人と鬼と、神々と ~その天手力は人の為に~
本州から南に約20キロ。鬼ヶ島と呼ばれる小さな島がそこにある。
恵まれた気候が形成する豊かな自然に囲まれたその島には、豊富な種類の魚が集まり、米や農産物もよく育つ。
元は島流しの刑に処された罪人が行き着く場所だったが、島の豊かさに感動した人達が島のことを広めたことで、今では島に移り住む人たちが度々訪れるようになった。
その島のほぼ中央に位置する、鬼隠れの岩窟と呼ばれる小さな洞窟の中に、それは居た。
「う、ううむ……よく寝たわい」
半分寝ている表情で、その異形の者は起き上がった。
人とそう変わらない背丈だが、血のように真っ赤な毛で覆われた肌。人ならざる者であることを誇示するかの如く頭に生えた、二本の角。腰に虎柄の腰巻きを身につけている以外は何も着ていないという格好。
どこからどう見ても人外の存在。歴史の表舞台に立つことなく、人の歴史の影に根ざしてきた、鬼と呼ばれる種族の生き残り。
鬼の名を、温羅といった。
「温羅様、お早うございます! 朝ご飯の用意、できてますよ?」
声の方向に目を向けると、二十そこらの若い女が笑顔でこちらに手を振っていた。麻の着物という庶民的な格好だが、屈託のない笑顔を振りまいているその姿は、どことなく道ばたに咲くタンポポのような、素朴な美しさと逞しさを感じさせた。
「おお、椿。今日も早いのぉ」
「ええ~? そんなことないですよ?」
椿は、温羅の返事に嬉しそうに口を返した。
「島の皆はもう起きてますよ。温羅様が寝ぼすけなだけなのでは?」
「こりゃ手厳しい。これからは夜の深酒は控えることにしようかのぉ」
「ほどほどにして下さいね。翌日がお辛くなってしまいますよ?」
「かっかっか。鬼は二日酔いとは縁なき生き物よ。ああ、そうじゃった。椿よ。表に干して置いた魚がよい感じになっとるはずじゃから、いくつか持っていってよいぞ。ほれ」
温羅はけらけらと笑いながらそう言うと、洞窟の外に干してあった魚をむんずと数尾ほど掴み、椿の手に持たせてやった。
「え? でも、これ……」
「よい。気にするな。いつも与えられてばかりでは申し訳が立たぬ。それにどうせ、残りも自分の分を除いて島の皆にもお裾分けするつもりじゃったからの。なぁに、ほんの些細な恩返しじゃよ。普段から儂のような変わり者にも、お主を含め、島の皆は友好的に接してくれるからの」
「そこまで言われては、断るのは逆に無礼ですね。分かりました。ありがたく頂きます。主人も、小雪も、島の皆も、きっと喜びます」
干物を大事そうに両手に抱え、椿はふわりと微笑んだ。それにつられ、温羅もふっと微笑した。
早朝の、ほんのささいな一時。他の人からすれば、日常という文字に埋没するであろう風景。
それでも、鬼である温羅にとっては、こんなささやかな時間が、何よりも尊い時間だった。
「さて、それではゆくとするか。今朝の朝餉は何かのぉ?」
「ご飯と、お味噌汁と、きゅうりの浅漬けがありますよ。あっ、先に言っておきますけど、お代わりは一杯までですからね?」
以前何の遠慮もなく釜の中の米を食い尽くし、こっぴどく叱られた出来事が温羅の脳裏に蘇った。
「分かっておるよ。小雪坊も育ち盛りなことだしのぉ」
「ふふっ。それならいいですけど。後で小雪と遊んであげて下さいね?」
「それは構わぬが……よいのかのぉ。鬼である儂に懐いてしもうて。宗助の奴に懐かなくなっても儂は、知らんぞ?」
「よいのですよ。あの人はもう少し父親として子供と接してあげるべきです。ええ、そうですとも」
二人の間に咲き誇る会話の花。そこに、鬼と人という種族的な隔たりはなく。不思議な絆が、そこには確かに存在した。
「やれやれ、宗助も大変じゃのぉ……」
自分よりも背丈が小さい椿に歩調を合わせて、温羅はゆっくりと歩き出した。
鬼ヶ島では、このように一匹の鬼と島民が仲良く暮らすという、一見不思議な風景がさも当たり前のように存在している。
だが、最初からこうだったわけではない。無論、鬼と人という種族的な隔たりが成すわだかまりはあった。
事の始まりは、数年前のことだった。
温羅は歩きながら、脳裏に深く刻みついた記憶を掘り起こし始めた。
最初に浮かんだ景色は、波の音、沈む夕日、そして、敵意と殺意が込められた視線を一心に向ける人間たち。
それは余所者という認識ではなく、邪魔者という認識。自分たちが暮らす土地に、お前のような存在は在ってはならないという理不尽な理屈。
その日、温羅は夕食の食材を調達するために、南方の海岸に足を運んでいた。そこに偶然、島に移住目的でやってきた人間たちと鉢合わせた。
温羅が何か言う前に、一人の若い男が温羅に刃を抜き、怒号を上げて切りかかった。一切の容赦なく。
反射的に、温羅は防衛行動をとった。そうしなければ自分が死ぬからではない。一度心に刻み込ませる必要があったからだ。人が鬼に勝てるはずがないということを。
温羅は自分に振り下ろされた銀色の刃を素手で受け止め、そのまま握りつぶした。指の隙間からこぼれ落ちる、砂のようになった刀の果て。
刀すら通さぬ剛毛。それに加え、素手で鉄を握りつぶせる程の天手力。そのどれもが、人がどれだけ集まっても及ばぬ絶対的なもの。
温羅がとった行動は、人間たちの戦意を削ぐとともに、人が何故遥か昔から鬼を畏れてきたのか、それを証明するにはうってつけの方法だった。
手を出していい存在ではない。自分たちは、今どれほど愚かしい行為をしているのだろうか。目の前に立っている鬼にとっては、自分たちの命など、それこそ紙屑にも等しいのではないか。
その場にいた人間たち全員が、すぐさまそれを理解した。
温羅に刃を向けた人間はすぐさま跪き、慈悲を願った。
自分が間違っていた。お願いだから、殺さないでくれ、と。
(人間が身勝手なのは、いつの時代も変わらぬな……)
口には出さず、心の中で温羅は悪態を吐いた。
目の前で震えながら跪いている人間にどんな罵詈雑言を吐いたところで、余計惨めな言葉で慈悲を乞われるだけ、と思ったからだ。そこで温羅は、
「殺す気など初めから毛頭ない。顔を上げよ。儂のことは放っておいてくれ。儂のような者がこの島にいることが気がかりでならんことはよく分かる。だが、そちらから手を出さないのであれば、こちらもお主らと一切関わらないと約束しよう。儂は人と違って嘘はつかん」
自分に害意と戦意がないことを、その場にいた全員に伝えた。
温羅の言葉に、信じられない、といった表情を浮かべる人間たち。
温羅がこんな行動を取ったのは、別に人間たちに憐憫の情を抱いたからではない。その気になれば、赤子の手を捻るように、首の骨を手折ることもできる。
そうできない理由があった。
『人間を殺すことを禁じ、歴史の陰に根差すこと……か。神々も面倒な約束事を設けてくれたものよな。やれやれ、何とも生き辛い身の上に生まれてしまったものだ』
それは、天界に住まう神々が鬼との間に定めた一つの誓約。
遥か昔、神々は鬼を作り出し、人間たちと同じ世界に住まわせたが、すぐにそれが失敗だったと気づいた。
人間と比べて、鬼は寿命が非常に長く、力も強い。比ぶるべきものなしと称賛されたその力は、本来人間たちの文明が滅ぶような大きな戦乱が起こった際に、その力でもって戦乱を鎮めるために与えられたものだったが、逆に鬼たちは人間たちの文明をその力で乗っ取ろうとした。
有り余る力を手に入れた者は、その力を本来とは異なる目的で使いたがる。力の持ち主が賢き者でなければ、より顕著に。よく考えれば分かることだった。
その判断を誤ったおかげで、いくつかの文明が鬼によって滅ぼされた。
神々はこの所業に激怒し、首謀者たる鬼たちを討ち滅ぼし、各地に生き残っていた鬼たちに誓約を設けさせた。もし破れば、刺客に命を狙われることになる、という釘を刺して。
生き残っていた鬼の一角だった温羅は、この誓約にひどく動揺した。
自分が一体何をしたというのか? 神々の気まぐれで生まれた命を、自らの意の赴くままに使い切ることが許されないのか? ならば、自分は一体、何のためにこの世界に生まれてきたのか――?
考えても答えはでず、考えない方が楽だということに気付くのに、そう時間はかからなかった。
誓約を設けられてからの日々は、ひどく空虚だった。
目的のない日々。己とは何かという根源的な問いを求め、あてのない旅を続けた。人間たちが住まう場所は、自分から避けていた。下手なしがらみしか生まれないと自分で決めつけていたからだ。自分のことを敵対視しない人間たちもいるかもしれないとは、そのころの温羅は考えなかった。
気が付けば、温羅は自分以外に誰もいない無人島にたどり着き、そこに住み始めていた。こんな閉鎖的な世界こそが、自分のいるべき世界だと意固地に思い込んで。
自分の考えに疑問視を抱くことすらしなくなると、頭に浮かんだ考えは大体とんでもない方向に向かっていく。
それを温羅が学んだのは、島に住んでから何十年も経った後だった。
次に脳裏に浮かんだのは、初めて自分とまともに接してくれた人間の姿。
それは島の中央にある洞窟の中で、島民と一切の関わりをもたずにひっそりと暮らしていた、ある日のこと。
温羅がいつものように島民に見つからないよう、可能な限り気配を殺して夕飯の食材を調達してこようとした時のことだった。
気配に気づいて目を向けると、洞窟の入り口に背中に背負った籠に島で採れる甘い果実を山のように積んだ女が立っていた。
その女は緊張と心配に満ちた目で、温羅のことをじっと見つめていた。
「……誰ぞ? 儂はお主らと一切関わらぬと、あの時言ったはずじゃが」
温羅はすぐさま、可能な限り冷たい声音でもって女を牽制した。
言い放ったその言葉には、警告と心配の意味合いを含めていた。
自分と関わらない方がいい。そんなことをすれば、きっと損な思いをする羽目になる。口には出さなかったが、そんな思いが込められていた。
しかし女は、
「も、申し訳ありません! お怒りになられるのも、ごもっともです。ですが、どうかお怒りをお鎮めください。島民たちは、あの時あなた様に刃を差し向けたことを、あの日からずっと後悔しております。本日は、差し出がましいことを承知の上で、あの時のお詫びをしにきたのです」
深く頭を下げ、申し訳なさそうにこう言った。
思わず、温羅は目を丸くした。
お詫び? そんな資格が自分たちにないことが分かっているのに? 自分に不殺の誓約がなければ、この場で自分に殺されても文句は言えないというのに?
「……人の理とは、よく分からんな。今も昔も」
深々と、溜め息を吐いた。同時に、この人間を追い払おうという気持ちも抜けていった。
話を聞いてみるのもいいかもしれないという気持ちになり、温羅は女の警戒心を解くことにした。
「よかろう。お主の考えが島民の総意かどうかは、この際どうでもよい。しかしこうしてこの場に一人で来たということは、お主が島民の代表と考えてもよいのか?」
「は、はい。本来は島民の長たる者が直接出向いて詫びるのが礼節であろうことは重々承知していたのですが、その、非常に言いにくいのですが、あなた様に会われることを非常に怖がってしまって……」
「……はぁ? 怖がった? かっかっか! とんだ弱虫じゃのぅ! お主らの長とやらは! お主のような女子を代理として遣わせるとはな!」
「お、お恥ずかしい限りで……それで、あの時あなた様に刃を向けた夫の妻である私があなた様にお詫びに……といういきさつなのです」
「……む? 妻? お主があの時の男の? いや、そのこと自体はどうでもよいが、何故本人ではなく妻がここにくるのじゃ?」
「そ、それは……」
とてもじゃないが口には出せない、といった様子で女は口ごもった。
「おい、まさかと思うが、まさか夫とやらも……」
「………………うぅ」
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに女がうめき声を上げた。どうやら、予感が的中したらしい。
「かっかっかっかっか! 長だけならまだしも夫までもか! この島の男どもは腰抜けしかいないのか!? かっかっかっか!」
「…………うぅ~」
腹を抱えて温羅は爆笑した。対する女は恥ずかしさからか、無言でぷるぷると体を震わせていた。
「はあ、はあ……いやぁ、久方ぶりに腹の底から笑った気がするぞ。ほれ、いつまでもそんなところに突っ立っとらんで、もっと近くで話そうではないか」
「え、で、ですが……」
「心配するな。お主に危害は加えぬよ。鬼の名に賭けて誓おう」
安心させるように、温羅はなるべく優しい声音でそう言った。すると女はふぅと息を一つ吐き、
「……分かりました。あなた様にそこまで言われては、断れるはずもありません」
決心が感じ取れる口調でそう言い、手を伸ばせば体に届く距離まで近づいた。
女は温羅の顔を逸らすことなく正面から見つめ、薄く笑顔を作った。
体は小刻みに震えているのに、こちらに向けられている表情は柔らかく、どこか儚げだった。
恐怖心を一心に感じながらも、女は鬼である温羅と『対話』という手段を必死に取ろうとしていた。
その勇気ある行動に、温羅は何も言わず女に向かって静かに頭を下げた。『感謝』と『賞賛』という意味を込めて。しかし女は、
「え、な、何をしていらっしゃるんですか!?」
何を思ってか、慌てて温羅よりも深く頭を下げようとした。
「おい待て同じように頭を下げようとするな! 籠の中身をぶちまける未来が容易に想像できる!」
「あ、あわわ。ごめんなさい!」
温羅は慌てて両手を女の肩に置いて動きを止めた。
同時にその弾みで、さらに至近距離で見つめ合う形になってしまった。
「ふへっ……!?」
驚き、息を詰まらせる女の声が温羅の耳元に響いた。吐息越しに、体温すら感じとれるような距離。何をされるか分からないからか、女は目をぎゅっと閉じた。
「…………」
対して、温羅は何も言わずにそっと背中の籠の紐を掴み、籠を地面に下ろしてやった。
「ほえっ……?」
温羅の行動が予想外だったのか、女は気の抜けた声を上げた。目がゆっくりと開いていき、
「危ないじゃろうが、全く……」
視線の先にいた温羅は、やれやれといった表情で苦笑した。
「……っ!」
女は自分の顔が赤くなっていくのがはっきりと分かった。思わず羞恥心以外の情を目の前の鬼に対して抱きそうになり、慌てて距離を離した。
「ご、ごめんなさい! わ、私ったらつい……」
「構わぬ。怯えるのも無理はなかろうて。じゃが、儂がお主に危害を加える気がないことは、分かってもらえたかのぉ?」
「……えぇ。とても優しいお方であることは、分かりました。今は、あの時の自分たちを咎めたい気持ちで一杯です」
「後悔は時に人生における重荷になる。あまり気にせぬことじゃ。そんなことより、まずは……そうじゃな。お主の名を聞かせてくれぬか?」
「えっ、あっ、そうですよね。失念しておりました。……それでは、改めて。私は、椿と申します。この先にある集落にて、夫と子供の三人で暮らしております。どうか、お見知りおきを」
「丁寧な挨拶、痛み入る。儂も名乗るとするかの。儂の名は温羅。見ての通り、鬼の生き残りじゃ。よろしくの」
頭の角を指さしながら、温羅も自己紹介の挨拶をした。
「や、やっぱり本物の鬼なんですね。日の本に漂着した南蛮人、とかではなくて」
「ああ。正真正銘、本物の鬼じゃよ。何百年も前から生きとる。この島に流れ着いたのは数十年前のことじゃがな」
「な、何百年!?」
温羅の言葉に椿は大口を開けて驚き、思わず後ずさった。
「ふむ、まぁ人間からすれば驚愕に値する数字か。むしろこちらは長すぎる寿命を与えられたせいで余計な迷惑を被っているのじゃが」
「よ、余計な迷惑といいますと?」
「うむ。まず遙か昔、天に住まう神々は、鬼という絶対的な種族にこの世界が支配されないよう、一つの誓約を設けたのじゃ」
「か、神々……? 遙か昔……?」
椿は話が大きくなりすぎてついて行けない、といった様子で困った声を上げた。
「まあ、無理に理解しようとせんでよいぞ。半分聞き流すつもりで聞いておればよい」
「は、はい。……ごめんなさい」
「気にするな。さて、誓約の話じゃったな。その内容を簡単に言うと、鬼は人を殺すべからず、鬼は人の歴史に過剰に関わるべからず、という二つじゃ。じゃから儂は、あの時お主等を殺さなかった。いや、殺せなかったのじゃ」
「そ、そうだったのですか。私はてっきり、夫の無様ぶりに呆れ果てて、殺す気が失せてしまったのかとばかり思っておりましたが」
「……お主、自分で言ってて夫が可哀想とは思わんのか?」
温羅はあの日に自分に跪いた若い男が酷く惨めに思えてきた。自分があの場から去った後、あの男の家族的権威はどこまで失墜してしまったのだろうか。今の椿の台詞から察するに、落ちるところまで落ちたと考えた方がよさそうだが。
「全く思いませんよ。あの日のことは、むしろ夫にとっていい薬だったと思っています。あの日まであった下らない誇りが木っ端微塵に砕け散ったおかげで、人並みの人生を送ろうという姿勢が芽生えましたからね」
「そ、そうか……」
口調は穏やかなのに、本人が聞いたら泣きながら地面に頭をこすりつけそうな罵詈雑言をつらつらと述べる椿に、温羅は内心圧倒された。何故か自分が悪いことをしたような気にすらなってきた。
「あ、話をこじれさせてしまって申し訳ありません」
「い、いや気にするな。続きを話そう。儂がお主等を殺せなかった理由じゃったな。神々は鬼たちが誓約を破らぬようにと、破った際の罰を規定しよった。それが、破った者には天罰という名の死を与える、というものじゃった」
「えっ……」
死、という目の前の鬼と全く縁がなさそうな言葉が温羅の口から出たことに、椿は言葉を失った。
「仮に儂が一人でも人を殺してしまえば、神から遣わされた刺客に命を狙われることになる。その刺客を退けても、次は神々自らが儂を殺しにやってくる。流石に神々には勝てる気がせん。ならば、あまり自由がないことを我慢してでもひっそりと生きる方がマシというものじゃ」
「な、なるほど……そんな深いご事情がお有りだったとは……」
「儂からお主に話せることはこれくらいじゃ。次は、お主のことを話してもらおうかの」
「は、はいっ。ええと、何からお話しましょうか……?」
「そうじゃのぉ……」
温羅は腕を組んで数秒考えた後、
「その籠の中に入っている果実に、毒は入っておらぬか?」
一番聞きたかったことを率直に聞いた。
「えっ!?」
対する椿は戸惑いを隠せない様子で温羅のことを見た。
「いや、一応確かめておきたかったのじゃ。お主が儂に詫びを入れたいという気持ちは、恐らく嘘偽りないものじゃろう。しかし、他の島民が儂に対して同様の気持ちを抱いているかは、儂には判断がつかぬからの」
「そ、そんなことは……!」
「ない、と言い切れるか? 絶対の自信をもって」
「そ、それは……っ」
温羅に追求され、椿はぐっと押し黙った。実際、長たちからそんな話は聞かされていなかったが、水面下で長たちどのようなことを考えていたのかまでは分からなかった。本当に謝罪の気持ちを表そうとしたのか、それとも、心に付け入るような邪悪な考えを抱いたのか。
「その様子じゃと、長たちからは詫びの品を入れろとしか言われておらぬようじゃな。これでは儂もお主も、長たちの真意を確かめられん」
「で、ではどうすれば……」
「簡単じゃ。試しに食ってみればよい。美味ければ善意、不味ければ悪意じゃ。では早速」
「へっ? ちょ、ちょっとっ!?」
待って、と言う前に、温羅は籠の中に手を突っ込んで果実を手に取り、皮ごとガブリと豪快に食べてしまった。
「だ、大丈夫ですか……?」
自分が食べたわけでもないのに、青ざめた顔で椿は温羅を心配そうに見つめた。
「…………」
対する温羅は、味わうように目を閉じてゆっくりと咀嚼し、やがて喉を鳴らして飲み込んだ。
そして間もなく、
「ふむ、これは美味い! 甘みと酸味の具合も最高じゃ!」
ご機嫌そうな笑顔を浮かべて味の感想を述べた。
「は、はぁ~~……」
椿は何ともなさそうな温羅の様子に、大きく息を吐いてへたへたと座り込んだ。
「ん、何を地べたに座り込んでおるのだ?」
「毒が入ってなかったのか心配だったからですよっ!」
温羅の暢気な問いかけに、椿は座り込んだまま烈火の如く憤慨した。
「いやぁ、もし毒が入っていてもどうなるわけでもなかったが、きちんとした詫びの品だと分かると何やら複雑な気分じゃな」
「……え? それってどういう……」
「ん? ああ、鬼である儂は毒程度では死なぬのじゃ。今までの人生でありとあらゆる毒に対する免疫ができておるからな。たとえ毒入りだったとしても、舌が痺れるぐらいで済んだじゃろうよ」
「何でそういうことを先に言わないんですか!?」
あっけらかんと答えた温羅に、椿は思いっきり立ち上がって詰め寄った。先と違って、今は怒りで顔が真っ赤になっている。
「そりゃあ、聞かれてないからの。その必要もないと思ってな」
「下手な嘘つきより質が悪いじゃないですかあああぁぁぁ!」
当然と言わんばかりに答えた温羅の態度に、遂に椿の堪忍袋の緒が切れ、胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶり始めた。
「ぬおおお! おいやめんか! 胸毛を掴んで揺さぶるでない!」
「どうせこんなことくらいじゃ死なないんですからいいでしょう!?」
「何じゃその暴論!? 痛だだだだ! いい加減に離さんか! このままでは胸の部分だけ毛が禿げる!」
体に生えた毛が物理的な力によって、毛根から大量に引っこ抜かれそうになるという地味な激痛に耐えかねた温羅が、後方に飛びすさる動きをとった。
「ちょっ!?」
温羅の急な動きに引っ張られないように、椿は両足にありったけの力を込めてその場に踏み留まろうとした。
すると、起きることは当然一つ。
「ぬぐおおっ!?」
ブヂッという音と共に、温羅の胸毛が数十本、毛根から引っこ抜かれた。勢いに負け、二人の体は反発する磁石のように反対方向に吹っ飛び、洞窟の固い地面に背中から倒れ込んだ。
「うぐっ!」
「ふぎゅぅ!」
二人は苦痛からくる悲鳴を上げ、温羅は自分の胸に手をやり、椿は握りしめていた両腕をゆっくりと開いた。
『…………』
両者の間に気まずい沈黙が流れた。温羅は変な形に禿げてしまった胸元に愕然とした顔をして。椿は手元からはらはらと落ちていく温羅の胸毛を呆然とした顔で見つめて。
そして、数秒後。
「何してくれとるか貴様あああああぁぁぁぁ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいぃぃぃ!」
二人はほぼ同時に立ち上がり、温羅は少し涙目になって怒りの声を上げ、椿はやってしまったという顔になってひたすら謝罪の言葉を並べた。
「ごごごごめんなさい! 悪気はなかったんです! ついちょっと怒りに我を忘れて!」
「限度があろう! 儂に不殺の誓約が設けられていなければ、今すぐお主を殺しているところじゃぞ! よりにもよって胸毛をむしり取るなんて地味に痛いことをしおってからに!」
「ごめんなさいもうしません許して下さい! 何でもしますからどうか許して下さい! この通りですから! お命だけは!」
温羅の誓約がなければ殺していたという言葉に、椿は跪いて思いつくだけの謝罪の言葉を並べ立てた。目から大粒の涙を流し、地面に頭を擦りつけて。
その様子に、温羅の脳裏にあの時の男が蘇った。切りかかってきた時は威勢がよかったのに、旗色が悪くなった途端に情けない声を上げて慈悲を願ってきたあの男。
(そういえば、あやつはその男の妻じゃったな……)
温等は脳裏に浮かんだ男の姿と、目の前でへこへこ謝っている椿の姿を重ねてみた。すると、
(似ておる……! 夫婦揃ってすごく似ておる……!)
同一人物なんじゃないかと思うほどにそっくりだった。
「夫も夫なら、妻も妻じゃな……醜くてたまらんから、もう止めよ。特別に不問に付そう」
「ふへっ? ほ、本当ですかっ!?」
「二度は言わぬぞ。……とりあえず、涙と泥で凄まじい顔になっておるのをどうにかせよ」
「は、はいいっ! ありがとうございます!」
改めて温羅に礼を言うと、着物の袖で自分の顔をゴシゴシと拭い始めた。布切れ一枚持ち合わせていない辺り、低い身分なのだなと温羅は見ていて思った。
「お、お待たせしました!」
そう言って袖口から顔を離した椿の顔は、目元は真っ赤で所々落としきれなかった泥が薄く広がっているという、泥んこ遊びから帰ってきた小さな子供みたいなことになっていた。
「う、うむ……まぁ、何もせぬよりマシな度合いじゃな。落ち着いたか? 体毛をむしり取りたくなるような激情に駆られてはおらぬか?」
「駆られてないですっ!」
「なら結構。……さあて、随分な仕打ちをしてくれたなぁ、お主」
「うっ……ど、どうかお慈悲を……」
意地悪そうな笑みを浮かべて、温羅は椿ににじり寄った。椿は頬をひくひくさせ、逆にじりじりと後ずさった。
「さっき何でもとか言っておったな? ならば一つ、お主に頼みがある。まさか断るとは言うまい?」
「た、頼みですか? あの、一体何を」
「簡単じゃ。儂が島民と交流する際の架け橋となり、親睦を深めるのに一役買ってほしい」
「えっ? それって……」
温羅の申し立てに、椿は目を丸くした。だってそれは、
「誓約に反するのではないか、と言いたいのであろう? しかしここは周りを海に囲まれた小島。人の歴史の中心点とは到底呼べない土地じゃ。そんなちっぽけな場所で鬼が人の営みに混ざってひっそりと生きるくらい、神々も多めに見ると思っての」
「で、でも、もし神様たちがそれを許さなかったら、温羅様は……」
「その時はその時じゃよ。自分で選んだ道の果てに至った結果なら、受け入れるだけのことじゃ。あらん限りに足掻きはするじゃろうがな」
「で、でもどうして、そんなことを?」
「思いつきじゃ。穏やかな生もいいが、どうせならその中に他者との交流が欲しい。手間はかかりそうじゃがな」
これはもう、何を言っても決意は揺るぎそうにない。椿は真っ直ぐにこちらを見ながら話す温羅を見て、そう悟った。
「……分かりました。私に出来る限りのことは、してみます」
「うむ、そうか! よろしく頼むぞ」
椿の返答に、温羅は心底嬉しそうに頷いた。年端もいかぬ子供のような笑顔に、思わず椿も笑ってしまった。
「ならば、ほれ。人間が互いの友好を誓い合うとき、こうするのじゃろ?」
そう言って、温羅は手を差し出した。握手、ということらしい。
「何だか恐れ多いですけど……よろしく、お願いしますね、温羅様」
椿も手をおずおずと手を差し出し、太くて真っ赤な手と、か細く柔らかな手が結ばれた。二人はしばらく恥ずかしそうに俯いていたが、手を離すことはなかった――。
「……様! 温羅様!」
自分をすぐ傍で呼ぶ声に、温羅はハッとして辺りを見回した。すると、目の前にわらぶき屋根の小さな家があった。既に椿の家に到着していたようだ。
「もう、どうしたんですか? どこか上の空のようでしたが」
すると、少し怒ったような顔の椿と目が合った。
「ああ、すまぬ。少し考え事をしていた」
「考え事? 差し支えなければ、何を考えていたか教えて頂いても?」
「いやなに、お主が儂の胸毛をむしり取った顛末について、ぼんやり思い返していただけじゃよ」
「いやあああぁぁ! 何でまだそのこと覚えているんですか!? 私はなるべく思い出さないようにしているのに!」
椿が髪を振り乱して温羅に文句を垂れた。だが温羅は、
「あんな衝撃的な出来事、忘れろと言われても忘れられぬぞ。あの後の必死に謝罪してくる椿の無様ぶりと言ったら、思い出すだけで腹の底から笑えてくるからのぉ」
懐かしそうに語り、遠慮なく椿の傷跡を掘り返した。
「後生だからやめて下さい! 主人ならまだしも、家には小雪もいるんですから! あの子の前ではよい母親でありたいんですよ私は!」
「かーさま、朝からうらさまと何のお話してるのー?」
「えっ!?」
時が止まった。椿限定で。
「おお、小雪坊ではないか。もしや、出迎えに来てくれたのかの?」
「うん! とーさまに、そろそろ二人が来るから、お出迎えしてあげなさいって言われたから! そしたら、かーさまが大きな声でうらさまとお話してたから気になっちゃって。何のお話してたのー?」
温羅に小雪坊と呼ばれたその少女は、無邪気そうに首を傾げた。年はまだ六歳。どことなく、椿の面影を感じさせる顔をしている。椿の次に温羅と親睦を深めてくれた存在で、今では実の夫である宗助以上に懐いてしまっている。
「ふむ、それはじゃなむぐうぅっ!?」
にこやかに椿の黒歴史を言いかけた温羅の口を、椿が凄まじい速度で塞いだ。
「ダメですーっ! それだけは絶対にダメですっ! 温羅様の朝ご飯、なしにしますよ!?」
「むぐぅ!? むぐがむぐぐぅっ!(なにぃ!? それは困るうっ!)」
「わーっ! かーさま、ごらんしんなのーっ!?」
口を塞がれながら、温羅は必死に声を発した。何と言っているのか、椿には聞き取れなかったが。その様子を間近で見ていた小雪は、母親がとち狂ったと思ったのか、椿の足にしがみついた。
「おい、玄関先で何をぎゃいぎゃいと・・・・・・おいこれどういう状況だ!?」
妻と子供の大声が気になったのか、家中から椿の夫である宗助が現れ、状況の混沌ぶりに愕然とした。
「小雪はちょっと大人しくしてて! 温羅様、いいですか? 絶対に、言っちゃダメですよ? 分かったら首を縦に振って下さい」
「……!(ブンブン)」
「かーさまーっ! うらさまをいじめちゃダメなのーっ!」
「おい待てお前ら! まずは落ち着け!」
今まで見たこともないような椿の必死の形相に、温羅は首が千切れそうな勢いで首を縦に振った。小雪は温羅が母に酷い仕打ちを受けていると考え、必死にそれを止めようとした。
宗助はとりあえず事態を収集させるべく、二人の間に割って入り、制止の言葉を叫んだ。しかし、
「貴方は関係ないから引っ込んでてっ!」
「ふごぉ!?」
「わーっ! とーさまーっ!?」
いきなり間に割って入ってきた夫を目障りに感じたのか、椿はありったけの力で宗助を突き飛ばした。予想できなかった攻撃に宗助の体はバランスを崩して後方にすっ飛び、そのまま背中から落下した。突然の母親の暴挙に、小雪は悲痛な声を上げた。温羅は口が解放されたことに安堵し、どうしてこうなったんだろうか、と他人事のように思った。
「おい、言わぬから落ち着け! 宗助が大変なことになっておるぞ! 小雪坊、儂は大丈夫じゃから宗助を助けてやれ!」
「う、うん! 分かりましたうらさま! とーさまーっ! 大丈夫ーっ!?」
温羅の指示に小雪は戸惑いながらもしっかりと返事し、家の床に倒れてヒクヒクしている宗助の元へ駆け寄った。宗助は朝一番から家庭内暴力を受けたと同時に愛娘が自分を心配してくれたことに、思わず悲しさと嬉しさから目に涙を浮かべた。
「誰のせいですか誰の! 罰としてお代わりはなしですからね!」
「ああもう、それで構わんから落ち着け。これ以上騒ぐと、もっと野次馬が集まってしまうぞ。これ以上恥をかきたいのかお主は」
「えっ?」
温羅の言葉に椿はハッとして周りを見渡した。すると目に映ったのは、普段から仲の良いご近所さんたちの疑惑の目。
椿は自分の血の気が引いていくのがはっきりと分かった。
「あ、あの、皆さん! 違うんです! これはその、大したことじゃないんです! 別に夫婦の間に溝が生まれたとか、温羅様に変なこと言われようとしていたのを阻止していたとか、そんなことじゃないですから!」
(自分から真実を言っておるぞ……)
口に出さず、温羅は心の中で突っ込んだ。余計状況をこじらせてしまっては、流石に可哀想な気がしたからだ。面白そうだとは思ったが。
「本当かい? 端から見ててもすごく家族の危機に見えたけど」
「普段は仲良いのにねぇ」
「宗助さん、相変わらず尻に敷かれてるのな。可哀想に」
次々と椿に浴びせられる心配の言葉。ついでに宗助に注がれる憐憫の情。上手い言い訳が見つからないのか、椿はあからさまに狼狽し始めた。
見かねて、温羅は助け船を出してやることにした。
「あー、お主等。余計な心配は無用じゃ。儂が椿と最初に出会った頃の話をしていて、恥ずかしいからと口を塞がれただけじゃよ。別に家族崩壊の危機とかではなくてな」
「っ!?」
「えー? そうなんですか? ならよかったですけど」
「その話、私も聞きたいなー」
「よかったら、俺たちにも聞かせてもらえないかい? その話」
温羅の言葉に、椿はギョッとした顔で温羅のことを見た。家族崩壊の疑惑は収まったようだが、今度はご近所さんの興味が自分の黒歴史に向くという事態が発生した。
まさか、あの黒歴史をここで大暴露するつもりなのだろうか。もしそうだったら、今度は首を絞めてでも止めてやる、と椿は決意した。しかし、温羅の口から出た言葉は、
「すまぬがそれは出来ぬ。椿と約束したのじゃよ。あの日のことは二人の思い出として、他に漏らすことなく覚えていよう、とな」
「えっ!?」
意外な言葉だった。あながち嘘ではないが、ご近所さんに通じるのだろうかと、椿は心配そうにご近所さんを見た。すると、
「ははは! 気になる言い方するねぇ! 今度、椿さんがいない時にでも話してくれんかね!」
「思い出として、ですって! 温羅様、見た目に寄らず粋なこと言うわね~!」
「まぁ、温羅様がそう仰るなら仕方ないわね」
(えぇっ!?)
ご近所さんの反応に、お願い待ってと椿は言いたくなったが、必死に抑えた。黒歴史が島中に知れ渡る危機を回避できたのだから、ここは温羅に合わせるのが得策だ。
「そ、そうなんですよ。お騒がせしちゃって、ごめんなさいね」
事態の収束に拍車をかけるべく、椿も温羅の作戦に乗っかった。
「いやいや、こっちも変に疑って悪かったわね」
「でも、もうちょっと旦那さん大事にしてやったら?」
「温羅さん、朝飯食い終わったら、家にも寄ってって下さいよ!」
「あ、あはは……」
ご近所さんの返答に、椿は内心ホッとした。夫に対する提言に対しては一応善処するとして、事態は無事、収束したようだ。
と思っていたのだが。
「そうじゃお主等。念のため聞くが、騒ぎを聞きつけて、周りに言いふらしに行った奴はおらんかったか?」
「ん……? そういや俺の嫁さんが、大変だわ! 皆に知らせなくっちゃ! とか言って走ってったな。少し前に」
「あ、私の子供も同じような感じで皆に知らせに行きましたね」
「あー、やはりか。椿よ、危機はまだ去っておらんようじゃぞ」
「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
前言撤回。それどころかもっと危機的状況に陥っていた。
澄んだ鬼ヶ島の空に、椿の悲鳴が木霊した。
「もう、お終いだわ……気軽に外出できなくなるわ……」
「かーさま、何でずっとどんよりしたお顔してるのー?」
「この世の終わりみたいな顔をするな。小雪坊が心配しとるじゃろうが」
時刻はまだ朝方。黒歴史騒動から一刻ほど過ぎた時間。
椿の厚意から出された庶民的な朝飯をありがたく頂いた後、温羅は小雪の遊び相手になってあげていた。宗助は目から流れたであろう涙の跡がくっきり残った顔で、海へ漁に出て行った。
椿はというと、島中に噂が広まってしまったのではないか、という疑心暗鬼に駆られ、さっきからずっとこの調子だった。
「心配するでない。魚の干物をお裾分けする目的で集落を巡るついでに、あのことは誤解だったと儂が島民に伝えて回ろう。少なくとも、島中にお主の家庭崩壊疑惑が広まることはないじゃろうよ」
「うぅ……そ、そもそも! 温羅様があんなこと言い出さなければ、こんな事態に発展することなかったんじゃないですか?」
何故か感情の矛先が温羅に向けられた。やれやれ、と温羅は思った。
こういう状態になった女性に対しては、取るべき行動は自然と限られてくる。その中で温羅は、
「それを言われると元も子もないな。ならばあれこれ言うより行動に移すとするか。朝餉、上手かったぞ? それではな」
適当に自分から折れて、逃げることにした。そそくさと立ち上がり、玄関先へと向かったが、
「あっ、ちょっと! 旗色が悪くなったからって! 話はまだ終わってませんよ温羅様!」
「うらさまー、もう行っちゃうのー?」
そうは問屋が卸さないと言わんばかりに、椿に回り込まれた。小雪は温羅ともっと遊んで欲しいのか、とてとてと温羅に近づき、すぐ近くで見上げてきた。
「ええぃ、顔に似合わずねちっこい性格しおって! 小雪坊までそんな性格に育ったらどうするつもりじゃ!」
「何ですか人を納豆みたいに! それと、小雪は関係ないでしょう!」
「子は親が思う以上に親のことを見ていると言いたいのじゃ! 今も怪訝そうな目で儂らのことを見とるじゃろうが! 見ていて眩しいくらいに純粋な目で!」
両者の間で、繰り広げられる、さっきよりも不毛な言い争い。
どちらかが折れるまで終わらないと思われていたその争いに終止符を打ったのは、予想外の乱入者だった。
「椿さん! 大変だ!! 温羅さんはいるかい!?」
何の前触れもなく、漁師風の男が引き戸を凄まじい勢いで開き、切迫した表情で叫んだ。額に大粒の汗が浮かんでいる様子から、かなり急いでこの場に駆けつけた様子が窺えた。しかし、
『今忙しい!!』
「何この反応!?」
非情なことに、二人はほぼ同時に男に怒号を浴びせた。二人の予想外の反応に、男は大いに狼狽し、そのままその場を立ち去ろうとしたが、男の異常さに一早く気づいた温羅が男に声をかけた。
「確かお主は宗助の漁師仲間の……って、どうしたんじゃその血は!?」
男の着物に、赤黒い血がびっしりと付着していた。正視するのを拒絶したくなるような光景に、椿は咄嗟に小雪の目を塞いだ。
「よかった……ここにいたんですね温羅さん! 聞いて下さい! 大変なことが起きたんです!」
「お主の方が大変じゃ! 一体何があった!?」
「宗助が、怪しい侍に切られました!!」
「えっ……!?」
「なんじゃと……!?」
「ふえっ……?」
男の言葉に、二人は言葉を失った。先ほどまであった興奮が嘘のように引いていき、代わりに黒い暗雲のような緊張感が体を支配していった。小雪は、男が言ったことが理解できないといった様子で、無邪気に首を傾げた。
「椿! 小雪を奥の部屋へ! 恐らく聞かせていい類の話ではない!」
「は、はい!」
温羅は、椿に小雪を奥の部屋へ引っ込めるよう指示を出した。椿もすぐにその意を理解したようで、何事か分かっていない小雪を脇に抱え、家の奥へと入っていった。男は小雪にも聞かれていたことに気づき、今更しまったという表情を浮かべた。
「どうやら、その血は宗助の返り血のようじゃな。お主自身に目立った外傷が見当たらぬ。……一体何があった? もう一度、落ち着いて話してくれ」
ゆっくりと、急かせないように配慮して、温羅は再び男に問いかけた。
「ですから、宗助が切られたんですよ! 怪しい侍に!」
「それは分かった。宗助が切られた時、どこにおった? お主もその場におったと思うが」
「し、島の南の海岸です。俺らはいつもそこから船を出して、漁へ出るんです。今日もそのつもりで船を出そうとしたら、あ、あいつが」
「その侍とやらが現れた、と?」
「え、ええ。とにかく怪しかったです。漂流者って感じでもなし、島流しに遭った流刑者って感じでもなし。どっちかって言うと、浪人って風貌でした。小舟に乗って島に上陸してきて、そこに居合わせてた宗助をいきなり切りやがったんですが」
いきなり切った? その場にいた人間なら誰でもよかったのか? 何故この男も切らなかった? そもそもの目的は?
頭の中でその侍に対する疑問が次々と湧き上がり、グルグルと回った。急かしたくなる気を必死に抑え、温羅は男に問いかけた。
「浪人というだけならば、さほど怪しくないと思うが?」
「それだけじゃなかったなんです。その侍、動物を連れ従えていたんですよ。三匹」
男の口から出た言葉は、温羅の予想だにしない言葉だった。
「……動物じゃと? 何の動物か、覚えておるか?」
「ええと……確か、犬、猿、雉の三匹だったと思います」
「犬、猿、雉じゃと? ……確かにその三匹を連れ従えてきたことには怪しさを感じ得ないが、それと宗助が切られたことがどう関係する?」
「喋ったんですよ、その動物。鳴き声じゃなくて、人の言葉を」
「……なに?」
温羅は男の口から出た言葉の意味を理解するのに、少し時間を費やした。
「ちょ、ちょっと待て。喋ったじゃと? 畜生が人の言葉をか?」
「え、ええ。信じられない気持ちも分かりますが、確かにあれは人の言葉でした。身の毛がよだつかと思いましたよ」
「何と言ったか覚えておるか?」
「ええ。侍が宗助を切ったすぐ後でした。連れ従えてた猿が、大声でこう言ったんです。温羅という奴をこの場に出せ! さもなくば、この島中にいる人間を皆殺しにするぞ!! って」
「なんじゃと……!?」
男の言葉に、温羅は自分が築き上げた平和が音を立てて崩れゆく音を確かに聞いた。自分の名前を知っている。人語を解し、喋る動物。刀を持った侍。そこから導き出される答えは、一つしかない。
「目的は、儂の命というわけか……! 関係ない人々を巻き込みおってからに……!」
遙か太古に神々との間に交わされた誓約。それを自分が破ったことが神々に漏れ、刺客が送られたという事実だった。
「案内を頼めるか!? そやつらの気が変わる前に、儂が姿を現さねば!」
玄関に立てかけてあった巨大な金棒を肩に担ぎ、温羅は男に声をかけた。その口調からは、隠しきれないほどの激しい怒りが窺えた。
「は、はい! 温羅さん、その金棒は……?」
「儂の相棒じゃ。去年の餅つき大会で杵変わりに使って以来、埃をかぶっておった。こんなことに使うのは、もうしばらく訪れないと思っていたのじゃがな……」
温羅がふっと浮かべた哀しい顔に、男はハッとした。
「ま、まさか温羅さん、あいつらと戦う気ですか!?」
「おうさ。閻魔に誇れるぐらいの冥土の土産をそやつらにくれてやる」
「……分かりました。月並みな言葉しか自分には言えませんが、ご武運を。どうか、死なないで下さい」
「任せておけ。お主等の命は、儂が絶対に守ってみせようぞ」
「嘘じゃ……ないですよね? 死んだり、しないですよね?」
男が心からこちらの身を案じてくれていることに、温羅は密かに目頭を熱くした。かつてと違って、ここまで自分は人間と打ち解けられたのかと。ここまで信頼される存在になれたのか、と。
ならば尚更、敗北は許されない。全ては、弱き人間たちを守るために。
「かっかっか。儂は嘘はつかんよ。人と違ってな」
「信じます。その言葉と貴方自身を。さぁ、付いてきて下さい!」
(宗助、死ぬでないぞ……!)
強く金棒を握りしめ、温羅は先導する男の後を追っていった。
いざ、戦場へ。今再び、強き鬼に戻る時がきた。
島の南方にある海岸。三匹の動物と一人の青年が、静かに温羅を待っていた。その傍らには、温羅をおびき出すエサとして切られた宗助が、血を流して地に伏していた。
「む、この匂い……ご主人! ご準備を!」
「桃の旦那。覚悟はできてるかい?」
「赤い肌に二本角! 間違いないっすよ桃瀬様!」
「……来やがったか」
雉がこちらに向かって走ってくる温羅の姿を確認し、主である青年に告げた。青年は一つ溜め息を吐き、動物たちが向いている方向へ目を向けた。
そして見えた。血のように真っ赤な肌。頭に生えた二本の角。肩に担いでいる、巨大な金棒。見間違えようがない。あれが、自分の殺すべき敵――!
「温羅様! あいつらです!」
同様に、温羅たちも倒すべき敵の姿を視認した。所々に桃の刺繍が描かれた羽織を着ている青年と、その傍に控えた三匹の動物たち。
「ご苦労じゃった。お主は巻き込まれぬよう、離れておれ。恐らくここら一帯、血生臭い匂いで満たされるじゃろうからな」
「分かりました。どうか、負けないで!」
男のその言葉に、温羅はしっかりと頷くことで返し、青年たちの元へと静かに歩いて行き、その前へと躍り出た。そして、
「儂が温羅である!! 名を名乗れ小童!!」
雷光を思わせる激しさで、温羅は青年たちを威嚇した。
「うおっ! 何だよこの威圧感! 勝てる気がしねぇぞ!」
「ご主人、気圧されないで! 萎縮したら相手の思うつぼです!」
「いいねぇ、いかにも強そうだ。身震いしてきたよ」
「うへぇ……勝てるっすかねぇ、これ」
青年たちは仁王像の如き温羅の迫力に怯み、緊張で顔を強ばらせた。青年と雉はあからさまに戦意を削がれたような顔をして、犬は足を竦ませながらも青年に激励を送り、猿は逆に戦意が高揚してきたような顔を浮かべた。
「戦う前に確認しておきたい。貴様ら、一体何者じゃ? 儂を殺しにくるような連中じゃ。殺すにしろ殺されるにしろ、素性くらいは知ってから戦いたい」
「何勝手なこと言ってるんすか! 醜い鬼のくせして!」
「雉。てめぇは黙ってろ。犬も猿も、余計な口出しすんじゃねぇぞ。戦闘狂……ってわけでもなさそうだな、あんた。こっちも同じ気持ちだったし、いいぜ。戦う前に、お互い自己紹介といこうじゃねぇか」
温羅の提案に、青年は歓迎するように頷いた。そして、青年の言葉に従順に従っている辺り、やはり三匹の動物は青年のお供的な立ち位置にあるらしい。
「だがその前によ、そこの倒れてる男を安全なとこまで運んでやってくれねぇか? あんたをおびき出すためにその男の命を利用したのは紛れもない事実だが、これ以上その男の命を軽んじたくはねぇ。戦いに巻き込みたくもねぇしな」
「・・・・・・まだ、死んではおらぬのか?」
不安が顔に出ないように気を配りながら、温羅は青年に質問した。生きていてくれ、という一縷の希望を抱いて。
「あぁ、死にそうだが、かろうじて生きてるぜ。すぐに処置をすれば、命は助かるはずだ」
「それは何よりじゃ。死んでいると告げられていたら、怒りのあまり儂は迅速に貴様らの五体を引き裂いていたじゃろう」
「……そんなに大事な奴なのか? こいつは」
不意に青年の表情に影が差した。そのことに疑問を感じつつ、温羅はきっぱりと答えた。
「儂が命を賭けるに足る理由じゃ。それらを守るためなら、この身が滅びても本望よ」
「……そうか。そいつは、悪いことをした。俺に謝る資格なんてないことは俺が一番分かっているが、俺はあんたの誇りに刃を向けちまった」
「ならば、黙って儂に殺されてくれるとでも?」
「悪いがそいつはできない相談だ。俺もあんたと同じ、命を張るに足る理由に刃を向けられてる身なんでな。引けねぇし、負けるわけにもいかねぇんだ」
「……どうやら、お互い深い理由の上で対峙している身の上のようじゃな。できるならこのような形ではなく、月を見上げながら酒を飲み交わすような間柄でありたかったものよ」
「ははっ、同感だな。ったく、運命ってのは残酷だぜ。……ほらよ」
青年は自嘲気味に笑うと、地に伏していた宗助をそっと抱き上げ、温羅に差し出した。
「安全なところまで運んでやってくれ。俺にはその資格がない」
「儂がこやつを運んでいる最中、不意打ちを食らう可能性がないと言い切れるか?」
「絶対にしないと誓うさ。薄っぺらい言葉だと自分でも思うがな」
「よかろう。……宗助、頑張るのじゃ。死んではならんぞ」
青年から宗助を渡され、弱々しくも確かに動いている心臓を確認して、温羅は安堵の息を吐いた。
「生きるのじゃぞ、宗助よ。家族を残して先に逝くなど、あってはならん。小雪坊がお主の亡骸を前に泣く姿など、見とうないしな」
小脇に抱えた宗助に励ましの言葉をかけながら、温羅は青年たちに背中を向けて歩き出した。背後からでも、鋭い殺気が自分に向けられているのがはっきりと分かった。隠す気など毛頭ないらしい。
「温羅様! こちらです! こちらに宗助を!」
「む、あれは……?」
背中を向けて歩き出してすぐに、温羅は木々の間からこちらを呼ぶ声に気づいた。目を凝らして見てみると、島民の一人がこちらに向かって手を振っていた。しかも、よく見ると一人ではなく、何十人も集まってきていた。どうやら騒ぎを聞きつけて、この場に駆けつけてきたらしい。
「お、お主ら! 何故ここに来た!?」
「だ、だって……う、温羅様! 後ろに!」
「隙を見せたな鬼風情が!!」
島民が後方から凄まじい速度で迫ってくる何かに気づき、叫んだ。
青年の所にいた犬が、大口を開けて温羅に不意打ちを仕掛けてきたのだ。避けられない――!
島民は思わず目をぎゅっと閉じた。
「――何か言ったか、犬畜生」
振り返ることなく、温羅は手にしていた金棒を背後に向かって振り抜いた。振る瞬間、勢いで周囲に暴風が吹き荒れるほどの力をもって。
「がぼぁっ!?」
バグシャァ!! という何かが砕け折れる音と共に、大きく開いていた犬の口が限界を超えて縦に裂けた。それだけでは終わらず、直撃の衝撃で顔面の形は収縮したバネのように縮み、血しぶきを上げながら海へと吹っ飛んでいった。確認するまでもなく、即死だった。
「宗助を、頼む」
青年たちの方を見ることなく、温羅は目の前の呆然としている島民に宗助を託した。
「は、はい! お任せ下さい! 温羅様は、どうか心置きなく!」
「……ありがたい」
目の前で起きた惨劇に目を点にしながらも、島民は温羅に激励を送った。その強さと自分に対する信頼に、温羅は目を閉じて頭を下げた。
「お主らは、ここから動くでないぞ。奴らがお主らを狙ってくる可能性がないとも言い切れぬからな」
「心得ました。どうか自分たちのことは気にせず、ご存分に」
「うむ」
島民の頼もしい言葉にしっかりと頷き、温羅は踵を返して青年たちの方へと再び歩き出した。遠目からでも、その顔が等しく恐怖で緊張しているのが分かった。
そして、ほどなくして青年たちの近くまでやってきた。
「……悪かった。まさかクソ犬があんたに背後から襲いかかるとは、俺も予想外だった」
「桃瀬様、そんな言い方――」
「てめぇらは黙ってろ!! 口出し無用だ!!」
「ひいっ!」
何か言いかけた雉を、青年は怒号で黙らせた。その鬼気迫る雰囲気に、雉は怯えた様子で猿の背中に隠れてしまった。
「……すまねぇ。自己紹介から、やり直させてくれ」
「……よかろう」
「感謝する。俺の名前は、桃瀬太郎。ひょんなことから神様にあんたを殺す命令を受けることになっちまった、元人間だ」
桃瀬はそう言って、肩をすくめて苦笑した。
「元、とは?」
「そのまんまの意味だ。突然だが、あんたは『仙桃』って名前の桃を知っているか?」
「仙桃、じゃと?」
突然桃瀬の口から出てきたその言葉に、温羅は目を見開いた。
仙桃。仙界の木になっている果実で、人間界の桃と比べて、形はとても酷似しているが、味は薄くてとても硬い。その代わり、その果肉には肉体に不老長寿を引き起こす不思議な力があると言われている。
何百年も生きている温羅ですら、その存在を知っているというだけで、見たことはなかった。桃瀬の口からその言葉が出てきたことは、温羅にとって充分驚愕に値した。
「その様子だと、名前くらいは知っているらしいな。本来なら、仙桃は仙界に住む仙人が不老長寿のために口にする代物だ。そんな代物を、もし人間が食っちまったらどうなると思う?」
「まさか……」
「そうさ。しわしわの老人でも、一口食べればうら若い年まで若返る上に、何百年も寿命が延びる。俺は、仙桃を食って若返った両親から生まれた子供なのさ」
吐き捨てるように言い切って、桃瀬は肩をすくめた。
「馬鹿な……!?」
「残念ながら嘘じゃねぇ。俺の両親は子供を授かりにくい体質だった。毎日神様にお祈りしていたが、しわしわの老人になっても子宝に恵まれることはなかった。それを見かねて、ある日お人好しの仙人が、仙界にあった仙桃をその二人が住んでいる近くを流れている川に流した。その日、川で洗濯していたら突然川上から流れてきた桃に、婆さんは大層驚いた。家に持ち帰って爺さんと一緒に食べてみると、二人の体はみるみる若返っていった。二人は喜び勇んで子作りに励み、そして俺が生まれた。大体こんな感じだ」
「な、なんと……」
にわかには信じがたい話だと温羅は思った。しかし、桃瀬の口調からは真剣さが滲み出ており、その話が嘘ではないことを助長させた。
「そのまま一家三人で幸せに暮らしました、で終わればよかったんだが、残念ながらそうはいかなかった。ある日、突然家に背中に羽衣を着けた天人が押しかけてきて、俺達一家を襲った。貴方達のような人間は、この世界に存在してはならないって暴論を振りまいてな。そりゃもう激しく抵抗したさ。どんなに切り刻まれてもな。その時、自分の体が普通じゃねぇことに初めて気づいた」
「普通じゃない……? 不老長寿のことか?」
「それだけじゃねぇ。お人好しの仙人も知らなかったことだが、仙人じゃないただの人間が仙桃を食うと、体が不死に近くなるんだ。体に傷を負っても、勝手に傷が治っていく。流れた血が自分の体に戻っていく光景を見たときは、発狂しかけたさ。両親も信じられないって顔をしていた」
「……お主が奇特な人生を歩んできたのは分かった。じゃが、何故こうして儂と殺し合うような事態に発展した?」
「簡単さ。俺を襲った天人が話を持ちかけやがったんだ。両親の命を助けたければ、鬼ヶ島という島にいる、温羅という鬼を殺してこいってな。断れるはずがなかった」
「ふむ、そういう理由じゃったか。しかし何故、神々は今になって儂の存在を目の敵にした? お主、何か知らぬか?」
温羅が記憶している限り、これまでの人生で人を殺したことは一度たりともない。ならば、恐らく自分が破った誓約は人間との交流の部分のはず。
何故、椿と握手をして仲良くなったあの日に、神々は刺客を差し向けなかったのか? 温羅はそこが気になり、桃瀬に問うた。
「それに関しては、俺もよく分からねぇ。ただ、あんたを殺すよう命令してきた天人は、鬼は人の歴史から忘れ去られるべき、と考えるようになった。人と仲良く交流する鬼など在ってはならないって言ってたぜ。意外とえげつないよな、神様ってのも」
「……あぁ、それに関しては同感じゃ」
太郎の皮肉に、温羅は思わず苦笑した。自分たちは踊らされている。神々の手の平の上で。屈辱的だが、認めざるを得なかった。
「さて、自己紹介はこんなもんか。正直、もっと話し合いたいが」
「む、儂の紹介は不要か?」
「遠くであんたのことを見守っている島民の様子を見れば、どんな奴かは大体分かるさ。馬鹿な俺でもな」
「ふ、そうか。そういえばあの畜生たちは一体何じゃ? 人の言葉を喋っていた時点で、普通じゃないことは分かるが」
黙って自分たちの話が終わるのをじっと待っている猿と雉に視線を向け、温羅は桃瀬に質問した。
「ああ、あいつらか。ここに辿り着くまでに偶然出会ったんだ。三匹とも、今にも飢え死にしそうだったんで、仕方ねぇから母上が出立前に渡してくれた黍団子を食わせてやったんだ。そしたら、人の言葉を喋るようになった。生地に仙桃が混ざっていたことに気づいたのは、食わせた後だった」
「……さらっと言ったが、意外と洒落にならんことをしよったな」
「後の祭りだ。もしこの戦いで生き残ったら、二度と人の言葉を喋るときつく言っておくさ」
どうやら、ただの動物に仙桃を与えると、人の言葉を話せるようになるらしい。だが、さっき不意打ちをかましてきた犬が一撃で絶命したあたり、生命力は変化しないようだ。
「大体こんなもんか。これから殺し合うってのに、少し喋り疲れちまったぜ。……猿! 雉!」
「ようやくかい桃の旦那ぁ! 待ちくたびれたぜ!」
「も、もう怒ってないっすか? 桃瀬様」
桃瀬の号令に、二匹は対照的な態度で桃瀬の傍に陣取った。前方に猿、中央に桃瀬、後方に雉、という布陣だ。
「正々堂々一対一で、とはいかぬか」
「残念だが、これは誉れある戦いじゃねぇ。どっちかが死ぬまで終わらない、血で血を洗う戦いだ。だったらそこで成立する理屈は、勝てば官軍、負ければ賊軍しかねぇだろ」
「勝者こそ正義、か。悪いが容赦はせんぞ? できるだけひと思いに殺してやる。そっちの方が、あまり痛がらずに済むじゃろうしな」
「お心遣い、感謝するぜ。まぁ、そう簡単には殺されてやらねぇがな」
お互いに不敵な笑みを浮かべて、相手を挑発した。どちらも出方を見て、じりじりと円を描くように距離を少しずつ詰めていく。
そして、飛びかかれば喉元に食らいつけるような距離まで両者が近づいた瞬間――
「うおらあ!!」
まず動いたのは猿だった。姿勢を低くかがめ、拳を握りしめて温羅の死角から突き上げるような一撃を繰り出した。
「むっ!」
反応が遅れた。温羅は咄嗟に防御の構えを取ろうとしたが間に合わず、ドズン! という音と共に、猿の拳が温羅の鳩尾に突き刺さった。
普通なら、しばらく呼吸が苦しくなるほどの衝撃。だが、
「……軽いのぉ」
呆れた様子で、温羅は溜め息を吐いた。
利いていない。それどころか、意にも介していない。しかも、
「ぐ、ぐおあっ!?」
温羅ではなく、猿が苦悶の声を上げた。見ると、鳩尾に深くめり込ませたはずの拳は真っ赤に腫れ上がり、血が吹き出していた。
「ま、まるで巨大な岩だ……! だが、オイラだけじゃないぜ!」
猿は驚きに満ちた表情を浮かべたが、すぐに闘志に満ちた顔に切り替わった。そして、
「これなら……!」
中央に控えていた桃瀬が、刀の切っ先を温羅の心臓に向けて突っ込んできた。全力の刺突なら、岩より強固な筋肉の鎧を貫けると考えたらしい。
だが、その動きはあまりに直線的すぎた。
「ふんっ!」
温羅は金棒を薙ぎ払うように横に振るい、刀が体に触れる前に桃瀬の体をぶっ叩いた。
「げぶっ!」
ベキボキという骨がへし折れる音を響かせ、桃瀬の体は回転しながら後方へと吹っ飛んでいった。しかし桃瀬は、吹っ飛ばされながら口元に不敵な笑みを浮かべていた。その理由を、温羅はすぐに知ることになった。
「隙ありっすよ!」
視界の外から、雉が温羅の目に向かって突進してきた。猿と桃瀬は、注意を引きつけるための囮だったのだ。
(対応が、間に合わない……!)
温羅は内心舌打ちした。金棒で迫り来る雉を撃墜するには、遅すぎる――!
「ぐぬああっ!」
温羅の右目に、鋭い痛みが走った。そして、右目の視界が急に暗くなった。くちばしで右目を深く突かれたのだと、瞬間的に理解した。
敵ながら見事な一撃だと、温羅は思った。いくら肉体が固かろうが、目は脆い。しかも片目から光が失われたことで死角が増え、戦い辛くなることは必死だった。
しかし、温羅も転んでもただでは起きなかった。
「……甘いわ!」
間髪入れず、温羅は体を一回転させて金棒を振り抜いた。
「ぐぼえっ!」
鈍い金属音と共に放たれたその一撃は、先の猿よりもずっと小さい的の雉を見事に捉えた。その凄まじい衝撃に雉の体は真っ二つに切断され、そのまま海へと吹っ飛んでいった。
数秒後、体から抜け落ちた羽毛が、ふわふわと漂いながら地面に落ちた。その主がいなくなったことを示すように。
「雉! おのれ、よくもおおぉぉ!!」
その凄惨な光景に猿は悲痛な声で絶叫し、そしてそのまま恨みの声を上げながら、温羅に向かって突っ込んできた。
「馬鹿、よせ! 激情に駆られるな!!」
桃瀬は思わず制止の言葉を叫んだが、もう遅かった。
「あの世で自慢するがよい。鬼の拳など、そうそう喰らえるものでもないぞ、猿よ……!」
怒りに満ちた表情で向かってくる猿に向かって、温羅は静かにそう言って、金棒を握っていない方の手をぎゅっと握りしめた。そして、
「うおおおおあああああああああ!!」
全身全霊の力でもって、怒号と共に繰り出された一撃が温羅の顔面に突き刺さった。しかし、
「ぬりゃああっ!!」
それに怯みもせず、温羅の放った拳が猿の顔面を正面から捉え、命中した。
「ぶごあっ!」
比類なきその一撃に、猿の顔面が不気味な形に陥没した。脳を守る頭蓋骨など、何の意味も成さない。暴風を伴うほどの運動エネルギーに、猿の体は宙を舞い、遙か後方へと吹っ飛んでいった。肉眼で視認できない距離まで砂浜を転がり、ピクリとも動かなくなった。
「さて、残るはお主だけじゃな」
「お早い退場だったな、あいつら。まぁ、右目潰してくれただけでも上場と考えるべき、かな」
温羅の言葉に、桃瀬は苦笑した。さっき砕け折れたはずの桃瀬の腕は、いつの間にか完治していた。
「先の話、嘘ではなかったようじゃな。普通ならその腕、一生使い物にならなくなっていたであろうに」
「ああ。たとえ致命傷でも数十秒あれば完治する。そう簡単にはくたばらないぜ、俺は」
「そのようじゃな。ならば、やることは一つじゃ」
いくら不死に近いといえど、その再生能力には限界があるはず。つまり、桃瀬を倒す手段はたった一つ。
「一撃の下にお主の体を細切れにしてやる!!」
「その前に心臓を刺し貫いてやるよ鬼野郎がぁ!!」
砂塵が舞う勢いで、両者はほぼ同時に地を蹴った。温羅は金棒を上段に構えて。桃瀬は刀の切っ先を温羅の心臓に向けて。
(刀身が届く前に金棒を振り下ろせば・・・・・・!)
先のように薙ぎ払うような攻撃では、桃瀬に決定打は与えられない。ならば、頭の先を芯に捉えて金棒を振り下ろし、肉体の大部分を圧砕すればいい、と温羅は考えた。
いくら不死に近い再生能力があるとはいえ、耐久力は脆弱な人のそれ。
まともに当たれば、桃瀬の肉体は衝撃に耐えきれず、手で潰した豆腐のようになって四方八方に吹っ飛ぶだろう。流石にそこまでの肉体的損傷には、再生能力が追いつかなくなるはず。
しかし、桃瀬も同じようなことを考えているはずだ、と温羅は踏んだ。恐らく先の一撃とは違い、腕さえ残ればあとは消し飛んでもいいぐらいの覚悟で突っ込んでくるだろう。こちらが金棒を振り下ろす直前で、何か別の動きを見せるかもしれない。
当たれば殺せる。当たっても殺しきれなければこちらが死ぬ。
しかし、こちらにできることはこの一撃に全身全霊をかけることだけ――!
「ぬりゃあああああああああああ!!」
雑念を断ち切り、怒号と共に温羅が金棒を振り下ろした。
ビュオン!! という風切り音と共に放たれた一撃は桃瀬の頭頂部を捉え、その肉体を圧砕する……はずだった。
「喰らえ!!」
「なにっ……!?」
温羅が金棒を振り下ろす直前に、桃瀬は着ていた羽織を前方に脱ぎ捨てた。瞬間的に、視界が羽織で埋め尽くされ、桃瀬の姿が一瞬だけ見えなくなった。しまったと思ったがもう遅く、温羅はそのまま金棒を真っ直ぐ振り下ろし、桃瀬は必殺の刺突を繰り出した。
両者の必殺の一撃が交錯し、そして――
「ごばっ!」
「ぐっ!?」
衝撃で砂塵が舞うと同時に、両者が苦悶の声を上げた。
そして、少しずつ砂塵が晴れていき、温羅の目に映った光景は、
「俺の……勝ちだ」
体の左半分がなくなりながらも、残った右手でしっかり温羅の心臓を貫いている、桃瀬の姿だった。その口に浮かんでいるのは、勝利を確信した不敵な笑み。
「負けた、か」
温羅は静かに苦笑し、自らの敗北を悟った。
体から急速に力が抜けていく。握っていた金棒は手から離れ、ぽすんと砂浜に落ちた。だらりと垂れ下がる両手。足にも段々力が入らなくなり、桃瀬の体に寄りかかってしまった。
「おとと……かっか、情けない姿よな……」
「……構わねぇよ」
自分に寄りかかってくる温羅の体を、桃瀬はしっかり支えてやった。吹っ飛んだ左半身からは白い煙が立ち上り、段々感覚が蘇ってきていた。一分も経てば、何事もなかったかのように完治するだろう。
「……ん? おいあんた、体が!」
ふと、桃瀬は温羅の体が足下から段々霧散していっていることに、驚きの声を上げた。
「……ああ、気にするでない。鬼は人の理の外に生きる存在。人のように、屍を残して死なないのじゃ。自分でいざ体験すると、不思議な感覚じゃな」
温羅が喋っている間にも体の霧散は止まらず、膝から下はもうなくなってしまった。だが、口調は穏やかで、安らかな表情を浮かべていた。
「……そうじゃ。桃瀬よ。死ぬ前に、お主に頼みがある。もう、遠くで儂らの成り行きを見守っている島民たちに、言葉を残す余裕がない。今から儂が言う言葉を、後で島民たちに、伝えてはくれぬか」
「……分かった。約束しよう」
温羅の切実な願いに、桃瀬は神妙な顔で頷いた。
「感謝、するぞ。……儂のような者が、最後に誰かの為に、力を振るえた。悔いは、ない。叶うなら、お主らともっと、同じ時間を、生きていたかったが……どうか、強く生きてくれ。儂が愛した人間たちよ。願わくば、儂の存在が、お主らの心に生きれるように、儂のことを、頭の片隅にでも、覚えていてくれると、嬉しい……と、伝えて、くれ。面倒を、かけるが」
「……分かった。ちゃんと伝えるから、もう喋るな」
呼吸もか細く、声量も段々小さくなっていきながら温羅が伝えた言葉に、桃瀬は何度も頷いた。体はもう、胸から上しか残っていない。
「ふふ……どうやら、逝く時が、きたようじゃ。生き方すら、決められぬ人生じゃったが……最期は、己の意思で、生きた。……よい人生じゃったと、胸を、張れる」
「……温羅」
「さらば、じゃ……」
満足そうな笑みを残して、温羅の体が完全に霧散した。突き刺さっていた剣は支えを失い、砂浜に落ちた。こびり付いていた血潮も、煙と共に霧散していった。
「己の意思で……か」
桃瀬は温羅の最期の言葉が、胸に染み込んでいくのを感じた。自分も、形は違えど、他者に生き方を強制された者の一人だったからだ。
恐らく自分をこの島に送り出した天人は、全てが終わったら、自分と両親を始末しにくるだろう。全ての不安因子を抹消するために。
その時、自分は彼のように、よい人生だったと言えるだろうかと、桃瀬は静かに反芻した。
「温羅様ああああああぁぁぁぁぁ!」
「てめぇ、そこを動くな! 今すぐぶっ殺してやる!!」
「温羅様の仇だ! 覚悟しろこの野郎!!」
恨みがこもった怒号に周りを見渡すと、いつの間にか成り行きを安全なところで見守っていた島民たちが、自分に武器を向けていた。
「…………」
桃瀬はそれに答えず、静かに踵を返した。こんなにも重苦しい気持ちで、これ以上誰かを切る気には、とてもじゃないがなれなかった。自分は、こんなにも沢山の人から愛されていた鬼を殺したのだと、改めて思い知った。
「……やめとけ。あんたらじゃ、束になっても俺は殺しきれない。そんなことをされたら、温羅さんの伝言も伝えられなくなっちまう」
「で、伝言……?」
「う、温羅様の……?」
「あのお方が、最期に残した言葉……?」
桃瀬の言葉に、島民たちはあからさまに動揺し始めた。
すると、一人の島民が静かに桃瀬の前に進み出た。
「教えて下さい。あのお方が最期に何を言ったのか、私たちには知る権利がある。知る必要がある。あのお方と交流をもった人間たちとして」
椿だった。口元はきゅっと結ばれ、目からは涙が滔々と流れていた。それでも、目線は真っ直ぐに桃瀬に注がれていた。その様に、桃瀬は椿から虚勢ではなく、強い意志を感じた。
「……悔いはない。強く生きてくれ。儂が愛した人間たちよ。願わくば、儂の存在がお主らの心に生きれるように、儂のことを頭の片隅にでも覚えていてくれると、嬉しい……って、言っていたよ」
「……っ」
その言葉に、椿は膝から崩れ落ちて目元を手で覆った。手の隙間から、大粒の流れがぽつりぽつりと砂浜に落ちていく。周りの島民たちも、温羅の名前を呼んだり、天を仰いだりしながら、泣いた。その場にいた島民全員が、自分たちのために命を賭けて戦った鬼のことを思い、涙を流した。
後に残された金棒は、何も語ってはくれなかった。
桃瀬は天に向かって手を合わせた後、静かに踵を返し、鬼ヶ島から去って行った。
「いやはや。温羅討伐、お疲れ様でした。桃瀬さん」
「……やっぱり、来やがったか。くそったれめ」
数日後。桃瀬が家に帰る途中、木の陰から一人の男が現れた。その姿を見て、桃瀬は心底うんざりすうような表情で悪態を吐いた。
金色の髪、翡翠色の目、背中につけた羽衣。手には抜き身の刀を持っている。
この天人こそが、桃瀬一家を襲った張本人であり、桃瀬と温羅が戦うように仕向けた諸悪の根源。
「その様子だと、私が来ることは分かっていたようですね。ならば、私の目的も分かっているのでしょう?」
「俺の始末だろ? てめぇは俺と温羅さんが同士討ちになってくれた方が、都合がよかったんだろうがな」
「ご名答。あんまり荒っぽいことは、得意ではないのですがね。神々が貴方のような存在を目障りに感じた以上、その命は刈り取らざるを得ません。どうかお覚悟を」
面倒臭そうにそう言うと、天人は刀を構えた。桃瀬も、腰に差していた刀を抜き、構えを取った。
「おや、抵抗するおつもりですか? いくら仙桃を食べて不死性を得たとはいえ、天人である私に勝てるとでも?」
「ああ、きりがないことは分かってるさ。この場でてめぇを殺しても、他の天人が俺を殺しにくるであろうことはな。どっちみち死ぬ運命だ」
「……っ、ならば何故、抗うことを選ぶのです?」
桃瀬の言葉に多少怒った様子で、天人は再び桃瀬に質問した。
「それが、俺の意思だからさ」
「……意思?」
「何も考えずに神々の命令にだけ従ってるてめぇらには、理解しがたいだろうがな」
振り返れば、奇特な人生だった。
若返った両親から生まれ、その秘密を漏らさぬために、世俗から離れた世界で育った。
友達と呼べる人間などできることはなく、あったのは両親との温かな日々だけ。
それでも、満たされていた。慎ましやかな暮らしではあったが、自分を送り迎えたり、出迎えたりしてくれる親がいて。いつも幸せそうに笑っていた。
今この天人に殺されたとしても、幸せな人生だったと胸を張れる。
「馬鹿にするのもいい加減に――!」
桃瀬の言葉に我慢できなくなったのか、天人が地を蹴って桃瀬に突進した。
桃瀬は目を閉じ、心にあの鬼の姿を思い浮かべた。
自分よりずっと強い力を持ちながら、小さく弱い人間たちのためにその力を振るい、そして自分が愛した人間たちを案じながら死んでいった、誇り高き鬼。
他者から望まれぬ命だろうが、その使い方を決める権利は自分だけにある。たとえ、戦いの果てに命を散らす運命だとしても。
最期はせめて、あの鬼のように、誇らしくありたい。
「――人間様を、舐めんじゃねぇぞぉ!!」
鬼の如き顔で、桃瀬は地を蹴った。
本州から南に約20キロ。鬼ヶ島と呼ばれる小さな島がそこにある。
恵まれた気候が形成する豊かな自然に囲まれたその島には、豊富な種類の魚が集まり、米や農産物もよく育つ。
日本有数の美しい海とサンゴ礁の群生地として知られ、その海に惹かれた多くの人たちが、国内外を問わず訪れる。
その島のほぼ中心に、鬼隠れの岩窟と呼ばれる小さな洞窟がある。観光客向けに公開されている名所の一つで、一番奥には巨大な金棒が安置されている。
それは、かつて島に実在した鬼が振るっていたと伝えられている金棒。
島民が観光客向けにこの場所を案内するとき、決まって一つのおとぎ話を言い聞かせる。
島民が昔から脈々と語り継いできた、島の歴史。世間の解釈とは全く異なる、人間と鬼の物語。
今日もその金棒の前で、案内人を務めている島民が、遠足でこの地を訪れた小学生たちに、そのお話をしてあげていた。
「昔々、この島に――」
それは、人と鬼と神様のお話。
ある強い鬼が、小さく弱い人間達のために、命を賭けて戦った。
そんな、優しいお話。
完
はじめまして、滝口亮と申します。最後まで読んで下さった方、ありがとうございました。
今回、このサイトにて初めて自作小説を投稿させて頂きました。
処女作ゆえ、至らぬ点も多いでしょうが、一言でも感想や批評を書いて下さると、大変嬉しいです。
今回は1話完結の短編小説という形で投稿しましたが、形にまとまったら連載型の長編小説も投稿してみたいと思っています。宜しくお願い致します。