儀式への鍵
――最悪だ……
廊下から孝久は中庭を眺めていた。
正確に言えば庭を眺めているふりをして考えている。
この島に来たことを、孝久は後悔しつつあった。
毎晩のようにうなされて昼も夜もなく死霊がまとわりつく。
もう死霊には今までの人生で十分慣れたのだが、夢ばかりはどうにもならない。
妙に覚えのある、
だが覚えているはずのない記憶を夢の中で何度も繰り返され、
自分という存在が揺らいでしまう感覚。
羽を休めるどころか、余計に疲れている。
自分が分からなくなるあの感覚はとても嫌だ。
自分が分からなくなると周囲の物もそれが本当にそうなのかがわからなくなる。
孝久にとって孝久とは何よりも尊いものだ。
周囲がどうなろうともう構わない。
孝久さえ傷つかなければいい。
それなのに、この島は孝久から孝久を奪っていく。
だから思う。
――最悪だ……
「それほどこの庭を気に入られましたか」
突然に声をかけられて孝久は声のもとに視線を向ける。
秀元だった。
相変わらず侍のように鬼気迫った険しい顔をしている男だ。
「それはないですね」
「そうですか」
秀元はそれ以上は何も語らず通り過ぎて行った。
なんだったのか。
――そろそろ部屋に戻るか
これ以上無駄なことを考えても仕方がない。
立ち上がり部屋に戻る。
この島に来てから満足に眠れていない。
転寝でもいいから少し眠ろう。
ほんの少しの間だけならきっと妙な夢も見ないはずだ。
部屋に戻り、押入れをあけて布団を引き出す。
その時、まためまいがした。
とっさに布団を手放し、壁にもたれかかる。
ガチャン――
足元で何か音がした。
見下ろせば落ちてきた布団の勢いで床の間の壺が割れてしまった。
やってしまった。
無意識に舌打ちが漏れる。
破片の一つ一つは大きい。見るからに古い壺でガラクタにしか見えない。
――なんだ……?
その中に、すすけた塊があった。
よくよく見ると古い鍵束だ。思わず手が伸び、拾い上げる。
また記憶が流れ込んだ。
かすかな映像。
着物姿の男。顔までは見えない。
鍵束を手に持っている。
「この鍵で地下の儀式の場を見ることができる。それを見たうえで決めてくれ」
その言葉とともに鍵が渡された。
受け取ったのは宗正だ。
この鍵は、儀式の部屋へ続く鍵だ。
流れ込んだのはそれだけの記憶だった。
現実に意識が戻ると、遠くのほうから足音が近づいてくる。
「なにか音がいたしましたが大丈夫でございますか? ……まあ」
「申し訳ございません……不注意で、割ってしまいました」
「いえ、かまいません。古いだけの壺でございますから。
後始末をいたしますので、しばらく離れていてください」
「……はい」
侍女に追い立てられて部屋を出る。
鍵束は渡せずじまいだ。
まあいい。この鍵はあとで久人にでも渡しておけばいい。
儀式の部屋の鍵とあればそのほうがふさわしい。
頭がくらくらする。
もうたくさんだ。
この島には、関わりたくない。




