孝久が見た儀式
宗正の記憶が孝久を導く。
鍵をもらったときに男に教えられた道筋をたどっていた。
座敷牢を通り過ぎてさらに奥の小部屋。
その畳をはがしたところに、地下へ下りる口がある。
そこを開けて梯子を降りる。
光が及ばない暗い穴。
冷たい石の壁が孝久の出す音を跳ねかえし、響く。
久人が持たせたペンライトをつける。つくづくあの男は抜け目ない。
進んでいく。
ペンライトから延びるか細い光の筋をたどり、奥へ奥へと進んでいく。
この先に何があるのか、宗正は知っている。
だが孝久は見ていない。
もう一度、この目で見なくてはならない。
見えるはずのないものが見えるこの目で。
重い扉が立ちふさがる。鍵束から鍵をとり開ける。
ぎしりと音をたてて開く扉。
石畳の床。目の前には鳥籠。
夢に幾度と出てきた鳥籠だ。
この中で宗正は死んだ。
壁には槍が立てかけられている。古いものではない。
これから行う儀式に備えて作られたものだろう。
穂先が怪しく煌めいている。
それは特殊な形をしており、中が空洞になっていた。
これは血を集めるためのものだろう。
鳥籠に触れる。血がこびりついていた。
鳥籠に宿る死霊たちの思念が孝久の体を伝い、映像を見せる。
鳥籠に生贄の客人を閉じ込め、つるし上げ、男たちが槍を刺していく。
槍から抜ける血を集める。
生贄は血を抜かれてその肌に赤が抜けて白くなる。
何人も、何人もこの鳥籠の中で死んだ。
槍に貫かれ、痛みにもがき、すべての血を流して苦しんで死んでいった。
貫かれたわき腹がずきりと痛む。
宗正の記憶が浮かび、同化していく。
槍で貫かれて血を抜かれ、鳥籠にとらわれた最期。
だが、悔しさも怒りも悲しさも何もなかった。
痛みに眉を寄せ、それでも一点を見つめていた。
鬼面の男。譲。
彼もそらさずこちらを見つめていた。
その仮面の奥の顔を思い出すことができない。
譲は最後にどんな顔をしていた。何を思っていた。
それを知るすべはない。
わかっているのは譲は当主として宗正を殺したことだ。
いつ思い出しても死の記憶は痛みを伴い、気分のいいものじゃない。
ここで自分の前世、宗正は死んだ。
死んだのはあくまで宗正であり、自分じゃない。自分であってたまるものか。
奥にはまだ扉があった。
次だ。さらに奥の間へと向かう。
儀式はこれで終わりではない。髪長姫の儀式がある。
そして、その奥に祭器とご神体。そのすべてを見なくてはならない。
逃げてはならい。すべてを明らかにして、真の安定を手に入れる。
その時、孝久は気づいていなかった。
すでに宗正の記憶、宗正の感情が孝久に密接に結び付き、さらに奥へと導いていることに。
先ほどの間よりも少し狭い。だが十分に開かれた空間。
殺風景な円舞台。中央には日本刀が祀られている。
先ほどの槍と比べて年季があり、ずっと昔の業物だろう。
ペンライトをくわえ、日本刀を引き抜く。光を受けて妖しく煌めいていた。
血が見えた。
瞬きするとその血は消えていた。
一瞬の幻覚。
だがそれは生々しく記憶に刻まれる。
そして察した。
この刀は使われている。
観賞用の家宝などではない。
今でも丹念に手入れがされ、切れ味も鋭い事だろう。
この刀で、斬るのだ。
床には血の絨毯が広がっていた。
ここで死んでいった髪長姫たちの血だろう。このなかに燕の血がある。
この刀で、髪長姫の首を斬り落とす。
その光景が脳内を駆け巡る。
鞘から抜き放ち、舞台の中央に立つ。目の前には髪長姫。
髪は巻き込んで斬らないように結い上げられている。白い首が目の前にある。
差し出された首に、一筋振り下ろす。
燕の時の光景も見えた。
燕の首を斬り落としたのは、燕の兄であり当主である譲だ。
鬼の面をかぶったまま、鞘から刀を抜き放ち、妹のそばに立つ。
燕は宗正を失い、力なく首を差し出す。美しい黒髪は結い上げられ普段見えない白い首筋が見える。
高く振り上げて斬り落とす。
舞い上がる鮮血、転がる首。
酔いそうだ。
刀を手にしたまま、孝久はよろける。
この刀が何人もの命を奪った。燕の命さえも。
鞘に納め、元の位置に戻す。
呼吸がはやくなっている。だがそれでも孝久の足は次の間にむかっていた。
また狭くなり、もはや小部屋と呼べるほどだ。
中央には作業机。よくわからない器具が並んでいる。
そのどれもがいまだに使用され、手入れされているようだ。
それでも血が机にも器具にもこびりついていた。これは過去の話ではない。
すぐそばの未来、自分たちに降りかかる現実だ。
次だ。次が最後だ。
扉を開く。
入ってすぐに、祭壇が見えた。
部屋にはしめ縄が渡され仰々しくそれは祀られていた。
触らずともかさかさした質感を伝える乾いた表面。
茶色く変色し、ぽっかりと穴をあけている。
御神体は『頭蓋骨』だった。
ああ、わかっていた。
こうなるだろうと思っていた。
すでに見た宗正の記憶が結びつく。
髪長姫の頭蓋が神の憑代となり、この島を守る。
そばで共に祀られている祭器で祭りのときに髪長姫の頭蓋に神を降ろす。
そう鍵を渡した男は言っていた。
祭器は弦楽器だ。黒い妙な弦が張られている。
ぴん、とその弦をはじく。
また記憶が流れ込む。この弦が生きていた時の記憶だ。
「嘘だろ……」
そこで初めて孝久は声を漏らした。
そして改めてこの島の異常性を認識した。
この黒い弦は、髪長姫の髪だ。
先ほどの作業台で髪長姫の首は頭蓋を引きずり出され、その髪は加工されて祭器の弦となる。
髪長姫の選定基準は名前通りの髪だった。
燕も小春もその黒髪は今まで見たこともないほど美しい。
美しい黒髪をもつ娘が髪長姫となり、殺された。
もう十分ではないか。
弱気な声が体内を駆け巡る。だがそれでも頭蓋を見なければ。
よせ、よせと声が叫ぶ。だが見なくてはならない。
この目で頭蓋に宿るこの島の神とやらを知らなくてはならない。
それでなければ、何のためにこの島に来たのか。
ここに来たのか。
何のためにもう一度生まれてきたのか。
そして孝久は頭蓋に触れた。




