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髪長姫の転寝  作者: 四谷 秋
滞在五日目 ~拝み屋~
26/42

脱出


  ――終わった、のか……


 鳥籠の中で孝久はその光景を眺めていた。


 男たちは顔を見合わせてぼそぼそと言葉を交わし、立ち去って行く。

 久人の目が少し鋭くなるが、鳥籠の前に立った。


 鳥籠の中の孝久は久人を見上げる。


「孝久くん、いつまでそうしているんだ。君らしくない・・・・・・

「俺らしく、ない……」


 久人は懐から眼鏡を取り出す。

 いつもの久人の顔に戻ってきた。


「君は縁も所縁もない島のために死ぬような馬鹿じゃないはずだ。

 どこまでも自分勝手で、単純な性格……そうだろう」


 御神体の頭蓋に触れた時、孝久には何も見えなかった。

 宿っているはずの神の姿も、思いも、何も見えなかった。

 ただの虚の器。

 ただの頭蓋、胴体と引き離されたただの物質。


 何の意味のない儀式のために命を散らす。そんな馬鹿なのか。



  ――違う。


 この島と自分の縁など何もない。

 小春とは数日前にあったばかりだ。

 秀元も同じ。ただの他人だ。




 今まで孝久を蝕んでいた宗正の記憶が急速に色あせてきた。


 そうだ。

 なぜ死ななくてはならない。死ねば終わる。

 何もかも、自分という存在がなくなる。


 この島にそんな価値は微塵も感じない。

 自分だけがすべて、自分は自分にとって世界と等しい存在。

 自分にとって何物にも変えがたい存在。


「ええ……そうでした」


 本来の孝久が戻ってきた。


 開かれた鳥籠から孝久は出る。

 後ろ手の拘束を久人は切り裂いた。

 久人は呆然と立っている小春の目の前に立つ。


「あなたが死んでも島は何も変わらない。

 それでもまだ、死ぬつもりですか?」


 小春はふと淳一と秀元に視線を向けた。

 淳一はうつむいて立ち尽くす。

 秀元はただまぶたを伏せ、再び持ち上げられたまぶたの奥の瞳は憂いを秘めていた。


「無意味に死ぬほど、馬鹿じゃない」

「姉さん……」

「では島を出ましょう。まだすべてが終わったわけではありません。


 ――案内してくれますね」


 久人の言葉が秀元に向けられた。

 秀元は静かにうなずき、いまだ座り込む耀賢を置き去りにして彼らを先導した。



―――――



 閉ざされた扉を開き、屋敷の外へ向かう。

 屋敷の中は不気味なほどに静まり返っていた。

 灯りもなく、月光だけがすべてを平等に照らしている。


「久人さん、これで……姉さんは助かるんですよね。全部、終わるんですよね」


 久人は答えない。


「久人さん?」


 屋敷を出た。


 その時目にしたのは遠くでくすぶる大量の松明たいまつ

 遠くからでも聞こえるどよめき。

 寒気が全身を駆け巡る。


 そこでようやく久人は淳一の言葉に答えた。


「この島の呪いは何も終わっていないよ。これは、僕にも祓えない」

「え……」

「逃げましょう」


 秀元が横道へと導く。

 松明が急速に近づいてきた。遠くから男たちの声が聞こえる。



  ――生贄が逃げるぞ

  ――殺せ、殺せ

  ――島のために、髪長姫を殺せ



 背後に気配が近づくのを感じ、走り始める。

 走って林の中を駆け抜ける。


 島の人間の中にしみ込んだ島の常識は簡単に拭うことはできない。

 狂気に染まった島民たちが追いかける。




 前世でも、祭りで騒がしい夜に宗正と燕は逃げていた。

 たった二人、月が照らす道なき道を進み、入り江の舟を目指していた。


 舟に乗って島から出れば未来があると信じていた。

 儀式から島から解放され、そこに自由があると信じていた。



 今度は、二人だけじゃない。

 殺気だった島民から皆で逃げている。

 港へめざし、秀元の導きを信じて進む。

 今度は譲が協力してくれている。


 着物姿の小春は長い髪が枝に絡まらないように懸命にみんなについて走る。

 捕まったら、小春は死ぬ。

 久人や孝久も殺されるだろう。

 急がなくてはならない。

 急がなくては――。





 港が見えた。

 そこにはボートが置かれている。


「さあ、早く乗ってください」


 久人、孝久、淳一と船に乗り込む。

 だが直前になって小春の長く美しい髪が掴まれた。


「うぁっ……」


 血走った眼の男が小春の髪を掴み、左手にくわを振り上げる。


「姉さん!!」


 淳一が叫び、手を伸ばす。

 男が吼える。




「ぅぐっ……」


 避けた皮膚から血が伝った。

 ぽたぽたと血が滴り、白い肌を赤に染めていく。



「秀元……っ」


 小春を庇うように秀元は左腕で鍬を受け止めていた。

 それから鍬を右手で奪い、柄を男の腹にめがけて突く。

 ぐえ、と鈍い悲鳴を上げて男は髪を手放し、地面に転がる。

 男の背後にはまだ島民が迫っている。



「淳一、エンジンをかけろ! 早く出るんだ」


 秀元は島民に視線を向けたまま淳一に向けて叫ぶ。


「あ、ええと」

「いいから速く!」

「秀元!」


 秀元の声で淳一はボートのエンジンをかける。


 小春が叫ぶ。


 秀元は動き出すボートの中へ小春を突き飛ばした。



「秀元ぉぉぉおおおおおッ!」




 悲痛な小春の叫び。


 伸ばされた手も虚しく、港に取り残された秀元の姿は遠ざかって行った。

 ボートの中、小春は声を上げて泣き叫び、秀元の名を呼んだ。





 もう秀元は、そこにいない。





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