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 昨日のあらすじ。

 俺一人だけ二十周する事に成った。

 酷い話である。


「今日は十八周で良いぞ、カタギリ訓練兵」

「ハッ! コレが噂に聞くデレ期ですね、教官殿ッ!」

「……やっぱり二十周な」

「軽いジョークですよ……」


 だから止めて下さい。縋る様に教官殿の袖をグイグイ。

 一回十八周で良いと言われた後に元の数に戻されると死にたくなります。


「分かった、分かった! 十八で良いから引っ張るなっ!」

「はっ! ありがとうございます!」


 びっ! と敬礼返して走り出す。

 そう、全てはタタラと俺、二人の生活の為に。

 因みに、同期に二人いた子神持ちは自分の分を子神と分け合う事にしたらしい。賢い。


□■□■□


 一日目は走り切った瞬間、倒れて外で寝た。

 二日目は晩飯のスープに顔を付けた所で目が覚めた。

 三日目は風呂場で沈みそうに成っている俺をタタラが『みーみー』引き上げてる所を救助されたらしい。

 四日目は廊下で起床した。

 そして、安息日前々日。即ち日本で言う所の金曜日。週休二日制の導入を切に望んでしまうブラックデー。心身の疲労が蓄積され、しかもラスト一日だから頑張ろう! とも思えない色々な余裕がなくなる日。即ち今日は――


「よぅ! ソウジ! お前、今日は何週だったよ?」

「じゅうななー」


 戦士ギルドの宿舎ラウンジ。そこで談笑していた同期の一人の問い掛けに、どうにか乗り切った事をアピール。


「お、昨日は十六だったのにな……どういう基準だ?」

「俺が知るか。と、言うか無駄にお前は元気そうだな、ジョン?」


 十周しかしてないからですね。わかります。死ね。


「ふっ……だが、これからオレはお前とは違った意味で絞られるんだぜ?」


 へへへ。照れたくさそうに鼻の頭を掻くジョン。

 その視線が、向う先には、頬を染めた、ソウタが……――


「……ねぇ、ガチで知りたくなかったんだけど? 誰も幸せに成らないんだけど、その情報? あと、俺、これからメシなんだけど?」


 その辺の配慮とか無いの、お前?


「へへ、そう言うなって。あ、そうだ良かったらお前も一緒に……」

「採決! 殺しても良いと思うヒトっ!」


 ラウンジ内の同期の九割が俺を支持した。



 ――その後、ジョンの姿を見たものはいない。



「……にしても本当にどういう基準で減ってるのかね……?」


 初日は二十、二日目は十八、三日目十六で、今日は十七。一定で減る分けでも無いし、増える分けでも無い俺の訓練内容に疑問を覚えながら――


「ちょ、ま、やめ、止めろよ! 俺が悪かった! お前らも誘うか――」

「うるせぇ、シネ!」「シネ!」「シネー!」「良くも俺のソウタを……うぎぎー」「ホモ!」「ホモー!」「え? ねぇ、今、変なの混ざっ……た……よね?」

「ぎゃぁぁぁあぁ! 止めろ! そこは出る場――……」


 同期のじゃれ合い背中に受けて食堂に向う俺なのだった。


□■□■□


「魔王戦隊オウレンジャー?」


 本日の夕飯。体力回復の為にごはんが特盛に成った肉じゃが定食(仮)を受けとりながら、何それ? と疑問文。

 それが向かう先には、当然、俺と同じメニューを持ったタタラ。


「オウレンジャーはつよい! すごくつよい! せいぎのみかた!」

「うわぃ。魔王で正義の味方ってカタルシスが半端なさそうですね?」


 何か敵を倒すたびに正義だ悪だと叫んで葛藤してそう。


「カル? カルタ、シル? ? ……そう! カルタシルもすごい!」

「言葉の意味が分からないのに使うなよ」


 何だよ、カルタシルって? かるた汁? 魚介をふんだんに使った郷土料理ですか?


「……われ、わかるもん」


 ふい。軽く視線を切って知ったかぶりを認めないタタラ。

 実に生意気な子神である。


「……で、そのオウレンジャーのショーが近くの劇場でやるから見に行きたい、と?」


 適当に空いてる席を確保。対面に座る様にタタラに指示しながら、確認を。


「ん! ウィスプや、シェイドがみにいったって言ってた。われもいきたい!」

「……」


 子神ネットワークで流れてる情報はそこら辺のお子様と大して違いは無いらしい。

 ……さて、先に言い訳をしておこう。

 この時、俺は疲れていた。

 ストレスだって溜まっていた。

 異世界に行き成り放り込まれたかと思えば、肉体酷使(通常の二倍)。更にはやった事も無い子供の世話。生前、ソレなりに運動はしていたが、所詮はそれなり。ここ五日ばかりのマラソン地獄を乗り越え――訂正。やり過ごす為に色々と無理をしている。だから――


「駄目。安息日、兄上は死んだように眠りたいのです」


 と、言う分けである。

 休まないと死ぬ。寝ないと死ぬ。サラリーマンのお父さんが休日寝て過ごすのにはちゃんと理由がある事を、今の俺は知っているのである。


「……やだ」

「あ?」


 だと言うのに、帰って来たのはスプーン咥えてほっぺを膨らませながらのこの返事。


「やだ、われ、いきたい」

「駄目。俺は疲れてるんです」

「いきたい」

「……あのな、タタラ? 俺は同期の二倍近く走らされて死にそうなんだよ、わかるか?」

「やだ! やだやだやだ! いきたい、いきたい、いきたいっ!」

「――」

「われもいきたい! オウレンジャーショーいきたい! いきたいっ!」

「――……おい」


 少し。本当に、少し、いらっとした。

 何で俺がここまでヘトヘトに成っていると思ってるんだ、タタラは?

 他の子神と違って食事が、寝床がきちんと一人分貰えてるのは何でだと思ってるんだ?

 だが、それは些細なモノだ。

 弟が居た。死んだ片桐ソウジと言う少年には弟が居た。小さい頃にその弟のワガママを見て、それに晒されていたので、小さい子はそう言うモノだと割り切って考えられる。

 だから、その苛立ちは小さなモノだ。


「あ!」

「――熱ッ!」


 暴れるタタラの手が食器を跳ね上げ、味噌汁をぶちまける。

 俺に向って。

 俺はその熱さに反射的に立ち上がる。


「あ、兄上……ごめんなさ――」


 そんな俺の様子に慌てて椅子から降りて駆け寄って来ようとするタタラ。そして――


「おいおいおい! 喧嘩か? 喧嘩は駄目だろ、ソウジ? え? 何、お前味噌汁かけられたの? すげぇじゃん、弟くん! ナイス反抗心! おーい、皆みろよ! ソウジが味噌汁かけられたーっ!」


 肩に手をかけ、喚く空気を読まない同期の馬鹿(ジャン)


「あの、兄上、ごめんなさい。これでふい――あぅ!」


 走り寄るタタラ。一つだけしかまともに動かない足。不自由な足。もつれて、転んで、布巾が俺の顔面に当たる。


「――ぷっ」


 周囲から笑い声。


「お、……おいおーい! 駄目だろ、弟くん? それじゃ逆効果だろー」


 空気を読まずに、否、空気を読んで明るい声を出すジョン。

 コイツはこう見えて気遣いが出来る奴だ。険悪に成りそうな俺とタタラの空気を見て、それをあやふやにしようと思って来たのだろう。


 だが。


「おいおい、ソウジ? 顔が怖いぞ? 笑っとけ、笑っとけ!」


 それは。


「……」


 逆効果だ。

 空気が読めて、気遣いは出来るが、それは……今の俺には逆効果だ。

 味噌汁をすって重くなった上着を引っ張る。

 ぺり。肌に張り付いた服が剥がれる。塩分を含んだ汁が掛かった事により、痒み。

 疲労した身体は、ただ立ち上がっただけで重くなり、服に染み込んだ味噌汁は不快感を伝えてくる。食堂の、ラウンジの、ギルド内から向けられる視線が――不愉快だ。

 だから、俺は口にした。


「――だ」

「? 兄上?」


 心配そうに見上げる一つだけの鉛色の瞳に向って、言った。


「もう嫌だッ! 何だ、お前? 何なんだよッ! 俺が誰の為にこんなに疲れてると思ってるんだよッ! 一人だけ二十周だぞ? その間、お前は昼寝してるみたいだから良いだろうけどなっ!」


 言ってはいけない事を、言った。


「走る事すら出来ないお前には俺の苦労は分からないだろうッ! お前みたいな奴、選ぶんじゃなかっ――」

「「「!」」」


 それを途中で遮ったのは周囲から突然浴びせられた冷水。

 見れば、俺と同じく子神を連れた連中に、同期。それらから一斉に浴びせられた冷水。


「……あ、」


 それで、文字通りに、頭が、冷えて――


「……ごめ、ごめんなさい、兄上、ごめんなさい、ごめんなさい」

「……い、や……ちがっ……」


 しゃくりあげるタタラに自分が何を言おうとしていたのかを、理解した。



 もう一度、言い訳をさせてくれ。

 俺は、疲れていたんだ。


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