
―――――
「髪長姫が客人にそそのかされ、逃げ出したようですので、兄とともに捕まえておきました」
だが失敗した。
宗正と燕は逃亡を選択したようだが、それがなぜかはつに漏れてしまっていた。
はつは含みのある顔で笑っている。
「旦那様、当主としての務めをお果たししてくださいませ」
そしてその逃亡に俺が関わっていることも知られていた。
もう俺に残された道は一つしかなかった。
当主として二人を殺さなければならない。
それが宿命だったのだと言い聞かせ、それでも二人にどのような顔で会えるのだろうか。
当主として情を捨てられるように、兄の顔を友の顔を鬼面で隠した。
座敷牢にとらわれた二人はじっと座り込んだままだった。
燕は座敷牢の隅でぼそぼそと恨み言をつぶやいている。
「兄様。どうしてこんなことを。最初からこのつもりなら希望を見せないで欲しかった……」
逃げるという返事は俺に届いていなかった。
何かが行き違い、こうなってしまった。
いや、もうそんなことはどうでもいいのか。
もう選択の時は過ぎてしまった。残された道は一つしかない。
俺は当主として二人を殺さなくてはならない。
宗正はただ黙って俺を見つめている。
なぜだ。
なぜお前はいつものように穏やかな顔をしている。
俺は結果としてお前たちを裏切ることになるのに、お前はなぜ燕のように俺を恨まないのか。
お前は何を考えている。
なぜ何も言わない。
なぜただ見ているだけなのか。
俺を見るな。
見るな。見るな。見るな。見るな。




