卑怯者の覚悟
結局、俺はどこまでも卑怯だった。
儀式が今夜行われる。
座敷牢で小春に会っていたとき、現れたのは客人の孝久だった。
なぜあの扉をあけられたのかは気にしたところで仕方がない。
それよりも重要なことは、扉の奥に入ってしまった孝久を耀賢が見つけたことだ。
耀賢は孝久を捕らえ、髪長姫の秘密を知られた以上生きて島から出すことは許さなかった。
孝久が生贄となった。
耀賢は儀式を急ぎ、今夜行われることになった。
今夜、小春は死ぬ。
結局俺はどうすることもできなかった。
島から逃げても島は俺を逃がすことはなかった。
それからは決断することを恐れ、選択から逃れて周りに流されてきた。
その結果が、小春の死だ。
耀賢に言われたことは久人を島から帰すこと。
孝久が島に残り久人だけを帰すように説得しろというものだった。
無茶な注文だ。
國守の当主は傲慢で、この島の中ならばすべて自分の思い通りになると思っている。
先代当主も確かそんな男だった。
俺はどうするべきだろうか。
俺はどうしたらいいのだろうか。
耀賢に命じられるまま、儀式を行うしかないのか。
俺がこの手で、小春を殺すのか。
悩んだところで何も見えてこない。
いつしか俺は屋敷の裏手の崖に来ていた。
客人の遺体と髪長姫の胴体はここに捨てられる。
役目を終えた髪長姫の頭蓋もここから――
この島が積み重ねた屍の山がこの海の底に眠っている。
なぜ俺は、ここに生まれてきてしまったのか。
「ああ、やはりここにいた」
後ろから声がした。
振り返ると、久人がそこにいた。
その後ろに淳一がいる。直政と同じ顔をしている。
「どうしてこちらに」
「あなたを探していたのです。最後にあなたに話したいことがあったので」
「……最後ですか」
この男は苦手だ。
島に滞在している間何度となく島の案内役として連れまわされた。
その都度あれはなんだ、どれがそれか、くだらない質問を重ね、
その中に紛れ込ませて島の過去を探ってくる。
油断すれば、腹の内を見透かされる。
この男の眼は、そんな目だ。
「……わかりました。では屋敷へ移動しましょう」
「いや、もっと別の場所がいいですね。案内してくれませんか」
「どこへです」
「國守家歴代当主の墓へ」
なぜ、よりにもよってそこなのだ。
俺にそこを案内させるとは、一体何を考えている。
この男はどこまで知っているのか。
どれほど睨みつけようと、この男にとっては柳に風。
俺にとってこの男は相性が悪い。
「淳一くん、そういうわけだからあとは秀元さんと話をしてくるよ」
「俺は……」
「僕の荷物を君の部屋に隠しておいてくれるかな。
それから耀賢さんには僕はもう帰ったと伝えておいてくれ」
「えっ……」
この男は何を企んでいる。
俺に何を聞きたい。俺に何を言いたい。
「さあ、行きましょう」
結局、俺はこの男を連れて歴代当主の墓へ向かった。
―――――
墓は島を一望できる高台にあった。
國守家の歴代当主は例外なくこの墓に眠っている。
久人は手を合わせている。
いったいこの男は何を考えてここを見に来たのだろうか。
背中からは、何を抱えているのかはわからない。
「どんな気分です? 自分の墓を目の前にするというのは」
突然、久人が語り掛けてきた。
「何のことです」
「僕も一応拝み屋の家に生まれ、その力をもって生まれてきました。
死んだ人間のことはわかりませんが、
生きている人間の抱えているものならば感じることはできますよ」
振り返った久人の眼鏡の奥の目。
ああ、この眼が嫌いだ。
すべてを見透かすような、俺の場所を暴くようなそんな目だ。
「この島は、気持ち悪い。
島の風習や掟に縛られた人々の心が醜く変節し、生贄たちの死を望んでいる」
やはり久人は儀式に気付いていた。
淳一が過去の儀式の記録を探っていたのも、大方この男が何かしら吹き込んでいたのだろう。
葛西の執念を甘く見ていた。
この男は、島の人間である俺をさげすんでいるのか。
俺を、恨んでいるのか。
「本当のあなたを僕は知っています」
初めて、この男が怖くなった。
立ち上がり、墓を背にしてまっすぐこちらを見つめる。
やめろ、その目で俺を見るな。
「あなたは生まれ変わっても全くの別人になることはできなかった」
いうな。俺を暴くな。
「それこそ、小春さんや燕さんとは種類が違う。
前世と現世が混在する孝久くんや淳一くんとも違う」
俺は卑怯者だ。ただの臆病者だ。
「あなたはすべてが前世のまま。
その身も、記憶も、感情も、魂も、すべてが過去のまま変わっていない。
そうでしょう?
譲さん」
ずっと隠し続けてきたことを暴かれた。
俺はずっと、譲でしかない。
俺は生まれ落ちたときから譲で、譲としての記憶、譲としての感情、譲としての思考をもって生まれ、この体も譲と同じ成長をしてきた。
譲は過去の俺でもあり、今の俺でもある。
秀元はただの名前でしかない。
俺は何もかもが過去と同じで何一つ変わっていない。
変わることができなかった。
「それがなんだと?」
「あなたはこのままでいいとお思いですか?
このまま小春さんを死なせてもいいのですか?」
島の外からならどうとでもいえる。
俺は生まれてからも、死んでからもこの島にとどまってきた。
ずっとこの島に縛られてきた。
東京に逃げてきてもそこで結局小春に出会い、島に引き戻された。
俺は島の人間でしかない。
島の人間にとって、國守の当主とっての最善は、儀式をすることなのだ。
「島のためならば仕方がない。島を、島の平穏を守るのが國守の当主の務めだ」
「過去には逃がそうとしたじゃないですか」
なぜ、それを知っている。
宗正は儀式で散って、直政は島を捨てて出て行った。
直政は簡単に音櫛のことを本土の連中に漏らすような男ではない。
「確かにあなたは國守の当主だ。
けれどそれ以上に燕の兄であり、宗正の友であったはずだ」
「だが、俺は燕も宗正も死なせた。妹の首を斬り落とした」
「後悔はしていたでしょう? だから後を追った」
久人の顔が近寄る。
この男はどこまで知っている。
どこまで俺を暴こうというのか。
「隠しても無駄ですよ。
過去にあなたが書いた遺書。それが僕の家には今まで受け継がれてきましたから」
「まだ……残っていたのか」
とっくに途絶えていると思っていたのに。
なぜ葛西の家は後生大事に俺の手紙を残したのだ。
そこまで、俺を恨んでいるのか。
「朽ちる前に何度も書き写し、文章だけは残してきました。
音櫛島は葛西の家にとっても因縁がある。それを忘れないために。
いつか音櫛に導かれた時のためにずっと残してきました」
「そうか……」
俺はずっと、失ってから後悔してばかりだ。
燕が現世に執着しているのを知っていながら周囲に流されて儀式を行った。
成功しないとわかっていながら、燕の頭蓋に神を降ろし、結果的に禍を引き起こした。
その責任を取るために、あるいは逃げるために、俺は死んだ。
最期の手紙を葛西へ届けるように直政に託した。
葛西の家は宗正の生家であったから。
宗正の最期を伝えるために。自らの罪を詫びるために。
その手紙が、今も残っていたと久人は言う。
「さあ、取り繕う必要がありますか?
あなたはもう一度悲劇を繰り返すつもりですか」
「しかし……俺は……」
俺はやはり譲でしかない。
島の人間でしかない。
何も決められない臆病で、卑怯な男なのだ。
「僕はすべてを終わらせるためにこの島に来た」
じりじりと、久人は近づいてゆく。
「悲劇を終わらせるには、それ以上の悲劇で壊さなくてはならない」
それ以上の悲劇。
あれ以上の悲劇が、あるのだろうか。
悲劇をこの男は壊してくれるのだろうか。
「覚悟があるのなら、協力して下さい」
「お前は……」
すべてをこの男は終わらせてくれるのだろうか。
この島の悲劇は、終わるのだろうか。
覚悟とは何だ。
卑怯者の俺に、それを促すのか。
俺にその資格があるのだろうか。
悲劇が終われば、燕は俺を許してくれるのだろうか。
「あなたがいなくては、すべては終わらない」
この男ならば、できるのかもしれない。
持っている鍵を、久人に託した。
すべてが今夜終わる。
久人が儀式を壊してくれるのなら、
今度こそ、俺は俺として振る舞えるだろうか。




