姉の幻影
――姉さん、姉さん
「姉さん、姉さん姉さん姉さん……」
何度も何度も淳一は姉を呼んだ。
姉は座敷牢で眠っている。
生きているのは分かっているのに、死んでいるかのように静かだ。
淳一はただじっと姉を見つめていた。
座敷牢の鍵は開かない。すぐにでも壊してしまえば、姉を助け出せる。
それなのに、それができない非力な自分がひどく恨めしい。
「帰るぞ」
奥から孝久が帰ってきた。
そこでようやく淳一は視線を姉から外してぼんやりと孝久の方へ向ける。
その時、孝久の傍らに薄くぼやけて姉の姿を見た。
美しい黒髪、青い着物。
座敷牢で眠っているはずの姉の姿。
思わず目を見開き、頭の奥の境界がぼやける。
「姉さん……?」
「おい、どうし――」
そこでようやく孝久も淳一が見る幻影に気付いたようだった。
淳一はその幻影を見て、唇を震わせた。
記憶が頭の中に濁流のように押し寄せ、訳が分からなくなる。
そしてそれをそのまま口にした。
「姉さんから、手紙……もらった。誰かに渡してほしいと頼まれて……。
でも俺は……、手紙を、子供に、男の子に……渡した……」
その時、姉の幻影がきつく淳一を睨み付けた。
そしてこちらに向かい、首を絞める。
鬼のような形相が目の前に広がる。遠くで孝久が叫んでいる。
息苦しい。
髪が、首に巻きつく。
「……燕……さま……」
苦しみながらこぼれた名前は姉のものではなかった。
「燕! やめろ!」
遠くから叫ぶ孝久も同じ名前を呼んでいた。
意識が遠くなる直前、ふっと幻影は消えた。
息苦しさから解放され、淳一は思いっきりむせる。
さっき見えた姉の幻影は何だ。
夢に出てきた姉と同じ姿をしていた。
いや、目の前で眠っている姉と何か違う。姉はあんな顔をしない。
じゃあ夢に出てきた姉は姉ではなく先ほどの姉の幻影だったのか。
それよりも、先ほど自分が言ったことは何だ。
あの時、自分の中でいったい何が起きたのか。
何もわからない。
気づけば言葉になって飛び出していた。
記憶には確かにあるのに、身に覚えはない。
あるはずのない記憶。
何だというのか。
その時、姉の瞼がわずかに動いた。




