儀式決行
久人は眠っていた。
だがその睡眠を破るように乱暴に障子が開けられた。
「久人さん大変です!」
声は潜めているものの、口調が強い。
声からして淳一らしき男は久人を強引に揺さぶり起こした。
「なんだい、随分乱暴じゃないか」
粗暴な来訪者に苦言を呈しながら久人は枕元の眼鏡をとる。
眼鏡をかけて改めて来訪者を見た。やはり淳一だ。
「そんな悠長にしている場合じゃないんです!」
「いったいどうしたというんだ」
こんなにも感情が立っている淳一は初めて見る。
淳一は久人にずいっと食らいついた。
「今朝、父さんから言われたんです、儀式を……
儀式を今夜行うって!」
「なんだって!」
今まで引きずっていた眠気が一気に霧散した。
「孝久さんが開かずの扉の中に入っていたところを父さんに見つかったんです。
姉さんのことを知られた以上は孝久さんを生贄にして即刻儀式を行う、
久人さんをすぐに帰らせろと言ってきて――」
「なんだって孝久くんそんな軽率なことを……」
慌てて混乱する淳一。
その様子を眺めている久人でさえも、冷静な表情の奥は困惑していた。
久人の知る孝久なら、そんな軽率な行動はとらなかったはずだ。
何物にも執着せず、損得勘定だけで動くような人間であったのに。
そこまで考え、自分の中で抜けていたことに気付く。
そうだ。
孝久は宗正との境界が曖昧になっていた。
今の孝久は、自分の知る孝久と必ずしも同じとは言えないのだ。
「孝久君は今?」
「姉さんと一緒に座敷牢に捕えているようです」
ああ、やっぱり。
宿命という物は変えられないのか。
自分が身代わりの死を選んでも、悲劇は孝久を逃さないのか。
前世の鎖はどうしてこんなにも当事者たちを縛り付けて離さないのか。
この島の呪縛を侮っていた。
このままでは、孝久が可哀想だ。
前世がどのようなものであっても、孝久が宗正のやり直しであってはならない。
悲劇を繰り返させるわけにはいかない。
悲劇を終わらせるのに必要なのは、
それ以上の悲劇しかない。
覚悟を決めなければいけない立場に久人は立たされた。
悲劇を背負う覚悟、そして悲劇を背負わせる覚悟。
すべてを終わらせる覚悟。
なんと、重いのだろう。
「わかった。……もう弱腰ではいられないな」
深呼吸をして、立ち上がる。
ぼんやりと淳一は久人を見上げた。
「淳一くん、秀元さんのことは……許してあげなさい」
「えっ……?」
戸惑う淳一を置いて久人は部屋を出る。
その後を少し遅れ、我を取り戻した淳一が追いかけた。
久人の足はこの島の悲劇の鍵を握る人物・秀元のもとに向かっていた。
部屋の障子戸を開ける。その中には誰もいなかった。
「久人さん、さっきの言葉はどういう――」
「淳一くん」
眼鏡の奥の久人の瞳は冷えていた。
「生贄にされた人々の遺体はどうするか聞いているかい?」
「え、ええと……國守の屋敷の裏手の崖から海に投げ捨てると父さんから聞きました」
「そうか。ならば今からそこに行こう。きっと彼がいるはずだ」
「秀元が、ですか」
久人は淳一の問いに答えずくるりと振り返り自分の部屋へ戻った。
慌てて淳一もその後を追う。
「淳一くん、昨日孝久くんから聞いたのだけど、開かずの扉の向こうで妙な体験をしたんだって?」
「妙な体験、ですか」
「身に覚えのないことを思い出したとか、そういうこと」
久人の言葉に淳一はとっさに首をさすった。
その反応を見て、久人は目を細める。
「移動中にその話を詳しく聞かせてもらえるかな。
そうしたらきっと、僕はすべてを理解できると思うから」
「は、はい」
荷物を部屋の隅にまとめて固めた久人は屋敷を出る。
淳一はそれについて歩き、久人を屋敷の裏手の崖へと案内した。
すべてが終わりへと近づいている。
たどり着いた崖には、秀元が海を眺めて立っていた。




