虚の髪長姫
――なぜ、淳一がいるのだろう。
ぼんやりと起き上がった髪長姫――小春の目の前には弟と、昨晩見かけた悪人面の男がいた。
「淳一……」
思わず名を呼びかけると、淳一はすぐに座敷牢にすがりついた。
その後ろで悪人面の男はこちらを見つめている。
その視線を受けながら、ぼんやりと小春は考えた。
確か秀元が言っていた。客人が来たと。
ならば、この悪人面が客人なのか。一緒に死ぬ男なのか。
そういえば、男は昨晩、妙な名前で呼んでいた。
何の名前だったのだろう。
「燕とは、誰?」
「いや、それは…………」
悪人面は言葉を詰まらせる。
不思議そうに小春は首をかしげ、そして淳一に視線をうつした。
子供のころからずっと自分の後ろを離れなかった弟。
子供のころと同じ困ったような顔をしている。
「姉さん、逃げよう。このままだと姉さんが殺されてしまう。儀式が始まるまでに逃げようよ」
すがるように淳一は格子に手をかける。
それを冷めた目で小春は見つめ、また悪人面に視線を一度だけやり、首を横に振った。
「逃げるつもりない」
「どうして! このままじゃ姉さん、殺されて……そんなの……」
「死ぬ気なんですか?」
悪人面も呆けて小春を見る。
小春は淡々と言葉を紡ぎだした。
「死ぬつもりもないけど、生きるつもりもない。
望まれるなら死ぬ、それだけ。
私の死が望まれるものなら、私は死のうと思っている。
べつにどうだっていい」
感情の波のないぼんやりとした言い方だった。
「そんなの違う! なんで、なんで一緒に来てくれないんだ!
俺は、姉さんに死んでほしくないんだ! 俺の願いより、島の連中の望みをかなえるのか!
俺より島が大事なのか!」
小春の言葉にさらに淳一はかみつく。
音をたてて格子に張り付く弟を姉は冷ややかに見ていた。
姉と弟の間には明確な温度差が現れている。
「馬鹿でもわかる算数。一人の命と百の命、どっちをとるべきか……」
「そんなのどうだっていい! 姉さん一人の命は俺にとってはこの島よりも重いんだ!」
「それが、煩わしい」
「えっ……」
煩わしい。
姉からの拒絶に淳一は気勢をそがれた。
小春は視線を悪人面に向ける。
「秀元の許可をとった?」
「いや……」
ここに至る鍵は養父と秀元しかもっていない。
ならばこの二人は秀元の許可を得て入ってきたのだろうか。
そうは思えないけれど、一応聞いてみる。
帰ってきた言葉は予想通りのもので、それだとなぜここまで入ってこれたのかがわからない。
でも、考えても無駄なことだ。
自分は馬鹿なのだから。
「なら……戻った方がいい。見つかると、面倒だから」
「そうですか」
ただ確かなのは、こんなところを見られてしまえば後々面倒になるということだ。
父親は小春のことを隠したがる。
客人がこんなところに来てしまったと知れば、どうなることか。
悪人面は小春の言葉に案外素直に聞き入れて淳一を引きずって行った。
未練がましく淳一の視線は小春を捉える。
その視線に、小春は応えることはしなかった。
淳一が見えなくなってから、少しだけ息を吐いた。
なにか、夢を見ていた気がする。
そう思い、首をさする。
だが、所詮は夢であり、目を覚ましてしまえばその記憶は遠くなる。
夢を思い出したことでどうしようもないし、何をしようという気もない。
もう一度、眠ろう。
目が覚めたころには、きっと彼はまた来てくれるだろう。




