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髪長姫の転寝  作者: 四谷 秋
滞在五日目 ~拝み屋~
25/42

島の悲劇

 重苦しい空気がその場を支配する。

 儀式が行われようとしていたその瞬間に現れた乱入者。

 厳かな空気が破壊され、その場の主導権が当主の手から拝み屋の手に渡る。


「この島に過去に起きた大災害、『禍』がなぜ起きたのか、ご存知ですか?」

「知れたこと。髪長姫が現世に執着したからだ」


 久人の問いに男の一人が答える。

 ほう、と久人は口元をゆがめて男の目を覗き込んだ。

 むき出しのその眼には形容できない迫力がにじんでいて、男は言葉を飲み込む。


「そう。髪長姫は現世に執着した。記録ではそう残されている。

 この記録を疑うような野暮なことも私はするつもりはありません。

 確かに髪長姫は現世に執着し、この島と國守の家を呪いながら死んでいった。

 そこは変えようのない事実です」


 じりじりと久人は歩を進め、中心に立つ。

 そして周囲の男たちを眺めた。


 これから行われるのは昔語り。

 語り部は白衣の拝み屋。


 彼は鳥籠に囚われた孝久を一度だけ見て、その眼を細めた。

 少しだけ、孝久は身震いした。


 いつも温厚で穏やかな印象を与えるこの男は、時として凶悪な顔を見せる。

 人をいたぶるような冷たい刃を瞳の奥に秘めていた。


「禍が起きたのは今から約一八〇年前。

 当時の髪長姫は島を訪れた客人に恋をした。

 その客人と思いを通わせ、そして客人の言葉によって儀式を放棄し、島から逃げようとした」

「馬鹿なことを……。素直に生贄となれば禍は起きなかったというのに」

「そうでしょうか」


 過去の髪長姫――燕を苦々しい表情で貶める耀賢に久人は挑戦的な笑みを浮かべた。

 その笑みの真意をつかめずに耀賢は息をのむ。


 部屋の中心に久人は立っている。


「客人に儀式を話し、髪長姫とともに逃げることを示したのは、

 髪長姫の兄にして当時の國守家の当主、國守くにもりゆずるです」


 宗正に鍵を渡したのは譲だった。

 儀式の場を見て、そして判断するようにといった。


 だからこそ宗正はこの場所を訪れ、逃げることにした。

 譲に託された燕の手をとり、譲が手配したはずの小舟に乗り込もうと入り江に急いだ。

 しかし、そこに待っていたのは小舟ではなく、譲の妻とその兄だった。


「髪長姫は兄に手紙を書き、それを兄の側近の使用人に託した。

 そしてここに綻びが生じます。

 その手紙は、当主に届かなかった・・・・・・・・・


 孝久だけは過去の使用人に目を向ける。


 直政の現世である淳一の顔色は青い。

 だらしなくぶら下がる腕、その指先がかすかに震えていた。


 久人は落ち着いたよく通る声でその場の全員に昔語りを届ける。


「使用人はあろうことか、その手紙を当主の息子に渡した。

 その手紙は当主の元へ回ることなく、当主の妻の手に渡った」

「違うんです! 違う、違うんですッ!」


 淳一が叫んだ。

 過去の思い、過去の因果が詰まったこの部屋では現世と前世の境がつかなくなる。


 淳一は頭を抱えた。

 その表情は捨てられても飼い主に縋り付く哀れな子犬と同じ。幼子にも似ていた。


「俺は、私は……姉さん、燕様が……疎ましかった!

  譲様を苦しめるあの人が、憎くて、譲様を惑わせるあの客人が、邪魔で仕方なかった!」


 直政としての言葉があふれる。

 とても悲痛な、喉の奥からこぼれた叫び。


「あの時の私は、私じゃなかった! 私は……!」


 周囲の男たちは淳一の豹変に戸惑う。

 久人だけは今までの凶悪な顔を潜め、穏やかなまなざしで答える。


「分かっていますよ。あなたは当主・國守譲を崇拝していた。

 誰よりも、誰よりも尊い存在と崇めていた。

 あなたはあなたの知る当主が、正しい当主・・・・・でなくなること・・・・・・・を恐れた」


 久人の言葉が直政の体に滑り込む。

 告白を促すその言葉に導かれ、直政は言葉を紡いだ。


「私は、譲様に当主としての肩書きをかぶせていました。

 私は譲様でなく國守家当主としての肩書きを見ていました」


 ああ、と声を漏らし頭を抱える直政。

 その表情は孝久の場所からは見えないが、その体は震えている。


「当主として正しい判断は島のために儀式を遂行すること。

 ならば、髪長姫と客人の逃亡など許せるはずなかった……!」


 頭を抱え、あえぐ。

 膝から崩れ落ちた直政はただただ自らの罪を告白した。


「……譲様のためにはそれが正しいと思っていました。

 私にとって譲様は國守の当主としての譲様だったのです。譲様は、譲様であったのに」


 直政の告白。

 この小さな過ちが悲劇のきっかけとなってしまった。


 ならばすべての原因は彼にあるのだろうか。

 前世を知る人間は直政に同情的な視線を向ける。


 何も知らない人間には困惑が広がる。


「私は、譲様を見失っていたのですね」


 ぽつりと直政はつぶやき、涙をこぼした。

 それを久人は見下ろし、戸惑う観衆を見回す。



「いったい、どういう茶番だ」


 蚊帳の外に追いやられた聴衆は先ほどまでの一幕を非難する。

 久人に歩み寄ろうと踏み込むが、その一歩は久人の手で制された。


「そうして手紙は島の掟を第一と考える人間の手に渡り、髪長姫たちの逃走は失敗に終わった。

 髪長姫にとっては兄の裏切りに思えたことでしょう。

 今まで自分を守ってきた兄は結局國守の当主でしかないと思い知り、彼女は兄を、國守を、島を恨んだ。

 そしてそのまま呪いながら死んでいった」



「そうして髪長姫は現世に執着したのです」



 久人によって禍が起きた理由が明かされる。

 だが、まだこの話は終わらない。


「禍を鎮めた霊能者は私の家系の人間でしてね、当時の記録は残っています。

 その記録と私の助手が集めた情報を合わせれば、禍の経緯はすべてわかる」


 理由も何も知らない。

 知ろうとしなかった聴衆、真実を知れなかった当事者たち。

 すべてを知っているのは國守の当主である譲と、儀式を壊す拝み屋のみ。


 もはや誰もが久人の言葉を待っている。

 知っていたはずのものを崩され、新たに紡がれる物語に、魂を抜かれている。

 狂言回しは弁舌をふるう。


「意外にも燕以外の髪長姫は現世への執着を断つことに成功していたようです。

 まあ彼女らも島の人間。

 生贄になる定めを幼いころから受け入れ、その宿命を受け入れていたのでしょう。

 それの是非は問いません」


 今の小春のように座敷牢に長く閉じ込め、外の世界から隔絶する。

 異常と思える出来事がここでは常識となり、合法となる。

 すべては島のためと信じているからこそ。


「しかし」


 久人は片足を踏み鳴らす。

 カン、と甲高い音がその場の人間の耳に突き刺さる。


「島の人間ではない客人たちは違った。

 彼らは生贄にされるために生まれたわけではない。

 たまたま島を訪れたに過ぎない部外者だ。

 それを島の人間はだまし、閉じ込め、血を得るために殺した」


 その鳥籠によって――久人は孝久の入っている鳥籠を指した。


 血を奪うために槍で貫き、血抜きを行う。

 目的は殺すことになく、血を抜き取ること。

 血がすべて抜けきるまで、客人たちは死ぬことが許されない。

 永遠にも感じられる苦痛のなかで客人たちは死ぬ。


 宗正もそうだった。



「恨まない人間がどこにいましょうか。

 縁のない島のために死ぬ馬鹿などそうそういませんよ。

 ずっと、この島には客人たちの恨みの感情がおりのようにたまっていた。

 ずっとずっと、それが溢れて島を飲み込む時を待っていた」


 大きく久人は手を広げる。


「危うくも保たれていた均衡を崩した一撃が、島を呪いながら死んだ髪長姫・燕だった」


 燕の首を切り落とした前世を持つ秀元。

 彼はただ黙って久人の言葉を聞いていた。


 燕を前世に持つ小春の表情は動かない。

 ぼんやりと人形のような顔で久人を見つめている。


「彼女の恨みが客人たちの恨みと同化し、この島の呪いが噴き出した。

 ずっとこの島を終わらせるために潜んでいた呪い、それが禍を引き起こしたのです」


 これこそが、禍が起きた理由、真相である。

 しんと静まり返る部屋。


 すべての中心に久人は立っている。


「では、そこまでのリスクを抱えて行った儀式、

 次はその意味や有効性について話しましょう」


 久人の語りはまだ終わらない。


 儀式の意味。

 多くの血を流し、多くの恨みをため込みながら行われた儀式。

 島の人間はその儀式は島の繁栄のためと長く信じ続けてきた。



「実質的な意味などありません。ただの醜悪な集団自己催眠でしかないのです」

「なっ……!」

「そんな、馬鹿な……そんなことあるか!」


 その場に立っている孝久、小春以外の人間は驚愕した。

 久人は「だってそうでしょう」と続ける。


「どれだけ呪文を唱え、どれだけみそぎじみたことをしても、死にゆくのはただの小娘と行きずりの旅人。

 たったそれだけの死に島を守り栄えさせるだけの力を持たせるには、この儀式はあまりにお粗末だ。

 いや、それよりも時代錯誤もはなはだしい」

「何を勝手な……現に、現にこの島は今の今まで続いてきたじゃないか!」


 男たちの一人が久人にかみつく。


「変わらずに存続し続けるくらい住んでいる者の心がけ次第でどうとでもできますよ」


 鋭い声で発せられた言葉が島の男たちをすくませた。


「重要なのはそこに生きている人間にある。

 それなのにこの島はいたずらに人を死なせ、無意味に死体の山を築いた」

「そんなことを、そんな戯言を言うな」


 消沈した島の男たちを背に耀賢がかみつく。

 だが、また挑戦的に久人は口元をゆがめ、耀賢にずいずいと歩み寄った。


「おや、いまさら何を驚いているのです耀賢さん。

 あなたはずっと前から知っていた。いえ、そう思っていたのでしょう」

「な、なにをそんな……私は國守の当主だ。そんなこと……」


 ゆらりゆらりと、耀賢の背後に久人は回り込む。


「あなたは神や神事、儀式の類は一切信じていない。

 ただ、國守の地位を信じていた。

 あなたは物質しか信じることができない哀れな人間です。

 國守家の当主としての地位を手放さないために、

 事務的に掟として、慣習として儀式を執り行っているだけです」


 どよめく男たち。疑惑の目が耀賢に集まる。

 耀賢の表情は固まり、振り返りざまに久人から一歩離れる。

 その表情は、久人の言葉が真実であると裏付けるには十分なものに思えた。


「信じる信じないは結構。ですが、これだけは言っておきます」


 久人の言葉、久人の手が周囲のどよめきを止める。

 そしてまた耀賢と距離を詰め、耳元で囁いた。



呪いは存在しますよ・・・・・・・・・



 ひっと喉の奥から耀賢は声を漏らす。


 久人は凶悪な目をしている。

 この時だけは孝久よりも悪人面に見えた。


「この島は呪われている。

 科学の時代が到来し今まで閉ざされていた世界が暴かれ、神秘がオカルトという悪趣味な言葉によって貶められた今に至っても、変わらずこの島は呪われ続けているのです。

 これ以上他人の命を引き換えにした割の合わない愚行を続ければ、

 そのたびにこの島の呪いは深くなる」


 そして全員を見渡した。


「そしてまた現世に執着した髪長姫が死んだとき、その呪いが引き起こされる。

 禍は完全に祓われていない。

 ただ時代へと対処を先送りし、持ち越しただけ。

 ただの時間稼ぎでしかありません」


 カン、と足を鳴らす。


「そして持ち越した時、噴出した禍を祓う霊能者が都合よく現れるという保証はない。

 いずれにしろ、この島は呪いによって滅ぶ」


 禍は、完全に祓われていない。

 呪いのきっかけとなった燕を生まれ変わらせただけ。

 肝心の島にたまった恨みは手つかずのまま残り、再びきっかけを待っている。


「どう、どうしたら……」


 力をそぎ落とされた耀賢がつぶやく。


「簡単なことです。

 すべてを捨て、儀式を行わず、儀式に散った人々を祀り、その恨みを鎮め続ける」


 しなびた当主を拝み屋は眺める。


「髪長姫や客人を殺さずにいれば恨みも切っ掛けも与えられることはない。

 あとは残った恨みに償い続けるだけです」


 穏やかに、だがその声色は冷たく耀賢に降りかかった。


「すでに儀式が通じる時代は過ぎました。

 止まった島の時間を動かしなさい。

 でなければ、すべて失う・・・・・


 へたりと耀賢は脱力し、座り込んだ。



 落ちた。




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