妹
燕が生まれたのは、俺が十五の時だった。
母の腕に抱かれた赤子はとても小さく、愛おしかった。
「譲さん、抱いていただけますか」
母の腕から託された赤子は俺の腕にはとても重たかった。
壊れてしまいそうなほどに繊細で、それでも俺の腕の中で燕は笑った。
笑って、俺に向けて小さな手を伸ばしていた。
その命の重さに、その笑顔に、その存在のすべてに俺は誓った。
兄としてこの子を守ろう。
この子を幸せにしよう。この子の未来を支えていこう。
だが、それとともに俺は次にこの島の未来を担う立場にあった。
俺は國守の当主として島の人々の豊かな将来を支えなければならない。
それが國守の当主としての務めであるから。
燕の未来も、島民の未来も、同じ線の上にあると信じて疑っていなかった。
―――――
だが、月日が経つにつれて成長してゆく燕の黒髪は島の娘の誰よりも美しくなっていった。
父も母も、島民たちも、そして燕本人でさえも、燕の役割を髪長姫と定めた。
なぜ燕の髪は美しいのか。
毎日のように燕の髪を切り落としてしまいたくて鋏を握った。
できなかった。
髪長姫がいなくては儀式を行うことはできない。
儀式を行わなければ守り神を迎えることはできない。
それは島の繁栄を阻害してしまう。島のためにならない。
そんなことは次期当主である俺にはできなかった。
その時から、島と燕、二つの選択がぶら下がっていた。
兄として燕を守りたい。
当主として島の未来を守りたい。
両立できたはずの二つの願いが分かれてしまった。
選択を迫られて、俺は逃げてきた。
逃げて、そのままいたずらに時間が過ぎていくのに身を任せてきた。
「兄様見てください。父様に髪飾りをいただいたの。似合うでしょうか」
「ああ、よく似合っている」
燕は俺に語り掛けた。
儀式が来ればその首を俺が切り落とすというのに。
未練を断ち切らなくてはならないのに、俺はいつまでも兄と妹の接し方をつづけた。
燕の兄でなくなることを恐れ、燕を髪長姫として見ることが恐ろしくて、いつまでも兄であり続けようとした。
「はつと申します……これから末永くよろしくお願いいたします」
使用人の家から妻を娶った。
はつは國守のため、当主としてかくあるべきと俺に語った。
俺の甘さがはつの目には情けなく映ったのだろう。
いつまでも髪長姫である燕と兄と妹の関係であり続けることをはつは非難した。
「このままでは、旦那様にとって決して良くありません。気を確かに」
はつは國守の当主としての俺を気遣ってくれている。
だが俺はそんなはつの思いにこたえられなかった。
はつがどれだけ咎めても、俺は迷い続けてきた。
それははつが息子の和馬を産んでからも変わらなかった。
俺はどこまでも甘かった。
だから、余計に悲劇の色を濃くしてしまったのだ。
あの男が来て、それが決定的となった。




