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侵入者があった。
ヒトからゴブリン、子鬼と呼ばれるモノの一匹である彼はその知らせを受けて警戒していたが、同時に期待もしていた。
ヒトは怖い。だが、ヒトは美味しいのだ。
以前、王がヒトを狩った時、指の先の骨をしゃぶらせて貰ったが、アレは美味かった。侵入者を真っ先に殺せば、今度は――
じゅるり。
溢れた涎を手の甲で乱暴に拭う。何故か頬が斬れた。困ったな。これは最近の彼の悩みだ。何故か、偶に身体が傷つくのだ。仲間に相談しても理由は分からない。……実際は、握りっぱなしのナイフが乱暴に拭った手の動きに合わせて肉を切っているのだが、残念ながら子鬼たちがソレに気が付く事はしばらくない。
そんなものだ。
彼等、子鬼の知能など、そんなモノだ。
そしてそんな子鬼である彼は戦の前に催したモノを処理する事にした。トイレ? したくなった場所がそこですよ! な文化を持つ子鬼である彼は、婦人服売り場に置かれたマネキンに向かってしようとして――
「?」
皺の少ないその脳みそに僅かな刺激を受けた。
マネキン。これは良い。彼とて、このデパートを根城にする子鬼の一人だ見慣れている。だが、何かが引っ掛かった。
黒のレザージャケットに、ズボン。着飾った女性用のマネキンの肩に手を置き、内緒話でもするかのように、テンガロンハットで口元隠しながら耳打ちする――男性のマネキン。
「ぎゃ?」
それがどうにも気になった。
何故か、この場所にあるのがおかしい様に感じられた。
何だろう? 考える。何だろう? 分からない。まぁ、良いか。結論が出た。
自慢の物を取り出し、スッキリ爽快。ナイフを片手にヒトを狩りに向かった彼。そんな彼が立ち去った後……
「………………もう、おうち帰る」
ひっかけられた男のマネキンが泣きそうな声でポツリと呟いた。
□■□■□
――ホモの話をしよう。
今は昔の学生時代、やって来た教育実習生(女子大生)が突然そんな事を言い出した。
笑顔がステキで、女性らしいラインを描く巨乳で、おっぱいな彼女に軽く胸をときめかせていた俺たち男子生徒は「ん?」となった。
そして、そんな彼女が熱く語る内容を噛み砕いてみると、どうやらホモの何割かはホモではないらしい。
ボーイッシュな女子が好きな奴、Aが居るとする。
そして、女顔の男子、Bが居るとする。
Aのストライクゾーンぎりぎりにかすめる様なストレート、それがBであった場合、Aは果たしてBに好意を持つことが出来るのか?
その問いに「イエス」を返した――つまり、Bを異性として認識したAがホモの何人かだ……と、言う事らしい。
――片桐君は結構、女装似合いそうだよね、剛田君、どう?
――いや。どうって、何で俺を野球部の剛田君に紹介してるんすか、先生?
――いやいや。うんうん。まぁまぁ、先生、ちょっと最近……ナマモノに興味出て……ね?
――『ね?』って言われてもー。ほら、剛田君! 言ってやって! この巨乳女子大生(腐りかけ)に言ってやって!
――……
――? 剛田君?
――か、片桐っ! 俺は、俺はッッっ――!
――息が荒いッ! ちょ、怖い! 本当に怖い! 帰りの会と言う公衆の面前にもかかわらず、身の危険を感じる程に剛田君の眼が怖い! 助けて僕のクラスメイツっ! ――って、こら! お前ら何で撮影状態なの? クラスメイトのピンチにスマホ取りだしてんの? 先生! 腐ってない担任の先生! こいつらスマホ持ってきてます、没収し――……ぎゃぁ! 止めて! 剛田君! 人が、人が見てるわっ! って言うか本当に止めてよ、ジャ○アン!
――う、うるさい! のび太のクセに生意気だぞ!
――誰がのび――……や、いや! た、たすけてドラ○もぉぉぉぉぉおぉん!
「……」
兎も角。
蘇りかけたトラウマの事は、九死に一生を得た戦いの事は兎も角として、
ヒトを真似た人形がある。
そして人形を真似たヒトが居る。
女顔の男子Bを異性と認識したボーイッシュがタイプのAの様に、子鬼はそんなヒトを人形として処理するのか?
その問いに先程の子鬼は「イエス」を返してくれた。有難い事だ。
「でも、もう、そうじ、おうち帰る」
だってズボンの裾が謎の液体で濡れている。
お店で頼めば有料オプションの所、無料でやってくれやがりました子鬼に感謝をする気はさらさらなく、割とガチで皆殺しにするけど……今日は、そうじ、おうち帰る。
一気にテンションどん底。ハイライト死に気味の瞳を薄闇の中に光らせ、足をずるずる。引き摺る様にしながらも、周囲を警戒。流れる様な作業で出会う子鬼から竜眼抉り取る。
精神的に死を経験した事により、キリングマシーンとしてのステップを上げてしまった俺を止められる者は最早どこにも存在しな――
□■□■□
中鬼、ボブゴブリン。
子鬼、ゴブリンよりも頑強な体躯を持ち、その体躯に乗せられた筋肉量は当然の様に多い。その筋肉量から動きは早く、一撃は重い鬼。
それこそがゴブリン、子鬼たちを率いる王――
「GYA?」
ではない。
王とは希望だ。民の希望だ。夢で、憧れだ。
で、有る以上、英雄がゴミだめから、最下層から這い上がる事でヒトに夢を見せる様に、民と重なる部分を持たなければ成らない。
上位の異種族崇められても、敬われない。
だから、子鬼の王は子鬼であるべきだ。否、子鬼でなくてはならない。
「GYA? GYAGYA!」
管理組合のブラックリスト《竜》の担当者が語って曰く――スピード・キング。
小さな体躯に限界まで詰め込まれた筋肉と、赤く濁った変異の竜眼を持った子鬼の王。これまで数多の探索者を食らってきたボロ布を纏った彼。
如何に神の祝福を受けた子神持ちとは言え、現時点で彼を倒すのは、ほぼ不可能。
治りきるまでの間に拘束され、死なないのを良い事に、生きたまま食われ続けて離脱したペアの数――既に二組。
現に、今、“城”から出て来た獲物の首を一太刀で落とした彼に勝てる可能性が僅かなりともあるのは、現状で五組。
狩猟神の祝福を得た槍使いの少女。
戦神の祝福を受けた魔剣使い。
海の神の祝福を受けた観測者。
本の神の祝福を受けた術師。
そして――
「はっはー、不意打ちとはやってくれるじゃないですか、テメェ――……ぶっ殺す」
錬鉄神の加護を受けたガンナー。