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後編(2)

またもや少々下品です。 毎度のことながらご注意下さい。

 よく考えたら、伯爵家から乗ってきた馬車は一台しかないので私が帰るとなると、旦那も帰らないといけないなだなってことに気がついた。 ごめん、すっかり忘れてた。

 強制的に舞踏会を終了させてしまったことへの罪悪感と、私自身の苛立ちも合わせて車内では一切旦那と目を合わせなかった。 まあ普段からそう喋るわけでも、コミュニケーションを交わすわけでもないのであんまり気にならないし、気にしてないと思うんだけどね。


「エリー」


 馬車に乗り込むとき「早く帰りたい」と言ったせいか、結構なスピードで走らせてくれている。 窓から見える外の景色が尾を引く様は、少しだけ元居た世界に似ていたから懐かしい。 そうやって思考をあらぬところに飛ばしていた私に、旦那の低い声が聞こえてきた。 なにさ。

 私が黙って旦那に視線を向けると、少し暗い車内に外から差し込む街灯が旦那の顔に影を作っている。 なんかこうやってみると悪役っぽいな、と思ったけれど、そんな感想を口に出せるほど今の私は穏やかでいられない。


「何を怒ってる」

「別に」


 きっと私の顔は、凄い仏頂面なんだろうなと思う。 全面に憤然を押し出して、ふて腐れて。 でもその理由は決して口にしない。 わざわざ説明する気にもならなかった。 むしろあの場に居たら分かるでしょ?と思う。 相手にそういう機微を察して欲しいと思う点は、昔読んだ「男が嫌いな女」っていうネット記事にそのまんま当てはまる気がする。 我ながら面倒だとは思うけど、さりとて必ずしも理解が感情に追いつくわけじゃない。 ちょっぴり旦那の顔が歪んだ気がしたのは、光の加減のせいだったのか。


「エーリカのことか?」

「は? なんで」


 ある意味ではそれも怒ってるけどね。 折角期待して行ったのに!……って。

 でもそれは、このもやもやとした心情の理由にはならない。 旦那は少しだけ考える素振りを見せた。


「では、メイドを助けなかったことか」

「違う」


 助けるのは私の仕事だ。 旦那の仕事じゃない。

 自分が好きでやった事に、他人が手を貸さなかったからと恨むほど私は子供じゃないんだよね。

 と思うけど、こうやってむっつりと膨れているのは子供みたいに見えるのかな。 まあ旦那がどう思おうが知ったことじゃないけど。


「では貴族達の言葉か」

「違う」


 それはもの凄く怒っているんだけどね。 旦那に怒っても仕方がないことだって分かってる。

 旦那は口を噤み、それから少しだけ眉を寄せた。 白い手袋をしたままの手を見て、それからいつもよりうんと低い声で言った。


「――手を差し出したことか」

「…………」

 

 座りっぱなしの私を立ち上がらせようとしたのは分かる。 そのために差し出された手は、貴族の男らしい仕草だったから。

 でもあの時、私にはその手がまるで私のしたことを否定しているように見えた。 こんなところに座り込んでみっともないって言われているような気がした。 貴族のフリをしているけれど、本当はただの異邦人である私を見下しているように見えた。 つまらない感傷のただの八つ当たりだって、十二分に分かっているんだけど。


「お前が一人で立ち上がれる女だということは分かっている。 だが俺は、」

「違うって! いや、違わないけどそういうことじゃない」

「じゃあ何が気に入らなかった」


 問い詰める旦那の言葉に私は黙秘権を行使した。 言うのが恥ずかしかったし、言ったところで旦那は「そんなことはない」と仮面の言葉を投げかけるような気がしたから。 そんな風に言われたら、きっともっと傷つく。 だから私は自衛のために黙った。 私は自分が可愛いから。

 旦那は黙りこくった私を暫くじっと見つめた。 私が何か言うのを待っているのだと分かっていたけど、私は何も言うつもりはないし? きっとそのうち諦めるだろうな、と黙って外を見ていたら、不意に旦那が話し始めた。


「この国の医療が何故発達していないか知っているか」

「……戦争ばっかやってて、医療を発達させる余裕がなかったからでしょ」


 私はいつか医師団の人間に聞いた話を思い出して答えた。

 その人曰く、この国――ハプスベルクは元々小さな国だったけど、侵略と略奪を重ねて、ここまでの大国にのし上がったそうだ。 現国王になってからは、そういう戦争は無くなって、今は自国の内政を充実させることに重点を置いているとも言っていた。

 まあそれを聞いたときは、そんなギリギリの戦争してんじゃないよと思ったけどね。 大体戦争というのは基本的に医療を発展させるものなのだ。 第二次世界大戦とかでどれぐらい医療が発達したと思ってる。 まあ、えげつないことをかなりやっての結果だから、必ずしも良いことだったとは言い切れないけどさ!


「それも理由の一つだ。しかしそれだけじゃない」

「あ、そうなの?」


 この瞬間、私はふて腐れていることをコロッと忘れた。 いやだって聞きたい話だもん。 変に素っ気ない態度をとって話して貰えなかったらいやじゃんか。

 思いの外食いついた私に、旦那がちょっと眉を上げた。 なんだその表情。 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。 旦那はそんな私の表情に気がついていないのか、気がついていないフリをしているのか、そのまま静かな口調で話を続けた。


「ハプスベルクの貴族は、そのほとんどが元々ハプスベルクの人間だった血筋だ。 対して平民は全てハプスベルクが侵略した国の人間だ」

「それで?」

「ハプスベルクの血筋を持つ者は、神に守られている――それがこの国の常識だ。 神に守られている貴族は病気に罹りにくく、怪我の治りも早い」

「……え、意味わかんない」


 なんかちょっと急にファンタスティックなお話になってきたぞ、おい。 まあ『越境者』とかが居る時点で大分ファンシーな国なんだけどさ。 あ、そういえばこの国の宗教ってあんま詳しく知らないわ。 結構ごちゃごちゃしてるみたいだし、興味なかったし。 というか病気に罹りにくいのも、怪我の治りが早いのも貴族だからっていうか、貴族の人がいい生活しているからだからね!? いいもん食べて、快適な環境で過ごしてるんだから、そりゃあ病気にだってなりにくいだろうよ。


 ――と多分、大体私は思っていることを顔に出してしまっていたんだと思う。 いやあ、貴族相手なら幾らでも猫被るんだけど、相手が旦那だと取り繕うのも面倒というかなんというか……まあ、それはおいておいて。

 旦那が真剣な顔をしているので(いつもと同じ無表情だが)、私も真剣な顔を作って旦那の話を聞くことにしよう。


「この国の内政に関わっている者のほとんどが貴族で、その全てがハプスベルクの血筋に連なる。 自分達が罹らぬ病に、時も時間もかけられない。 それよりもより豊かな生活をするために戦争を続けることの方が大切だ。 それが今も尚根深く貴族の間に残っている風潮だ」

「でも戦争したら貴族だって怪我するじゃん。 銃創に焼きごてで止血なんてレベルの治療じゃ普通に死ぬよ? 助かるもんも助からないよ?」


 旦那はほんの一瞬、苦々しそうな顔をしたように見えた。

 その瞬間「あ、いやな話だな」という予感はしていたんだけど、私は旦那の話を遮ることはしなかった。 聞きたかったし、聞かないといけないと思ったから。


「戦地に赴く兵はほとんどが平民だ」

「…………つまり?」

「この国はでかい。 平民も多い。 壊れたら補充すればそれで事が済む」

「――折れた矢をわざわざ直して使うより、別の矢を使えばいいってこと?」


 旦那は黙って頷いた。

 ああ、そういうことか。 つまりどっちにしても内政に関わる貴族"様"には対岸の火事ってわけか。 自分に降り注ぐ火の粉でないからわざわざお金と国力使って、払う必要ないってわけね。

 

「つまりほとんどの貴族"様"にとっては、私がしていることって無駄に国力を使わせているだけってこと?」

「――そうだ」

「衛生的にして病気を防ごうとしているのも、薬を開発しようとしているのも、手術の成功率を上げようとしているのも"所詮"平民のためにやっているどうでもいいことだってこと?」

「……そう思っている貴族は多い」


 この車内に鏡が無くて良かった。 多分今浮かべている表情を見たら、私は自分が自分で怖くなりそうだ。 そのくらい凶悪な顔をしていたと思う。

 講演会にやたら平民が多かったことも。

 たまに来る貴族が、そんなとこから来たの!?と驚いてしまうほど地方出身者ばかりだったことも。

 あの舞踏会での嘲笑の意味も。


 全部全部、理解した。


 この国の人は大らかで、『越境者』の私にも親切で、だから凄く良い国だって思ってた。 でもそれは私が狭い世界にいたせいだったんだ。 私は『越境者』で、この国の"神"からの贈り物だから貴族は親切にしてくれて。 多分、仲間だと思っていたんだろうか。 でもそんな私は彼らが人とも思わぬ平民に手を伸ばす。 そんな私を目の当たりにして、あの場に居た貴族達は私をただの"異邦人"と見下した。

 言われてみれば違和感はあった。 講演会で会う平民の人達は、あまり大きい人がいなくて、 何処か体を壊している人が多かった。 対して私が会う貴族はみんな大きくて、健康そうで。 ああいう医療関係の講演会だから、単に自分の体に問題を抱えている人が集まったんだと思ってた――でも多分、それは違う。


 ああ、私は何も知らなかったんだな。 そのこと自体はとても恥ずかしかったけど、自分のしたことはやっぱり恥ずかしくないなって思った。 そりゃあ、お貴族様にとっては私は異質かもしれないけれど、私はそもそも異質なんだ。 そんな私がこの世界に居る意味があるとするならば、もしかしたら今やっていること自体なのかもしれない。

 まあ私にこの国が変えられるともはこれっぽっちも思わないが、それでも私がしていることを助けてくれる人がいて(王様とか医師団とか)、私がしたことで救われる人がいるなら、多分それだけで一人の人間としてはまずまずなんだと思う。


 ――そこでふと、思い出した。 旦那が私に言ったあの言葉。


「私の試みは素晴らしいと思うって、言ったよね?」

「ああ」

「あれって嘘? 本当は"こんなところ"っていう言葉が本心?」


 ああこんなシリアスな雰囲気、全然私に似合わないのに――尋ねる私の声はちょっぴり震えていた。

 別にこの人が実際どう思っていようと、私のやることは変わらないんだけどね? ただあの夜の言葉は、嬉しかったから。 あの時の気持ちを嘘にしたくないなって思った。


「俺はお前のしていることは素晴らしいことだと思っている」

「あなたも貴族なのに?」

「――そうだな。 俺も貴族だ。」


 旦那はまるで自嘲するかのようにふっと笑った。 そういえばこの人がちゃんと笑ったのを見るのは初めてな気がするけど、ちっとも素敵な笑顔じゃなかったからノーカウントにしよう。


「俺は騎士団の人間だからな。 部下には平民出身も多い。 もし奴らが、神に守られていないからという理由で死んでいくのなら――俺はそんな神なぞいらん」

「……そっか」


 そう言うと旦那は口を噤んだ。 私もそれ以上、何も言わなかった。

 あのときの言葉が嘘じゃないと知れたのは嬉しかったけど、旦那の言葉はとても重く響いて、素直に喜ぶことが出来なかった。 沈黙は何時ものことなのに、なんだか今はとても居心地悪い。 


「貴族が嫌いか」


 現実逃避のために、流れる夜景を眺めていたら旦那がぼそりと呟いた。 私はゆっくりと首を横に振る。


「今の話を聞いて大分、貴族への印象は悪くなったけど、だからって貴族一括りで嫌いになるほど、私は子供じゃないよ」


 だって、ブックマン子爵家の人は貴族だけど私に凄く良くしてくれた。 彼らがどういう思想を持っていたとしても其れは事実だ。 私はその事実を忘れることは出来ないし、忘れたくない。

 貴族の考えは嫌いだが、貴族を嫌いになりたくない――感情って本当に複雑だ。


「俺のことは――……嫌いか」


 旦那が次いで問い掛けてきた言葉に、私は思わず目を瞠ってしまった。

 だってそういう口調はもの凄く弱々しくて、あの酔っぱらいの時の比じゃなかったから。 なにこの人、私に嫌われるのが厭なの? そりゃあまあ、仮にも自分の所有物つまに嫌われるのはプライドが許さないのかもしれないけど、そんな恐る恐るみたいな感じで聞くなよ。 もうちょっと主人としての威厳をもって聞きなさいよ。

 私は驚きすぎて、咄嗟に言葉が出なかった。


「だから、手を伸ばしたのが――お前に触れようとしたのが厭だったか」


 ……え、なにこのネガティブ思考、本当にうちの旦那? 私が何も言えずにいたことを変な風に解釈したらしい旦那がもの凄く苦しそうに顔を顰めた。 いや、なんなのその顔。 大分驚きですよ、奥さんは。


「いや、別に私は……」

「やはり無理矢理妻にしたのが気に入らなかったか? 望まない結婚を強いたのがいけなかったのか?」

「え、あ?はい?」


 ちょ、待て、近い。 向かい合わせに座っていた私の横に手をついて、所謂壁ドン状態なんだが。

 なんだどうした。 変なものでも食べた? 取り敢えず、その色々な意味でもの凄い顔を離して欲しいんですけど、ちゃんと意識あるかな、大丈夫かな。

 先程の気まずさなんてどこにやら。 いや今も別の意味で気まずいけど、これは一体どういうことだ?

 急激に変化していく状況に、私は二の句を告げないまま、直ぐ近くにあるトパーズ色をただ見つめることしか出来なかった。


「俺はお前が望んでいた通りの夫であろうとしているのに」

「……はい?」


 うちの旦那、こんなに良く喋る人だっけ。 私が押されてさっきから全然喋れてないんだけど。 というか何かを喋らせてくれる雰囲気じゃないんだけど。


「お前が以前王宮に出入りしていたとき、そこの人間と話していただろう。『亭主元気で留守がいい』 とか」

「……あーそういえば、そんなこと言ったね」


 あれは確か、王宮のメイドさんが「最近旦那の帰りが~」とか言っていたので慰めに言ったんだ。 旦那居ない方が伸び伸び出来るじゃん! みたいな感じで。 つうかその会話を一体何処で聞いてたんだ? 盗み聞きか!?


「それに下手な男は厭だとか。 娼婦とばかり寝ていて自分が上手いと思っているような勘違い男は御免だとか」


 あ、うん、それも言った。 それは医師団に所属する女性との会話だ。 いやさ、居るんだよ。たまに。 娼婦のお姉様方ってお仕事だから、こう気持ちいいふりとかするじゃん? そんな感じの優しい人ばかり相手にしすぎたせいで、自分が上手いとか思っちゃう男。 え、それも聞いてたの……?


「だから俺は寄ってくる女を全部抱いて、きちんと自分の技術を確認して――」

「いや待って待って。 私でも多分、浮気する夫はちょっとみたいな話もしたよ?」


 まあこの旦那とは仮面夫婦なのでちっとも気にならないが、ほら愛のある結婚をしてさ。 その旦那が浮気したらやっぱり厭じゃん? もしかしてこの人その部分だけ聞いてなかった? あ、うん、聞いてなかったね。 なんかすっごい苦々しそうな顔してるもん。 この人頭は悪くないと思ってたけど、実はもの凄い馬鹿なのかもしれない。 そんなの普通に聞いてなくても分かるだろう。


「お前は人とかなりずれた感性を持っているようだから、そういうのは気にしないのかと……」

「うん、喧嘩売ってる?」


 どういう意味だ。 その苦々しそうな顔はあれか。 聞いてなかったことを悔やんでいると言うよりも、私の感性が思っていたよりも普通だったことに気がつかなかったことを悔やんでるな? このまま頭ぶつけて、鼻潰そうか?


「……それに、でかすぎるのも厭だと言っていただろう。 それに政略結婚の相手と愛が生まれぬままするのも厭だと言っていた」

「え、あ、うんまあ――あ、やっぱり私が貴方のこと別に好きじゃないって気がついてた?」


 ……あ、まずい。 なんか思いっきりトドメを刺した気がする。

 思わず口が滑って言ってしまった。 私って基本、貴族モードじゃないときは率直なんだ。 ごめん。

 旦那は力なく体を起こし、私から離れてドカッと自分の席に戻った。 良し!と思ったが、どうにも打ち拉がれている。 なんかもの凄く居たたまれない。 ちょっと顔、顔上げてよ、頼むから。


「あ、の、いや別に勘違いしないでね? 好きじゃないけど、嫌いってわけじゃないから!」

「――手を、取らなかったのにか?」

「それはなんかこうさ、ちょっとセンチメンタルになってて。 手袋越しにしか私に触れないのかーとか、メイドさん助けるために床に座った私がそんなにみっともないかーとか、所詮貴族じゃない私を馬鹿にしてるのかーとか思って……こうね?」


 いやぁ、まさか、あの時手を取らなかったことがそんなに旦那のメンタルをずたずたにするとは思わなかった。

 私の言葉を聞いた旦那は、ようやっと伏せていた顔をあげてくれた。 なんか若干乱れた前髪が顔にかかって、疲労感が滲み出ている。 何度も言うけどごめん。


「つまり手袋越しじゃなければ触ってもいいと?」

「……まあ、触りたいなら好きにどうぞ?」


 そんな触って気持ちがいいもんでもないけどな。 別にモフモフな毛が生えているわけでも、肉球があるわけでもないし。

 そういうと旦那はもの凄い早さで私の隣に席を移してきた。 そんな動き、あの騒ぎの時も見せなかったぞ。 なにこの人ちょっと怖い。

 引き気味の私など意にも介さず、旦那はひょいっと私を抱き上げて、そのまま自分の膝の上に置く。 私は人形か? そのままお腹の辺りに腕を回してぎゅっと抱きしめられるのに、私は最早抵抗するのも面倒なので為すがままになっておくことにした。 ちなみにそんな状況にも関わらず、私の頭はちょうど旦那の肩当たりにあります。 改めてでかいな。


 ん? っていうか……


「あなた、私のこと好きだったの?」

「――此処までした俺にそれを聞くか」


 あ、ですよねー。 ちょっと吃驚したがまあ、好意というのは別段寄せられて困るもんでもないのでまあいっか。 どっちにしろ旦那だ。 好かれていようが嫌われていようがその事実は今更変わらないし。

 旦那はここぞとばかりに私の髪の匂いを嗅いだり、首筋に顔を埋めたりしているが、黙って好きなようにさせておく。 いやもうなんか、ほんと抵抗するの面倒だった。


「……エリー」


 うん。 でも、耳元で喋るのやめて貰って良いかな。 すっごいくすぐったい――って言えたら良いんだけど、ちょっとそんな雰囲気じゃない。 多分それ言ったら、この旦那、死ぬ。


「はいはい、何?」

「抱いて良いか?」

「此処で!?」


 いやうん、ちょっとね、分かってた。 もの凄い存在感を徐々に感じてたからさ。私の太腿あたりに。

 思わず驚いて後ろを振り向いたら、ばっちり旦那と目があった。 こんな状況だが、目だけは相変わらずナイフだった。 それは何時でも変わらないのね。


「そんなわけないだろう。 屋敷に帰ってからの話だ」


 そう言う旦那の声はちょっと心外そうだった。 一応ちゃんと欲望を我慢できる人だったらしい。

 私はほんの一瞬、考える。 政略結婚だし、仮面夫婦だし、この旦那は嫌いじゃないが別に好きじゃない――というか興味がないし。 ただまあ別にヤるのが嫌かと言われると、それほど嫌じゃない。 結婚したときには覚悟していたことだし、でかい云々は気になるが、ちゃんと技術は確認したらしいし。


「ちゃんと私が開発させたゴム使ってね?」

「……何時も使っている」


 あ、マジか。


***


 後から聞いた話だけど、舞踏会で旦那がしていた格好は、その人の色に全身染まっている――つまり全力で私を愛しているっていう意味なんだって。 びっくりするほど重い。

 ついでにあの後、旦那は愛人と全て手を切ったらしい。 なんで切ったんだろう、って疑問に感じたら、「寧ろ何故切らないと思った」と本気で心配された。 なにその可哀想な子を見るような目。 止めてくんないかな。

 ちなみに帰りは早くなった日が少しだけ増えた。 でも夕食の後がお互いにフリータイムなのは変わらない。 旦那は一緒に居たそうだったが、私だって仕事がある。 そうそう構っていられない。 まあその変わり寝室は同じ部屋にしてあげた。 というかさせられた。 まあベッドはツインだけどね。 今度ダブルベッドにするとか言ってたけど、全力で阻止しようと思う。 あんな図体でかい人間が隣にいたら、寝ぼけて押し潰されそうなんだもん。 まだ死にたくない。


 そんな感じで取り敢えずは一件落着なんだろう。 この後もほんとね、語り出したら止まらないぐらい沢山色々なことがあるんだけどさ。 例えば私が旦那の名前を知らない話とか――いやだって、屋敷のみんなは「旦那様」って呼ぶし、外じゃ「ブルボン卿」って呼ばれているし、勿論私が旦那の名前を呼ぶこともないからさ。 結婚するときに聞いたはずの名前なんてもう、忘却の彼方ですよ。 まあその辺の話は気が向いたら追々。 あー流石に、今更旦那の名前聞いたら怒られるだろうなぁ。


 まあ兎も角、取り敢えず私の目標は、旦那の愛人を作ること。 いや、愛人と手を切った分の色々が私に向くので正直体が持たないわけ。 ほんと誰か愛人になってくれないかな。 あ、そこの貴方とかどう? 私が言うのもなんだけど、顔は良いし、声も渋いし、体もがっちりだし、何より上手いよ? 私は細マッチョが好きなので、旦那みたいなムキムキは正直好みから外れるんだけどさ。


 ――ちなみにこれをメイドに言ったら、またもの凄い顔された。 なんで?

以上で本編完結です。 あとは気まぐれに、番外編を更新していこうと思います。 もしこんな話が読みたい、などご意見があればお気軽に!

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