表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
髪長姫の転寝  作者: 四谷 秋
滞在二日目 ~依頼~
10/42

孝久と髪長姫

  ――止めろ


 また、孝久は夢を見ていた。

 様々な場面がとびとびに流れ込む。

 閉ざされ、吊るされた鳥籠。

 血濡れの刀。

 見上げる男たち、中央に立つ鬼面の男。

 美しい黒髪、泣く女。


 どれもその意味が分からず、ただ眺めていた。


 そうしているうちにまた視界がゆがみ、今度はは格子に囲まれた部屋の中にいた。

 傍らには黒髪の女がいて泣いている。

 恨み言をぶつぶつとつぶやいていた。


  ――みんな……死ねばいい……どうして私たちが……


 夢の中の自分――宗正は彼女の肩を抱き寄せ、彼女が泣き止むまで寄り添った。

 彼女の美しい黒髪に指を通す。とても美しく長い黒髪だ。

 髪長姫かみながひめ。彼女はそう呼ばれていた。


 彼女とは誰だ。誰のことなのか。

 なぜ呪っている。彼女はなぜ泣いている。



 また場面が変わる。

 今度は冷たい石の壁に囲まれた広い部屋。

 つるし上げられた鳥籠のような檻にとらわれた宗正は見上げる男たちをただ見下ろしていた。


 槍が体に向かう。

 鳥籠にとらわれた自分は槍に貫かれた。


 血が伝う。


 どくどく、どくどく――。


 鋭い痛みが全身を渡り、槍が体から抜き取られた。

 傷口から止まることなく血が流れる。

 痛みが遠くなり、体温が血とともに体から抜けてゆく。


 薄れゆく意識の中、鳥籠の格子の隙間から手を伸ばす。

 その手の向こうには鬼面きめんの男。こちらをじっと見上げている。




 また場面が切り替わる。

 今度は孝久自身にとって覚えのある場所だった。


 小奇麗にされた銀行。確か、親の使いで銀行に来ていた時だ。


 一発の銃声。耳をつんざく悲鳴。

 慌ただしい人の波。その人の波に取り残される。

 同じく取り残されたのは母親と幼子、着物の女性、ビジネスマン、老婦人。


 中央には猟銃をもった男。パトカーが取り囲う。ずっと、ずっと待たされた。

 抵抗したビジネスマンが撃たれた。

 子供連れの母親が悲鳴を上げ幼子が泣いた。また男は発砲した。


 男は人質を眺め、孝久に目を止めた。


「お前、なんだその目は」

「生まれつきです」


 額に重く冷たい銃口が突きつけられる。

 男の肩には頭がはじけた女がついていた。男に撃たれたのだろうか。


「胸糞悪い目つきしやがって」


 男の指が引き金に掛かる。


 その時に電話が鳴った。こちらに銃口を向けたまま男は電話に出る。


―――――



 何時間も続いた立てこもりは、一本の電話で終わった。

 叩きつけるように電話を切った男はこちらに銃を向け、撃った。



 人が死んだ。

 それからも次々と死んでゆく。警官隊が突入する。

 悲鳴、銃声、火薬のにおい、血、血、血。



 死体に埋もれて、自分だけが生き残った。無傷で生き残ってしまった。




「っ!」


 気づけば國守邸の布団の上だった。

 いやな夢だ。

 淳一から事件の話を聞いたせいで、また忌まわしい過去のことを思い出した。

 今まで危うさをはらみながらも平穏を保っていた孝久の人生のバランスが崩壊した日の出来事。

 あれからずっと、孝久は永遠に続くはずの平穏を失った。




  ――宗正様……


 声が聞こえる。


 起き上がると障子を背に女が立っていた。

 月の光を背負ってその顔はよく見えない。

 着物姿の、髪の長い女。女の中では背は高い。

 ゆっくりと女は歩み寄り、枕元に座る。


「宗正様……ずっと、待っておりました。再び私の元を訪れてくれると、来てくれると信じておりました」


 深く下げた頭が上がる。



 綺麗な女だった。



 月の光を浴びてぼんやりとその光を帯びる肌。

 切れ長の凛とした眼差しには知性の光が宿る。

 すっきりと通った鼻筋、濡れたように艶やかに瞳を囲う長い睫毛まつげ

 ほんのり色づいた小ぶりの唇。その唇からこぼれる涼やかな声。

 幼い顔立ち。



つばめ……」



 唇が勝手に名前を紡いだ。

 名前を呼ばれ女――燕は花が咲いたような笑みを浮かべる。

 平安貴族のように長い黒髪は美しく艶やかでうねりもなく、月の光を受けて煌めく。


「思い出してくださいましたのね……」


 しなやかに動く燕の指が頬を撫でる。


 質量のない指はひんやりと冷気を帯びていた。

 その冷たい感触が記憶を刺激し、鮮烈に蘇る。




 縁側で言葉を交わし、笑みを見せる燕。

 絵の被写体になってもらい、筆で燕の姿を紙にのこす。

 美しい黒髪をどう表現しようか悩んでいた。

 中庭を照らす月を共に見上げ、肩を寄せ合っていた。


 孝久には覚えのない、それでもみずみずしく脳の奥に刻まれた記憶。

 これは、なんだ。



 燕の手が自分の手に重なる。


「ずっと、お会いしたかった。ずっと待っておりました」


 この女は何だ。

 先ほどから思い出される記憶は何なのだ。この女は何を言っている。



「今度こそ、二人で逃げましょう」


 彼女の涼やかな声は悲痛に揺れていた。

 冷たい手が孝久の手を捉え、凛とした眼差しは孝久の姿を捉えて孝久の姿だけを映す。




「私を……助けてください……」




 激しいめまいを覚え、孝久はまたぐらりと布団に倒れ込んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ