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髪長姫の転寝  作者: 四谷 秋
滞在三日目 ~髪長姫~
12/42

音櫛島の悲劇

  ――鬱陶うっとうしい


 布団から起き上がった孝久は長い前髪をかき上げた。

 今日は朝から雨が降っている。

 昨晩にあの女――燕が現れて、記憶が洪水のように押し寄せ頭がパンクしそうになった。

 気づけばすでに日は昇っていて、あの時気が遠くなったのは眠ったのではなく気絶に近かった。


 湿っていたとしても外の空気を吸いたい。

 重い体を動かし部屋の障子を開ける。



 見事な中庭が見えた。

 また記憶が流れ込む。


 中庭が見える部屋がいいと希望をいったのだ。

 そして障子を開け放ち、中庭の景色を描いた。

 見事な中庭にたたずむ艶やかな青い着物。まっすぐ伸びる黒髪。

 燕がいた。



「孝久さん?」

「……あ、ああ」


 淳一に声をかけられまた現実に戻る。


「ちょうどよかった。今から久人さんの部屋に行くつもりだったんです」

「先生の?」

「昨日頼まれた資料が見つかりましたので。一緒に行きましょう」

「ああ……」


 そして淳一と二人で久人の部屋に入った。



「なるほど……確かに年とともに三人の名前が記録されているね。ありがとう」


 パラパラと古書のページをめくる久人。

 だが、あるページに至ってその手が止まった。


「淳一くん、これはなにかな」


 そういってある記述を指した。

 覗き込むと、約百八十年前の記録だった。

 記録された名前に朱が引かれ、横には『わざわい』と書かれている。

 朱が引かれた名前は――。


 髪長姫、燕

 客人、宗正

 当主、譲


「――っ!」

「どうしたの孝久くん」


 思わず声が漏れた。

 事実として存在していた。

 燕も、宗正も。禍と不穏な文字を添えて記録されている。


 幻覚ではなかった。

 たしかに燕と宗正は過去に生き、思いを通じさせていた。

 そして生贄として死んだ。


 死なせた國守の当主の名前は譲。ゆずると読める。

 あの白昼夢の最後によぎった名前だ。


「なんでも……」


 とにかくそれをごまかす。

 また妙なものを見たといえば話がそれてしまう。


 朱が引かれた名前の次は、今までの期間を開けずにすぐに儀式が行われた。

 別の髪長姫の名前、客人の名前、短期間しかたっていないのに当主の名前までも変わっていた。


「『禍』……。父さんから聞きました。

 儀式が失敗したときにおこる大災害だそうです。

 地震が起きてそれが引き金となって川の氾濫や火山の噴火……。

 当時の島の人口の三分の一が死んだ、とか」

「それは悲惨だね。

 これを見ると、その禍を鎮めるためにすぐに次の儀式を行ったってところか」


 悲惨。

 その一言で簡単に片づけられる災害ではないだろう。

 おそらく孝久が見た怨霊の大多数がその禍で死んだ人々だ。


「禍が起きた原因は儀式の失敗だとしたら、その原因とかは伝わっているのかな?」

「髪長姫が現世に未練を残したから、神降ろしの時に悪い物を呼び寄せた……だとか」

「なるほど……。ところで淳一くん、お姉さんはどうしているの?」


 そういえばこの島に来てから三日目だが、姉の姿を見ていない。

 姿は愚か存在さえも淳一の口以外に知らされていない。


「姉さんは、今は座敷牢に囚われています。

 現世に対する未練を断ち切ると言って。

 俺が東京にいるときに座敷牢にこもって、それから最低でも五年の間、ずっと……」

「座敷牢、ねえ」


 座敷牢。

 孝久に流れ込んだ記憶によぎるのはあの吊るされた鳥籠。

 

 いや、何か違う。しっくりこない。

 あの格子に囲まれた場所だろうか。

 ああ、それならしっくりくる。確かにあれは牢に近い。



「それにしても、不用心じゃないかな。

 いくら國守の息子だからって、島の生まれでもない淳一くんがそこまで知れるなんて」

「島の全員、俺が父さんの後を継ぐと信じています。姉さんが殺されるというのに。

 島の人間も父さんも、俺がすっかり島の人間になったと考えています。

 俺だって、儀式のことを知らされるまではそう思っていました」


 久人は顎をさする。

 視線は資料に注がれている。


「島の人間は姉さんをただの生贄にしか見ていません。

 死んでこそ意味のある存在だと父さんは言いました。

 冗談じゃない。姉さんは俺のたった一人の家族なんだ」


 膝の上で淳一は固く拳を握る。

 この光景をどこかで見た気がする。


 拳から視線を上げると、悔しそうに顔を歪める淳一。

 この島では珍しいはずの白シャツ姿。

 だがそれが一瞬着物姿に重なる。



「俺には姉さんしかいない。姉さんにも俺しかいない。

 たとえ儀式が行われず島が滅んでも、そんなことどうでもいい。

 姉さんさえいてくれたら――」


 ――譲様は俺のすべてなんです


 言葉が重なる。

 記憶がまた顔をだし、今の記憶を沈めてゆく。

 今目の前に座っているのは誰だ。

 淳一か。直政か。


 どちらも同じ顔をしている。子犬の顔だ。

 一つのところに強く依存し、執着する愚かな犬。



 駄目だ。

 思い出したくない。

 自分は孝久のはず。

 今は平成の時代。間違いない。間違いなどない。


 平静を装わなくては。


 弱さを見せてはいけない。

 孝久は完璧であるべきなのだ。


「これは今年の記述だね。当主は耀賢さん、客人はまだ空欄、髪長姫は――」

「小春。……姉さんです」


 助けるべき髪長姫は小春。燕じゃない。

 自分は宗正ではない。葛西くずにし孝久たかひさだ。

 何度も何度も胸の内で言い聞かせた。



「久人さん、当主がお呼びです」


 障子越しに言葉が飛び込んだ。

 久人は急いで資料を鞄につっこみ、立ち上がる。


「話はここまでだね。孝久くんもゆっくり休むといい。

 そのためにこの島に連れてきたんだから」

「……そうですか」


 仕事を忘れさせるためならわざわざこんなところに連れてきてほしくなかった。


 恨んでも仕方のないことだが、人のいい笑みを浮かべるこの男にひどく腹が立った。




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